54 指向
アユは、先にヌルールが魔法土の生成に成功したのを見て焦っているようだった。
「アユは、シトナに勝ちたいんだ」
ヌルールが、半ば呆れたような様子でリョウに説明する。
(きっと普段はアユ対シトナの構図になることが多いんだろうな)
シトナとの一対一を奇襲とはいえ制した自分の技を学びたいという思いが強いのだろうと、リョウは解釈した。
アユの負けず嫌いなところは、ガオに似ているかもしれない。
その後、教師が自由時間終了の号令をかけるまでの間、リョウはヌルールを介して、アユに土魔法のイメージを伝え続けた。
アユは三度目の挑戦で、一瞬だけピンポン玉ほどの大きさの球体を生み出すことに成功したものの、すぐに制御を失い、光の粉となって消えていった。
それ以降もリョウは根気強く教えたものの、光こそ何度か発現するものの、結局固体が確認できたのはその一回のみであった。
十回のチャレンジを終えたところで、これ以上は危険かもしれないと判断し、リョウは練習を打ち切った。
後日、十分に休息をとった上で、親が確認できる場所で行うようにと、何度目かの念押しをして、本日の練習を終えた。
アユがまだ練習したいと反抗するのに対し、ヌルールは冷静かつ慎重派だったようで、リョウの忠告に頷いて以降は、自身の魔法土の生成練習はやめ、リョウとアユの意思疎通の補助に徹してくれていた。
リョウは、そんな補助のもとでアユにイメージを伝えるために言語化を繰り返すうち、自身の中でも新たな発見に至った。
リョウ自身は、魔法の発生を大気中の粒子の凝縮・凝固のようなものだと捉えており、その解釈にある種の確信を持っていた。
周囲の粒子を感じ取り、自身の支配下に置き、特定の場所に集中させる。
この手順によってリョウは魔法を発現させてきたが、それぞれの段階では集中力を大きく消耗する。
例えば大鷲を叩き落とした時は、大鷲の上空の粒子が凝結し、重力に従って落下するというイメージを持ち、自身の感じ取れる限りの粒子を支配しようとした結果、リョウは気絶した。
そして今回、リョウはこの過程にもう一つの手順があることに気がついた。
それは、粒子に指向性を持たせるというものだ。
完成した魔法土のブロックや魔法水に、力や流れを与えるようなイメージである。
これまでリョウは、その操作を意識的に行っていたわけではなかった。
しかし振り返ってみると、これまでの行動の中で、同様の制御を無意識に行っていたことに気づく。
ボールを曲げるのはその典型であり、ボールの中央部に感じ取れる魔法粒子に指向性を与えることで、物理法則に反したような軌道を実現している。
また、石壁を登った際、積み上げた魔法土のブロックを崩れないよう支え続けたのも、崩れそうな方向とは逆向きに力を加えて状態を維持していたと言える。
これらの事実にリョウが思い当たったのは、シトナを追い抜く際に魔法土の板を作ったときの違和感に気づいたからだった。
そのとき、リョウは空中に魔法土の板を固定していた。
本来、物体は重力に従って落下するはずであり、空中に留まり続けるためには、上向きの力が作用していなければならない。
リョウはアユにその技を説明している最中にその点に気づき、自分が無意識のうちに魔法土の板へ上向きの力を与えていたことを自覚した。
そのことを確かめるように、リョウは野球ボール大の魔法土の球を手のひらの上に生成し、思い切り上向きに力を加えてみた。
鈍く緑色に光る球は勢いよく上空へ射出され、十メートルほどの高さに達したところで制御を失い、雲散霧消した。
(色々と試してみたいことができたな)
自分で積み上げた魔法理論の検証と共有。
共有について考えたとき、リョウの頭に真っ先に浮かんだのは、彼にとって唯一の魔法の師であるガイユエンロウ・ブスールの顔だった。
今日は日曜日で、本来なら父の同僚でもある彼に三度目の授業を行ってもらうはずの日だった。
リョウは上空を見上げたまま、言いようのない寂寥感に襲われた。
橙に染まる雲がどこか物寂しく見えるのは、その色がリョウの郷愁の念と重なっているからに違いなかった。




