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お隣さんは吸血鬼(仮)  作者: 石城群場


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第7話「吸血鬼、アパートへ帰宅する」

ミア「お疲れ様です。お嬢様」

クノート「よく頑張ったな」

 ぐったりしたクオンと少し疲れた陣を乗せた軽自動車がアパートの駐車場へと帰ってきた。陣は丁寧に車を停めると助手席のドアを開き、クオンへと声をかける。


「ずいぶんと疲れているみたいだが、大丈夫か?」

「……大丈夫に見えるなら、ちょっと神経を疑うわ」

「辛辣すぎるだろ」


 クオンは初めての行政書類と慣れない車移動で疲労困憊なのか、今までで見たことないくらい不機嫌であった。そんなクオンを見た陣は彼女へと覆いかぶさるように距離を詰める。


「ちょっ!? なに!?」

「何って、シートベルト外すんだよ。疲れてるなら大人しくしてろ」

「あ、ありがと……」


 クオンは近づいてきた陣に若干どぎまぎしつつも、大人しくされるがままになっている。そして、助手席のシートベルトを外した陣は何を思ったのか、クオンの膝裏と腰辺りに両手を差し込み、軽く持ち上げ車の外へと連れだす。つまりお姫様抱っこである。


「きゃっ、えっ、ちょっと! まっ、えっ!?」

「暴れんな。両手をオレの首に回せ。運んでやるから」


 混乱するクオンであるが、正直歩くのも面倒くさいと思うほどには疲れている。そして、短い時間とはいえ陣の人となりに触れてきたクオンは陣のこの行動が純粋な厚意であることもわかっていた。

 しかしながら、抵抗感があるのも事実である。欲を言うならもっとロマンチックなシチュエーションではじめてのお姫様抱っこを経験したかった。クオンは悩みながらも陣の首に腕を回す。自然と縮まる距離に心臓の鼓動が騒ぎはじめた。少しばかり紅く染まる顔を隠すように、腕に力を入れクオンは陣の胸元へと顔を寄せる。


「そこまで密着しろとは言ってないんだが」

「うっさい! 密着した方が楽なんでしょ。漫画で読んだわ。だから、これは仕方なくよ!」

「確かにこっちのが楽だわ」

「運ぶならさっさと運びなさいよ」

「わかってるっての」


 陣はクオンを抱えたまま、アパートへと向かっていく。抱えられたクオンはそれなりに筋肉もあるのね、と若干失礼なことを考えながらも大人しく運ばれていく。疲れているのは事実だし、あくまで陣の厚意に甘えるだけ。そう自分に言い聞かせながらクオンは落とされないよう陣にしっかりと抱き着くのであった。しかし、その甘い時間も長くは続かないのである。


「さすがにこのまま階段を上るのはきついから降ろしていいか?」

「はぁ!? ここまで来たなら部屋まで運びなさいよ!」

「我儘かよ。普段から鍛えてるわけじゃねぇから、人ひとり抱えて階段上る自信はねぇんだよ。途中で落としてもいいか?」

「いいわけあるか!」

「冗談だって。でも、割とガチで2階までいける自信はない」

「……わかった」


 クオンは不満そうな顔をしたが、陣の指示に従う。無理をして途中で落とされてしまってはたまらないし、そもそも現時点でも甘えすぎなほどなのだ。少しばかり名残惜しかったが。

 陣は無事にクオンを降ろせたことで、ほっと胸をなでおろした。体力的にきつかったのも事実だが、実のところ陣自身もどぎまぎしていたのである。背の高さやだぼだぼとした大きめのパーカーを着ていることでわからなかったことだが、クオンは意外とスタイルが良いのだ。お姫様抱っこをしたときに密着され、陣はそのことに気づいてしまい若干の気まずさを抱えていた。少しばかり女性として意識してしまったのである。


「陣くん、真昼間から何をやっているんだい?」


 そして、この二人のやりとりはしっかりとアパートの住人に目撃されていたのである。呆れたように陣へと声をかけたのは、腰まで伸びる長い黒髪を一括りに束ねた中性的な美貌が印象に残る男性と思わしき人物であった。彼は班目龍(まだらめたつ)。このアパートでもっとも古くから住んでいる住人である。


「龍さん、珍しいですね。部屋の外にいるなんて」

「人を引きこもりみたいに言うのはやめてくれないかな。私だって人並みに外出するよ」

「すみません。そういうつもりじゃなかったんですけど……」

「ははっ、わかってるよ。軽い冗談さ」


 陣はクオンをそっちのけで龍と会話を弾ませる。それが面白くないクオンは陣の注意を引くように服の袖をつまみ軽く引っ張った。


「陣、この人誰?」

「あぁ、悪い。この人は班目龍さん。このアパートの住人で昔からお世話になっている人だ」

「はじめまして、可愛らしいお嬢さん。お名前を聞いてもいいかな」

「……赤木クオンです」

「赤木さん、よろしくね」


 龍は穏やかに微笑みながら右手をクオンにむかって差し出す。どうやら握手を求めているらしい。クオンはおずおずと若干陣に隠れながらも同じように右手をだし、軽く握手をした。


「龍さんは103号室に住んでるから、クオンのお隣さんになる。あんま迷惑かけんなよ」

「はぁ? なんで私が迷惑かける前提なのよ!」

「常識を知らねぇからだよ」

「ずいぶんと仲が良さそうじゃないか。相変わらず、陣くんは女性の心を掴むのがうまいね」

「龍さん、人をたらしみたいに言うのやめてもらえます? というか揶揄ってますよね?」

「バレたか」

「バレバレですよ」


 龍に揶揄われながらも不快な様子を陣は見せない。そこから確かな信頼関係が見てとれる。ずいぶんと永い時間を共に過ごしてきたようだ。陣もいつもより少しばかり態度が柔らかく感じる。それがクオンとしては非常に面白くない。そして、クオンはさっきよりも強く陣の服の裾を引っ張った。それを見ていた龍は見た目に似合わず男らしく笑う。


「あははっ、本当になつかれてるね。赤木さんの機嫌を損なうのは良くないだろうし、私はこれで失礼するよ」


 龍は二人の横をすり抜けて自室である103号室に帰っていった。去り際に意味ありげな微笑を残して。


「とりあえず美冬さんの部屋に行くか。荷物の整理もまだできてないんだろ?」

「そうね。それに……」

「それに?」

「お腹すいた」

「あー、なんだかんだお昼過ぎてるもんな」


 いつまでも階段の前に突っ立っているわけにはいかない。陣は先に階段を上り始めようとして、一段上がったところで振り向きクオンにむかって手を伸ばした。手は貸すぞということらしい。

 クオンは陣の手を掴むとゆっくりと二人で一緒に階段を上っていく。


「足元、気をつけろよ」

「わかってるわよ! あんまり子ども扱いしないで」

「はいはい」

「ちょっと返事、雑すぎじゃない!?」


 二人は少しばかりじゃれつきながら階段を上り2階へ到着すると、201号室のインターホンを陣が鳴らした。すぐに玄関のドアから美冬が姿を現す。


「二人ともおかえりなさい」

『お邪魔します』

「もう、ただいまでもいいのよ? 特にクオンちゃんは少しとはいえ、一緒に住むんだから」

「あっ……その、ただいま」

「よくできました」


 美冬は二人を穏やかな笑顔で迎え入れる。どうやらすでに彩夢から連絡がきていたようで、クオンが美冬たちと一緒に生活することを把握していた。


「ほらほら、早く中に入って。ご飯の支度もできてるから。陣くんもお昼食べるでしょ?」

「ありがとうございます。今日はごちそうになります」

「……いいにおい」


 美冬に急かされるように陣とクオンは部屋の中に入り、リビングへと進む。クオンは先ほどから、しきりに鼻をひくつかせており、ずいぶんとお腹が減っているようだ。もう昼時を過ぎているのでそれも仕方ないことである。

 美冬はキッチンへと向かうと、陣とクオンがテーブルの椅子に座ったことを確認してから声をかけた。


「お昼も洋食にしたけど、よかったかしら」

「美冬さんの料理はどれも美味しいので。それにクオンも箸を使うのは難しいでしょうし」

「陣、バカにしないでよ。箸くらいちゃんと使えるわ」


 陣はクオンの言葉に驚く。さすがにルーマニア出身、古城育ちのクオンが箸を使えるとは想像していなかったのだ。陣と同様にキッチンで準備をしていた美冬も驚いたようで、クオンの方へ振り返った。


「お箸の使い方は練習したのね。それならお夕食は和食にしましょうか」

「和食!? それなら肉じゃがが食べたい! 日本の家庭料理の定番なんでしょ!」

「箸が使えて肉じゃがも知ってるのにトッキョは知らなかったのかよ。どんな偏り方してんだ、お前の知識は」

「いつも一言余計なのよ。陣は知らないの? 最近の漫画は料理を題材にしているものも多くて、レシピが掲載されてたりもするのよ」


 陣の言葉にクオンがドヤ顔で返すが、陣が言いたいのはそういうことではないのである。


「ふふっ、クオンちゃんからリクエストも貰っちゃったし、今晩は肉じゃがにするわね。美雪も好きだし。クオンちゃん、他に食べたいものはあるかしら」


 そう言いながら美冬は料理を運んでくる。お皿へと綺麗に盛り付けられた美しい黄色へ赤が彩られていた。洋食の定番メニュー、オムライスである。近年流行っている半熟オムレツをチキンライスにのせて開くタイプではなく、昔ながらのチキンライスを薄焼き卵で包んだタイプだ。


「オムライスだ~!!」


 クオンは運ばれてきた料理を見て目を輝かせる。まるで無邪気な子どものようだ。


「オムライスも食べたことないのか?」

「ないに決まってるでしょ! そもそもオムライスは日本発祥の料理なんだから!」

「そうなのよね。日本では洋食の定番だけど、実際は日本生まれだから。海外の方は食べたことがなくても不思議じゃないのよ」

「へー、初めて知ったわ」

「陣くん、日本発祥の料理って意外と多いのよ?」

「日本人の食に対する探究心は凄いって海外では有名な話よ? そんなことも知らなかったの?」

「知らんって。日本でしか生活してないんだから、海外の反応なんてあんまり気にしたことなかったし。ってか、そんなことでマウントとってくんな」


 クオンは自慢げにドヤ顔を披露している。陣が知らなかったことを知っていたことで優越感に浸っているようだ。実に子どもっぽい。


「二人ともじゃれあってないで、冷めちゃうから食べましょ?」

「そうですね。じゃれあってはいませんけど」

『いただきます』



「お昼ご飯も美味しかったぁ~」

「午後もやることがあるんだから、あんまのんびりしてんなよ」


 クオンがリビングでだらけていると、洗い物を終えた陣が戻ってきた。


「やること? トッキョにはもう行ったんだから、他に急ぎの用はないんじゃないの?」

「うちのアパートはちょっと特殊だからな。新しい住人が入るときは、他の住人のところへ顔合わせに行くんだよ」

「彩夢ちゃんからも聞いてると思うけど、このアパートは陣くん以外に純粋な人間は住んでないの。だからお互いの特徴とか持っている能力とかをある程度確認しておかないと、トラブルになる場合もあるから」

「あー」


 クオンは陣と美冬の話を聞いて納得したようだ。同じ亜人でも性質は異なる。そもそも亜人という単語すら知らなかったクオンだ。吸血鬼以外の亜人の性質など、漫画の中から仕入れた知識しかない。無用な軋轢を防ぐためにも住人との交流はしっかりと持っておくべきだ。陰キャコミュ障を自称するクオンにとっては非常にハードルが高いのだが。


「まぁ、顔合わせだからちょっと挨拶するくらいだし、今日は2階の住人だけでいいだろ。2階に住んでいるのは全員女性だから、クオンも多少は交流しやすいだろうし」

「そうね。クオンちゃんも荷物の整理があるだろうから……美雪が帰ってきたあとで一緒に行くのはどうかしら? 美雪も今日は部活がお休みで早めに帰ってくるって言ってたし。クオンちゃんも知り合いと一緒の方が気は楽でしょ?」

「陣は?」

「オレ? 一応ついてはいくけど、いないほうがいいか?」

「……いてほしい」


 クオンは少し不安そうな瞳で陣を見つめる。家族や父の眷属たち以外とは交流がほぼなかったため心配はぬぐえないのだ。逆に言えば、陣に対しては心を許している証明でもある。

 

「そっか。なら予定通りついてくわ。締め切りも明けてようやく人間らしい生活が送れる程度には余裕あるし」

「作家ってそんなにやばいの?」

「……ははっ」

「遠い目をして笑わないで!?」


 陣がついてくることでクオンは少し安心したものの、別の心配事ができてしまった。


「陣くん、作家としてはまだまだ新人の部類だし、担当編集の子もけっこう厳しいらしいからね。だから、締め切りが近くなると私や美雪が家事のお手伝いをしてるの。そうしないと陣くんの部屋、ゴミ屋敷になっちゃうから」


 美冬は困ったように語るが、表情を見ればそうは見えない。恩人である陣の世話をすることは美冬にとって、恩返しであり喜ばしいことなのだ。好奇の目に晒され住む場所を追われた美冬と幼い美雪の手を取ったのは、まだ高校生だった陣である。陣と出会うことがなかったら、美冬は怪異事件の犯人としてトッキョに拘束されていたかもしれない。まあ、トッキョに拘束されていたとしても、正当防衛及び過度なストレスによる能力の暴走として釈放はされていただろうが……。しかし、今のような普通の生活は送れていなかっただろう。

 だからこそ、陣の身に危機が迫るのであれば美冬は雪女としての力を存分に振るうつもりだ。それがトッキョを敵に回すことだとしても。


「美冬さんにはいつも感謝してます」

「いいのよ。好きでやっていることだから」

「美冬さんも物好きね」

「……クオンちゃんもわかるようになるわよ。そのうちね」

「ふ~ん」

「ほら、クオンちゃん。そろそろ荷物を整理したほうがいいんじゃない?」

「うぅ、めんどくさい」

「私も手伝うから。ねっ?」

「は~い」

「なら、オレは自室に戻るわ」


 クオンたちが荷物の整理を始める前に陣はそそくさと部屋をあとにしようとする。異性である自分に見られたくないものもあるだろうという彼の配慮だった。

 

「陣くん、またね」

「陣、ちゃんと来てよね」

「わかってるって。じゃあ、また」


 自室へと帰るため玄関の扉を開けた陣を美冬とクオンが見送った。美冬からすれば陣を見送ることはいつもどおりの穏やかな日常である。

 しかし、この穏やかな日常はいくつもの奇跡が積み重なった上にあることを美冬は自覚している。だからこそ、美冬は見極めるつもりなのだ。クオンという少女のことを。

 ――背筋に悪寒が走り、クオンは振り向いた。しかし、振り向いた先には穏やかに微笑む美冬の姿しかない。さっきの悪寒は気のせいだったのだと、経験不足のクオンは決めつけてしまった。そして、荷物を片付けるためリビングへと向かう。

 そのクオンの後ろ姿を美冬は氷のように凍てついた瞳で捉えていた。

クノート「今日も最後まで読んでくれて感謝する」

ミア「感想もお待ちしております。またお会いしましょう」

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