悪役令嬢は、物語の外で微笑む
季節が一つ、巡った。
ヴァレンシュタイン商会は、今や隣国最大級の商会となり、
その名を知らぬ者はいない。
「会頭、各国からの招待状です」
「後回しにしてちょうだい。今日は休みにします」
エレノアは執務室を閉じ、街へ出た。
誰も彼女を“悪役令嬢”とは呼ばない。
ただの――成功した女商人だ。
広場の片隅で、噂話が聞こえてくる。
「昔、王太子の婚約者だった人がいたらしいな」
「断罪されたんだろ?」
「いや、違う。国を見限っただけだ」
それでいい、とエレノアは思った。
物語は、語られるうちに形を変える。
真実も、悪役も、主人公も――いずれ曖昧になる。
あの日、断罪台に立った少女は、
確かに世界から“追い出された”。
けれど。
「エレノア」
名を呼ばれて振り返ると、レオンが立っていた。
彼は指輪を一つ、差し出す。
「共犯契約を――生涯に変更しませんか」
彼女は少しだけ考え、そして笑った。
「条件は?」
「隣に立つ権利を、私にください」
「……妥当ですわ」
指輪を受け取り、彼女は空を仰ぐ。
王宮の天井ではなく、
誰にも管理されない、自由な空。
悪役令嬢の物語は、確かに終わった。
だが、彼女の人生は――
誰の筋書きにも縛られず、ここから始まる。
ハッピーエンドとは、選び取った自由のこと。
そう知っている彼女は、
今日も静かに、そして確かに、微笑んでいた。




