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78 小説

「明日は休みだから母さんも家にいるんだけど、何かやりたいことでもある?」


金曜日の夕暮れ、帰り道でリンがリョウに問いかける。


「まだメイユお姉さんに貰った本を読めてないから、ずっと家で本を読んでてもいいよ」


「なにその呼び方……メイユちゃんをお姉さんと呼ぶのは良いけど、ロクラまでお姉さんなんて呼び始めたら、私の手が出るから覚悟しといてね」


ロクラに会ってから、リンの話し方は少し砕けているように思える。

リョウは思わず心の中で笑って、「分かった」とだけ返事した。


「まあいいわ。本なんていつでも読めるでしょ。とにかく、何か考えておいてね。

母さんと一緒じゃないと出来ないことだと良いと思うわ」


「そんなことあるか分からないけど、考えとく」


何だそれと内心不思議に思いながら、リョウは生返事を返したのだった。




リョウの関心は、メイユがくれた大量の本にあった。


(というか、ろくな娯楽がないから本を読むしかないんだよな)


託児所で行うゲームや、森の中で遊んだ球技のサッサランは、リョウにとっても面白いものではあった。

ただ、その面白さは誰かと共に遊ぶことによって生まれるものだ。

机に向かって必勝法を一人で考えたり、自主的に走り込んで体力をつけるよう努めたりするのは、彼にとって楽しいことではなかった。


そんな中で、純粋な知識欲の追求になる上、著者との対話でもある読書は、リョウが楽しいと感じられる趣味であった。


(母さんの過去の話を聞くとかでも面白そうだけど、話したくないこともあるかもしれないしな......。

それか、思い切って前世の記憶がある話をするか?

母さんになら真剣に聞いてもらえるとは思うけど、はっきり言って前世の記憶も曖昧だし、母さんに少しでも気味悪く思われると嫌だな)


リンの指示通りに何をしたいか考えるも、良いアイディアが思いつかなかったリョウは、とりあえず母親に話しかけてみることにした。


リンは、机に向かって恐らく小説だと思われる本を読んでいた。

結局読書じゃないかと思ったリョウだが、そんなことはおくびにも出さず、質問を投げかける。


「母さんが今読んでるのは何の本?」


リンは本に栞を挟んで机の上に置いた。


「ジャンルで言えば、小説っていう、架空の物語が書かれた本ね。

この話は、王都から追放された貴族の女の子が魔物を操る能力を身につけて復讐しようとする話よ」


リョウは、小説の定義から説明されたことに少し可笑しさを覚えた。


「そんなことあるの?」


「魔物を操る能力は、見たことはないけどどこかにはあるかもしれないわね。存在しないと言い切るのは難しいわ。

それでも、追放の方はないんじゃないかしら。

追放された人は基本的には盗賊に身をやつすか死んでしまうかになっちゃうから、治安的にも衛生的にもする意味がないと思うのよ。

それに、本当に悪人なら目の届く範囲に置いていた方が安心でしょ?」


リンの言う通りで、近隣の地域にも被害が及びかねないのだから、罪を犯した人をただ領域の外へ追放する処分は無意味な嫌がらせでしかないとリョウは納得した。

追放した人物がもたらした被害の大きさによっては、周辺の地域との関係性が悪化してもおかしくない。


「その女の子は悪人だったの?」


「どうだろう。今のところは理不尽に追放されてからのことしか書かれてないから、何とも言えないわね。

これから書かれるかもしれないし、少なくとも今この女の子が復讐のためにしてることは悪いことだから、この子が裁かれるのかどうかも含めて、結末が気になるのよ」


「どうなったか分かったら僕にも教えてね」


「せっかくなら読んでみる?」


リョウは首を横に振った。

メイユがくれた本の方が、リョウには興味深く映っていた。


「幸せな話の方が僕は好きだと思う。

母さんは、いつから小説を読むようになったの?」


「ちょうどリョウぐらいの頃かしらね」


「母さんも、母さんのお母さんに勧められたの?」


リョウは、初めて知る領域に自分が踏み込みつつあることを自覚しながら質問した。


「そんな感じかしらね。いつの間にか読み始めてたから、詳しくは覚えてないわ」


「僕の母さんは役場と今は兵舎で働いてるけど、母さんの母さんは?」


リンはゆっくりと立ち上がった。


「色々話すと長くなっちゃうかもしれないから、話すのはまた今度でも良い?

母さん、夜ご飯の準備しないと」


濁されているのを分かっていたが、リョウは引き下がるつもりはなかった。

純粋に気になるし、こういう時に無邪気に突っ込めるのは七歳の特権だ。

この機会に聞かなければ、次に聞く機会はないとリョウは感じていた。


「じゃあ、明日したいことそれでも良い?

考えたけど、母さんとしかできないことは母さんの話を聞くことだけだと思うんだ」


リョウが情にも理屈にも訴えるように言うと、少し困ったように笑ってから、リンは静かに頷いた。

本日は三話投稿です。水曜日に一話、次の日曜日に何話か投稿して、村落編はひとまず終了となります。

通し番号が整数でない閑話をいくつか挟んで七月中に新章を始められるのが理想ですが、書きたいことが膨らんでしまって後にずれ込んでしまったとしても、気長に待っていただければ嬉しいです。

今後とも本作をよろしくお願いします。

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