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お隣さんは吸血鬼(仮)  作者: 夕星コウヤ


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第1話「吸血鬼、拾われる」

クノート「日本にはついたようだな」

ミア「あとはトッキョへ行っていただければ連絡があるでしょう」

 一人で暮らすにはやや広い2LDKの一室。机に突っ伏して寝ていた男はカーテンの隙間から漏れた朝日で起こされた。男の目元には濃い隈ができており、髪はぼさぼさで無精ひげも伸びている。清潔感の欠片も感じないこの男は部屋の主、相谷陣(あいのやじん)である。


「……んぁ、もう朝か」


 ばきばきと軋む音を鳴らしながら体を伸ばした陣は壁に掛けてあるカレンダーを見て思い出す。


「今日は燃えるゴミの日か。締め切りで忙しくて出せてなかったから出さねぇとまずいな」


 まだぼんやりとした頭を働かせ、のっそりと立ち上がる。スマホで時間を確認すると午前7時になったところだ。ゴミを出すには十分に間に合う時間である。


「ゴミは確か、美冬さんがまとめてくれてたはず……」


 陣が部屋をでると、廊下の一角に燃えるゴミの袋が口を縛って置いてある。よく見るとゴミ袋には付箋が貼ってあり『しっかり出すように!』と女性らしい丸っこい字で書かれている。


「……あった。ほんと美冬さんには頭が上がらないなぁ」


 陣の言う美冬さんとは、彼と同じアパートに住んでいる妙齢の女性のことである。雪女と人間のハーフらしく、雪原を思わせる白い髪と水色の瞳が特徴的であり、その冷ややかな印象とは対照的に穏やかでとても世話好きな人だ。

 

 陣はゴミ袋を抱えアパートから少し離れたゴミ捨て場へと向かう。ゴミ捨て場が視界の隅に映り、そこで違和感に気づいた。何か大きな影が横たわっている。

 目を凝らしてみると、それは人のように思える。酔っ払いでも寝転んでいるのだろうか。春を迎え暖かくなりはじめたとはいえ朝方はまだ冷える。自分が管理するアパートで騒ぎが起こるのはまずいと、陣は足を速めた。

 影の姿が明瞭になるまで近づいたところで陣はハッと息をのんだ。日光を浴びてきらきらと輝く金色の髪に陶器のような白く透き通った肌。その姿はまるで西洋人形のようで、人とは違う妖しい美しさを纏っている。


「…………人形? いや、人形にフリーサイズのパーカーを着せるやつはいないか?」


 しげしげと観察してみると胸が上下に動いていた。人間かどうかは別として生きている。陣は慌てて少女の元に駆け寄って声をかけた。


「大丈夫ですか!? 意識はありますか!?」


 その声で少女は陣のことに気づいたようで閉じていた(まぶた)を開いた。ルビーのように美しい紅色の瞳が陣をとらえる。少女は力なく陣の方へ手を伸ばし呟いた。


「……お腹減った」

「はっ?」


 どうやらこの少女は空腹のあまり倒れてしまったようだ。倒れた場所がアパートのゴミ捨て場だというのが非常に滑稽ではあるが。

 陣は少女の手を取り優しく抱え起こそうと少女の近くでしゃがみこむ。


「すごく美味しそうな匂いがする」

「おわっ!?」


 しゃがみこんだ陣の首に少女は手を回し引き寄せた。突然のことに驚き、バランスを崩した陣は少女の上に倒れこむ。そんな陣のことを気にもせず少女は――彼の首筋に噛みついた。

 ちくりとした痛みと尖ったものが肌に刺さる感覚で陣は気づく。この少女が亜人、それも吸血鬼であることに。

 ちゅっと可愛らしい音を立てて、陣の首筋から少女の唇が離れる。瞬間、少女はくるりと横を向き――


「ゲロまずっ!?」


 驚愕した表情で盛大にふきだした。陣はその少女の反応に困惑しつつも立ち上がるために声をかける。この状況を誰かに目撃されれば非常にまずいことになるからだ。


「おい、とりあえず手をはな――」

「えっと、陣くん? なにしてるの?」


 どうやら一歩遅かったようである。がさっとビニールのこすれる音が聞こえ振り向くと、ゴミ袋を持った少女が怪訝そうな表情で陣たちを見ていた。

 白いセーラー服に身を包み、長く白い髪を高いところでくくってポニーテールにした彼女は郡美雪(こおりみゆき)。陣がよく世話になっている美冬の一人娘である。学校へ向かう前にゴミを捨てに来たようだ。


「美雪ちゃん!? ちがっ、これには訳があって! お前もいい加減、手を離せよっ!」

「うぇ~、後味も最悪」

「話聞けよ!?」


 陣は慌てて立ち上がろうとするも吸血鬼の少女はいまだに手を離そうとしない。血の味のショックからまだ立ち直っていないようだ。


「……もしかして、いつもの?」

「トラブルに巻き込まれるのを『いつもの』っていうのはやめて欲しいかな!」


 美雪は陣と少女の様子を交互に見て悟った。この管理人はまた何かトラブルに巻き込まれたのだと。美雪は二人の元に近寄り屈んで声をかけた。


「陣くんはいいとして、そっちの人は大丈夫ですか?」

「うぅ、誰でもいいから血を吸わせて……」

 

 ゴミ捨て場に倒れている少女はようやくショックから立ち直ったのか、陣の首に回していた手を離して弱弱しいうめき声をあげる。解放された陣は改めて少女の腰に手を回し、ゆっくりと起き上がらせた。さすがにゴミ捨て場で寝かせたままにするのは忍びなかったらしい。


「そういうことなら、はい」

 

 屈んでいた美雪は少女のそばに近寄るとセーラー服の首元を引っ張り首筋を見せる。どうやら血を吸っていいよというサインらしい。


「ゔぇ」


 少女は嫌そうな顔で声を漏らしたが、仕方なく美雪の首筋に牙を立てた。美しい少女同士が密着する様子は本来なら非常に絵になるのだが。


「やっぱ、まっずぅ」

「その反応はちょっと傷つくかも……」


 今にも吐きそうな顔をしている吸血鬼少女を見ればそうも言えない。血を吸わせた美雪もその反応を見て、なんとも言えない表情をしている。


「ごめんね。その、傷つけるつもりはなくて。でも、まずいものはまずいから。……っていうか、そもそもそこのあんた!」


 吸血鬼少女は言い訳がましく美雪に言い返したあと、ビシッと陣に向けて指をさす。血を吸ったことで少し元気が出たようだ。


「どんな生活をしてるの!? そんなに美味しそうな匂いをしてるのに! 今日ちゃんと寝た? ご飯食べた? ちゃんと運動してる!? 美味しい血は健全な生活習慣から生まれるのよ!!」

「いや、知らねぇよ」


 少女のあまりな言い分に思わず呆れた返事を返す陣。少なくとも出会ったばかりの少女にとやかく言われる筋合いはないのである。


「締め切り明けだから仕方ないとはいえ、今日からはちゃんと健全な生活しようね? 陣くん」

「……はい」


 ただ普段からお世話になっている美雪からも注意されてしまえば大人しく頷くほかないのだ。そもそも陣本人だって、決して不健全な生活を送りたいわけではない。たまたま今日が修羅場を乗り越えたところであり、まともな生活を送れていなかっただけである。


「締め切り!? もしかして、あんた漫画家の先生だったりするの!?」

「期待しているところ悪いが、オレは作家だ」

「ちぇ~」

「いちいち反応が癪に障るやつだな」

「まあまあ。でも、生活習慣で血の味が変わるなら、私の血はそこそこ美味しいと思うんだけどなぁ。食生活や睡眠時間には気を付けてるし、運動だってちゃんとしてるし」


 美雪は先ほどの少女の反応が気になるようで首を傾げる。陣のように不摂生な生活を送っていないにも関わらず、『まずい』と言われたのが少しショックなようだ。


「うーんとね……生活習慣の問題じゃなくて、同性の血は美味しく感じられないんだよね。そういう習性というか。ほら、フィクションの吸血鬼でも同性から血を吸うシーンって、ほとんど見ないでしょ?」

「言われてみれば確かにそうだね」


 吸血鬼少女の返答でなんとなく腑に落ちたのか美雪はしきりに頷いている。


「フィクションに関しては、見栄えの問題とかもあるかもしれねぇけどな。そもそも『亜人』の存在が世間に公表されたのだって、歴史からみればつい最近の話だし……」

「『亜人』?」


 頷く美雪を見ながら陣が口を挟む。陣の言葉に引っかかりを覚えたようで吸血鬼の少女も首を傾げた。


「『亜人』って呼称を知らないのか? 今どき常識だぞ。本当にお前はいったいどこから来たんだ?」

「どこって、ルーマニアに決まってるでしょ! 吸血鬼なんだから!」

「そういう意味じゃねぇよ……」

「なによ?」

「いや、もういいわ」

「はぁ? なにそれ!」


 期待した答えは得られないと悟った陣が早々に切り上げようとするが、その態度が気に食わなかったのか吸血鬼の少女はぎゃーぎゃーと陣に噛みついている。そんな二人を少し呆れながらも微笑ましく見守っている美雪が何かに気づいたようで口を挟んだ。


「二人とも仲良しなのはわかったけど——」

『仲良くない!』

「息ぴったりだよ? それよりも自己紹介ってしたの? よく考えたらお互いに名前も知らないんじゃない?」

『……確かに!』

「またハモった。やっぱり仲良しだね」


 吸血鬼の少女は、美雪の言葉にぐぬぬとでも言いたげな表情で陣を睨む。睨まれた陣は呆れながらも会話の主導権を握ることにしたようだ。


「オレは相谷陣。人間。お前は?」

「クオン。クオン・アカキア。吸血鬼」

「私は郡美雪! 雪女と人間のクォーターだよ。まぁ、ほぼ人間かな?」


 陣が少しぶっきらぼうに名を名乗ると、クオンもぶすっとした顔で続く。そんな二人の空気感を他所に、にこにこと快活に名乗るのが美雪であり、それが彼女らしさとも言える。


「それで? クオンは何でこんなところに転がってたんだ?」

「なっ、いきなり呼び捨てとか何!? 狙ってんの!?」


 クオンは顔を少し赤く染めながら、自身の体を抱きしめて後ずさる。いったい何を妄想したのだろうか。

 

「はぁ? 何言ってんだ?」

「陣くん。出てる出てる、悪いとこ」


 美雪からもじとっとした視線を向けられるが、何が悪いのか気づけないのがこの男である。


「クオンちゃんって呼んでいい?」

「別にかまわないわよ。私も美雪って呼んでいい?」

「いいよ! 私、同年代の亜人の友達は少ないから仲良くしてほしいな」


 美雪はすかさずクオンのそばへ駆け寄り会話を続ける。一瞬、変な空気になりかけていたが、そこをしっかりと軌道修正できるのは流石だ。


「美雪~? 何かあったの~?」


 クオンと美雪の会話を遮るように美雪を呼ぶ声が聞こえた。アパート方面からパタパタと足音をたてて駆けてきたのは、白く美しい髪に水色の瞳と目元の泣き黒子が特徴的かつグラマラスな女性、郡美冬(こおりみふゆ)である。ゴミ出しに行った美雪の帰りが遅いので、心配して様子を見に来たようだ。家事の途中だったのか、クリーム色のノースリーブニットワンピースに桜の花びらがあしらわれたエプロンを付けている。


「あっ、お母さん!」

「もういい時間だけど……あら、陣くんもおはよう。ちゃんとゴミ出しに来たのね。……えっと、それからそちらの方は?」

「この子はクオンちゃん! 吸血鬼なんだって」

「……どうも」

 

 美雪がクオンの背中を押して美冬に紹介する。なぜかクオンは借りてきた猫のようになっていた。陣や美雪と出会ったときとは、明らかに反応が異なる。どうやら美冬に対して緊張しているらしい。何か感じるものがあるのだろうか。


「新しいお友達ができたのはいいけど、そろそろ時間じゃない?」

「えっ!? あっ、ホントだっ! ごめん、朝練あるから、私もう行くね!」

 

 美冬に促され時間を確認した美雪は慌てた様子でアパート方面へと駆け出した。どうやら荷物を取りに向かったらしい。


「あの子ったら……朝から騒がしくしてごめんなさいね」

「えっと、あの、大丈夫です……」

「さっきまで騒がしかったのはこいつですよ」


 陣はずいぶんと大人しくなってしまったクオンを指差した。美冬は意外そうな顔をして首を傾げる。腑に落ちないのは陣も同じだった。


「……美人には緊張するのよ! 悪かったわねっ、コミュ障オタクで!」

「何も言ってないだろ」


 まるで逆切れしたかのように言い放ったクオンの言葉に呆れる陣。だが、どこか含みがあるようにも感じる。クオン本人も言葉にできないような何かが。


「クオンさんでよかったかしら。朝からゴミ捨て場なんかで一体何をしていたの? どうやら服とかも汚れているようだし……まさか、何か事件に巻き込まれたの?」


 美冬は心配そうにクオンに尋ねた。結局のところ、未だクオンがなぜここにいたのか誰も把握できていないのである。クオンは目を逸らし、少し俯きながら語りはじめた。なぜ自分がここにいるのかそのわけを。



「……ふっ、くふっ、お前おもしれぇな」

「笑い事じゃないんだけど!?」


 クオンが日本にいる理由を聞いた陣は思わずふきだした。決して馬鹿にしているわけではない。ただ予想外の理由であったこと、そして……純粋に微笑ましかったのだ。家族に愛されているクオンのことが。

 そんな陣を美冬は心配そうに見つめている。美冬は知っているのだ。陣にはもう血を分けた家族がいないことを。いや、正確に言えば公にはいないことにされてしまった。

 しかし、陣の事情など知らないクオンは笑い続ける彼に対して騒がしく噛みついている。そんな二人を美冬は見守ることしかできなかった。

 

 ……しばらくの間、笑い続けた陣はようやく落ち着いたのか、ずっと疑問に思っていたことを口に出した。


「なんでトッキョに行かなかったんだ? トッキョへ行けば亜人用のサポートも受けられて、そんな状態にもならなかっただろ」

「トッキョって何?」

『えっ?』


 首を傾げるクオンを見て、陣と美冬は互いに顔を見合せた。現代においてトッキョを知らない人物がいるとは思いもしなかったからだ。いや、クオンが亜人という呼称を知らなかったため、陣の脳内には若干嫌な予感が過ぎってはいたが。

 陣は思わず額に手を当て空を仰いだ。見上げた空は晴れ渡り青く澄みきっている。その空へ桜の花びらが一片、風に乗って踊るようにとけていった。

ミア「ここまで見ていただきありがとうございます」

クノート「次回も会えることを楽しみにしている」

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