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お隣さんは吸血鬼(仮)  作者: 石城群場


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第6話「メイド狼、日本へ発つ?」

ミア「寿司……天ぷら……」

クノート「まだ言ってるのか。先の楽しみにとっておけ」

 柔らかい日差しが森の木々と古城の姿を照らし、ステンドグラスを通った光は色鮮やかに絨毯を染め上げている。その光景を尻目に一人の男が部屋の中をうろうろと動き回っていた。金色に輝く髪をオールバックにし、髪と同じ金色の顎鬚を蓄えた紅い瞳を持つこの偉丈夫こそ、クオンの父であるクノート・アカキアである。

 クオンを日本へと旅立たせたあと、本来なら来るであろうトッキョからの連絡を待ち続けているのだ。当初の想定より時間が経っても連絡が来ないため、クノートにとっては気が気ではない。

 そんなクノートを呆れた顔で静かに見るメイドの姿があった。クノートの眷属であり、クオンの世話役を務めていたミア・アーディルバイトである。


「……はぁ。普段の威厳に満ちたお姿はどこへやら」

「仕方ないだろう。いまだにトッキョから連絡が来ないのだ。本来であればクオンは日本に到着後すぐにトッキョへ向かう。その予定であったろう!?」

「クオン様の件につきまして、トッキョの日本支部より連絡が入りました」

「!? それを早く言わぬか! なぜここまで遅くなったのだ?」

「どうやらお嬢様はトッキョのことを存じていなかったとのこと……」


 ミアからの報告を聞いたクノートは自身の耳を疑った。


「すまない。もう一度言ってくれないか。歳のせいか耳が遠くなってしまったらしい。今、クオンはトッキョを知らなかったと言ったか?」

「はい。トッキョのことを知らず行き倒れていたところを近隣住人に保護されトッキョまで案内されたとのことでございます」

「――なぜだ!?」


 娘の想定外すぎる状況にクノートは思わず頭を抱えた。


「ミア。クオンの教育において一番時間をとった分野はなんだったか」

「トッキョに関する知識や日本の常識、我々のような怪異が現在どのように世界へ受け入れられているかでございます」

「……私の記憶違いではなかったか」

「はい」

「では、なぜクオンはトッキョを知らない?」

「おそらく、全て聞き流していたのかと」

「日本へ向かわせた前提が全て崩れるではないか!」

「お嬢様がここまでポンコツとは思いませんでした。……さて、クノート様いかがいたしましょう」

「前提が大幅に狂ったとはいえ、トッキョにたどり着けたなら生活の心配は大幅に減る。すぐに呼び戻したところでクオンの成長には繋がらん。……学びのいい機会ということにしよう」

「では、このまま放置なさるので?」


 クノートは険しい顔で思考にふける。このままクオンを日本に滞在させるのも非常に心配ではあるが、社会勉強のために日本へ旅立ってもらったのだ。すぐに呼び戻すのも本末転倒である。しかし、ミアを派遣しようものならミアに頼るのは目に見えている。クオンの成長を促しつつ、心配事を減らせる妙案はないだろうか。

 うろうろと動き回りながら悩むクノートの元へ一人の女性が近づいてきた。暗い紫色に赤いインナーカラーが映える髪を肩まで伸ばし、ゴシック調のフリルがついたドレスを見事に着こなした金色の瞳の女性、クオンの母、カティーレ・アカキアである。


「ずいぶんと悩んでおりますが、ミアを派遣すればいいことではありませんの?」

「カティか。ミアは派遣するとしても、もうしばらく時間を空けてからだ。すぐに派遣してはクオンの成長に対する妨げになりかねん。それに……」

「クノート様。なんでしょうか、その目は」


 クノートはミアに視線を向けた。連絡が来なかった間、ミアは必要に日本へクオンの様子を見に行きましょうかと提案してきていたが、ミアの思惑にクノートは気づいている。


「ミア。日本はたいそう食事が美味しいそうじゃないか」

「そうですね。日本人は食に対して強いこだわりがあるようで。海外が発祥の料理にもアレンジを加えることでさらに美味しくするとか。寿司や天ぷら、すきやきにそば、おでん。日本を代表する料理は数多くあります」

「ミア。口の端からよだれが垂れてるぞ」

「はっ!」

「相変わらず食い意地がはっている犬っころですこと」

「奥様、わたくしは狼でございます」


 カティーレとミアの視線が交錯しバチバチと火花を散らす。共に住むようになってからずいぶんと時間が経ったはずだが、この二人の関係性は昔から変わらない。何かにつけて喧嘩腰になるというか、しょっちゅう火花を散らしているのだ。

 しかし、いざ戦場へ出てみれば息の合ったコンビプレーを見せることも多い。つまり似た者同士の同族嫌悪なのである。同じ男に惹かれたのも当然の摂理かもしれない。


「……はぁ。その辺にしておけ。今は小競り合いをしている場合ではないだろう。今後のクオンに対する対応を決めねばなるまい」

「お嬢様の件につきまして、追加の報告がございます」

「なんだ?」

「どうやら、アカキアの名を伏せて生活するようです。接触するにしても表立ってするのはあまりよろしくないかと」

「『アカキア』の名はちと有名になりすぎたからな。仕方あるまい。だが、そうなると余計にこちらの動きは制限せざるをえないか」

「立ちはだかるもの全てを殴り倒せば問題ありませんわ」

「問題しかないわ!」


 堂々と言い切ったカティーレに頭を抱えてツッコむクノートと冷ややかな視線を向けるミア。真祖たちを束ねた争乱の時代であればそれでもなんとかなったが、現在は様々な事情が入り組んで複雑化している。娘が生まれたことでカティーレも少しは丸くなったものの、昔馴染みしかいないこの場では若かりし頃の性格が表に顔を出していた。


「奥様もお嬢様の前では見た目通りの淑女として振る舞いますのに、いなくなった途端にこれですか。やはり脳筋は結局脳筋のままということでございますね」

「あら、食欲ばかりにかまけている駄犬よりはよっぽどマシだと思いますけど?」

「ふふふっ、奥様もずいぶんと口が達者になったではありませんか」

「うふふっ、そういう駄犬こそ強がっているのが丸わかりでしてよ」

『あぁ?』


 二人がさらに激しく火花を散らし、今にも喧嘩が始まりそうになったところで二人を遮るようにそれぞれを透明な壁が覆った。クノートによって作られた結界である。


「少し頭を冷やせ。喧嘩するにしても修練場を使わぬか」

「失礼しました」

「あなたがそうおっしゃるなら」


 クノートの一言でミアとカティーレは少しばかり落ち着いた様子を見せる。その様子を見てクノートはいったん結界を解除した。


「それで? 結局どうなさいますの? 慎重にことを進めるのはあなたの長所でもありますが、うじうじ悩むのはあなたの短所でもありますわ。まぁ、そこがまた可愛らしいのですけど」


 口元に手をあて優雅に微笑むカティーレ。見た目だけは淑女の手本と言っても差し支えない。あくまで見た目だけの話だ。


「ミアを派遣す――」

「では、すぐに準備をして参ります」

「待て、最後まで話を聞け。クオンといい、ミアといい、なぜそうもせっかちなのだ」

「兵は拙速を尊ぶとも申しますが?」

「時と場合によるだろうが。……全く。ミアは派遣するが早くても1か月は先だ。それに身分と名前は一時的に変えてもらう」

「なるほど。あくまでもアカキア家との繋がりを隠しつつサポートに徹しろと」

「あぁ、ミアが派遣されたと知ればクオンは頼ってしまう。あくまでミア・アーディルバイトではない、他人としてクオンの様子をうかがうのだ。心苦しいとは思うがやってくれるな?」

「無論でございます」


 クノートからの指令を受け了承するミア。若干残念そうであるのはすぐには向かえないからだろうか。


「あなた、わたくしも日本へ行きたいですわ。世界中を飛び回っているせいでクオンにもしばらく会えていませんもの」

「ダメだ。カティは何かとやりすぎる。今、トッキョの日本支部といざこざを起こすわけにはいかない」

「心外ですわ。そんな怪獣みたいな扱い」

「大差ないですよ。怪獣と奥様は」

「あなた。駄犬の躾がなってないようですわ」


 再び険悪な雰囲気になる二人を見て呆れるクノート。


「はぁ。……修練場の結界は張りなおしておく。好きにしろ」


 クノートの言葉を聞いたミアはカティーレを連れて影に潜る。カティーレも当然のように影へ潜るときにはミアにつかまっていた。おそらく修練場に向かったのであろう。言葉を交わさずとも一瞬で互いの意図がわかるあたり息は合うはずなのだが……。

 クノートは即座に修練場の結界を強固なものに張り替えた。視界に入らない場所でも即座に結界を構築できるのは、クノートの優れた空間把握能力の賜物である。本来、結界術とは自分の視界の範囲で構築するものだ。そうしなければ、構築の開始点である座標がずれてしまう恐れがある。


「相変わらず素晴らしい結界術の腕だな、旦那」


 ミアとカティーレが去り、クノートが一人となった部屋へ短い黒髪で筋肉質の偉丈夫が入ってきた。背丈はクノートとあまり変わらず、どこか獰猛な雰囲気を醸し出している。


「ウヌか。珍しいな」

「ははっ、確かにな。今は政ばかりで俺の出番は少ねぇし」


 ウヌと呼ばれた男はどこかおどけた調子で答える。


「して、何用だ?」

「クオンの嬢ちゃんのことを聞きに来たのさ。ようやっとトッキョからも連絡があったんだろう?」

「あぁ。どうやら授業をほぼ全部聞き流していたようでな。すっかり前提が崩れてしまった」

「まじかよ! ぶっ、くははっ! そいつは嬢ちゃんらしいや!」

「ウヌ、笑い事ではないぞ」

「いやぁ、わりぃわりぃ。……で? どうすんだよ、旦那」


 快活に笑ったウヌは真剣な表情でクノートに問いかける。


「ミアに行かせる。1ヶ月先の話だがな」

「嬢ちゃんが甘えちまうんじゃないか?」

「ミアには名前と姿を変えてもらう」

「変装ってことかい。でも……」

「おそらく接触すればクオンは気づくだろう。あの子の身内に対する感知能力は次元がちがう」

「ありゃ、本能的なものだからな。それも加味してるってことは」

「あぁ。日本への派遣はミアの休暇も兼ねている。いつも働かせてばかりだしな。それからミアに気づいたあとのクオンの動きで成長の度合いも見えるだろう」

「身内に甘くとも抜け目はないこった」

「不満そうだな」

「そりゃあな。潜入なら俺たちの得意分野だし」


 ウヌはそう言うと顔に手のひらをかざす。それはまるで仮面をつけるような仕草だった。すると、ウヌの存在が揺らぎ次の瞬間には艶やかな長髪と色気に満ちた豊満な肢体をした女性が立っている。


「お久しぶりですね。旦那様」

「ドイか。しばらくぶりだな」

「普段はチンチに任せておりますから」

「それで自分たちを使えとそう言いに来たのか」

「そう言おうと思っていましたが、旦那様のお話を聞いて意見を変えましたの。そういうことでしたら、むしろ私たちは不適当ですから」


 ドイと呼ばれた女性は柔らかく微笑むが、どこか寂しそうに見える。


「お前たちにはずいぶんと世話になった。もう少しのんびりしていてもいいのだぞ」

「それでは鈍ってしまいますわ」

「……はぁ。お前たちはなんでもできる。それこそ汚れ仕事でもな」

「むしろそういった仕事のほうが真価を発揮できますわ」

「…………私がお前たちにそんな仕事を命ずるときは『クノート・アカキア』の誇りが死ぬときだ。居てくれるだけでいいのだ。お前たちは私の秘密兵器でもある」

「変わりませんね。あの争乱の時代を超えても旦那様は」

「変わったさ。しかし、変えてはならぬこともある」


 クノートは重々しく息を吐いた。その姿を見てドイが顔に手をかざし姿が揺らぐ。今度は長い黒髪を三つ編みにしたメイド服の女性が現れた。三つ編み以外に特徴と呼べるものは見つからない。


「チンチか」

「はい。ご主人様。ウヌもドイも久しくご主人様とはお会いしていないとのことでしたので」

「そうか」


 クノートはチンチの頭に手を軽く乗せくしゃっと撫でた。チンチも無言で受け入れている。クノートはチンチだけでなく、彼ら全員を労っているのだ。それは決して長い時間ではなかったが、確かな絆を感じさせるものだった。


「ご主人様、食事の準備ができております」

「もうそんな時間だったか。しかし、ミアとカティは……」

「またですか。では、もう少し時間をおいてからまた呼びに参ります」

「すまないな」

「いえ」


 チンチは静かに部屋を去っていく。玉座の間で一人になったクノートは静かに玉座へ腰を掛け物思いにふける。それは己の過去。多くの血を流し、多くの同族の命を奪った争乱の記憶。正義と悪はなく譲れない想いだけがあった。

 吸血鬼の歴史は迫害と憎しみで彩られていた。いまだ吸血鬼へ憎しみを抱くものは世界に多い。それでも永い間、止まっていた時計の針をクノートたちは動かした。多くの犠牲と引き換えに。

『吸血鬼と人間の共存』、掲げた理想は子ども染みた甘い夢物語。そんなことはクノート自身もわかっている。それでも種を蒔かなければ花を咲かすどころか芽もでない。


「…………ミーニャさん、あなたは今の私を見たらどんな顔をするのでしょう」


 クノートはぼそりとこぼした。ミーニャとはクノートの幼少期、初めて恋をした年上の吸血鬼である。彼女は真祖であるクノートに対しても分け隔てなく接していた。そんな彼女は人間の男性と恋に落ち、クノートの前から姿を消す。別れる間際、彼女は小さな声でぽつりと漏らしたのだ。


『吸血鬼と人間が本当の意味で手を取り合えたのなら、きっと……』


 その一言が今のクノートに大きく影響している。今の彼女がどこにいるのか、そもそも生きているのかクノートは知らない。探すこともない。今の己には愛する家族がおり、率いねばならぬ戦友(とも)がいる。


「幸いにもトッキョの日本支部と私が掲げるものには似通ったところがある。クオン、お前が『新時代の旗印、吸血鬼と人間を繋ぐ架け橋』になることを私は願っている。……ふふっ、我ながら親バカがすぎるし、これは私の我儘か」


 クノートはゆっくりと目を閉じて、再びチンチが呼びに来るのを待つのであった。

ミア「……最後までお読みいただきありがとうございます」

クノート「また会えることを祈っているぞ」

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