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【決意】

 広大な王宮の敷地内には沢山の離宮や庭園がある。そしてその王宮の両端には聖職者が多数在籍する聖女宮と、魔道士の研究施設である魔道士の塔があった。

 アリシアは今日、その聖女宮の最奥の間を訪れていた。

 大聖女であるレティシア大伯母を訪ねてとあるお願いをするつもりで。


 レティシアの離宮やその薔薇園への立ち入りは割と自由に許可されていたアリシアだった。

 もちろんそれでもあらかじめ薔薇園に伺いたい旨の手紙を出してからではあったけれど。

 ただ、レティシアはその大聖女としての役割のため生活の大半を聖女宮で費やしていたため、なかなか離宮でレティシアと会うことは叶わなかった。

 そこで今回、あらかじめレティシアとお会いしたい旨を手紙で送り、今回こうして聖女宮に足を踏み入れることとなったのだった。


 聖女宮はその一階部分は教会としての役割も兼ねていたため、王宮敷地に入る許可さえある者であれば立ち入ること自体は難しくはなかったけれど、アリシア自体、聖女に関わることを避けていたせいもあって、こうして聖女宮を訪ねるのはかなり久々のことだった。

 思えば五歳の時、その魔力を測る神参りの儀式の時は、母に連れられ訪れたのだったなぁと、感慨に耽る。


 真っ赤なベロアの絨毯を歩き、アリシアは最奥の間の扉までたどり着いた。

 大きな両開きの扉。その向こうにレティシア大聖女がいるはず。

 扉の両隣にいる兵士が、ゆっくりと扉を開く。


「アリシア様がお見えになりました」

 控えていた侍従がそう、部屋の奥のレティシアに伝えると、椅子からゆったりと立ち上がる彼女。

 真っ白な聖女のドレスは重厚でとても重そうに見えるけれど、それをまるで羽ででもあるかのように軽く捌きながら立つその姿は、とても齢70を超えているようには見えない。


「いらっしゃい。アリシア。さあ、こちらにおいでなさいな」


「ごきげんようレティシア大伯母様。本日はお忙しい中お時間をとっていただきありがとうございます」


 アリシアはテーブルの近くまで来たところでカーテシーをしそう挨拶すると、勧められた椅子に腰掛ける。

 そのままレティシアに微笑みかけた。


「大伯母様、本日はわがままを聞いてくださって嬉しいです。ありがとうございます」


「いいのよ。わたくしの方こそあなたに会いたくて仕方がなかったのですもの。離宮の薔薇園は気に入ってくれていたかしら。せっかく来てくれていたのになかなか会えなくてごめんなさいね」


「薔薇園はとても素晴らしくて、本当は毎日でもあの薔薇の香りに包まれていたいくらいだったですけど、そこまではできなくて……。それでも、薔薇園での時間はとても心が洗われて幸せな気分に浸れましたので。自由に赴く許可をいただけたことは本当に嬉しかったです。ありがとうございます」


「そう、それはよかったわ。本当はわたくしがあなたのお母様の代わりができればよかったのですけど、そうもできなくてごめんなさい。ずっと心にかけていたのですよ」


「嬉しいです。大伯母様。わたくし、そんな大伯母様にどうしてもお願いしたいことがあるのです」


「あら、何かしら? わたくしでできることであればなんでもおっしゃって。できる限り力になるわ」


「ありがとうございます大伯母様。実はわたくし……、聖女の修行がしたいのです……」


「あらあら。嬉しいわ。わたくし、あなたの才能をもったいないと思っていたのよ。あなたなら立派な聖女になれるわ」


「いえ、聖女になりたいと言うより、聖女の修行をしたいのです。お飾りの聖女職ではなくって、大伯母様みたいな本当の聖女の力を持った人になりたいんです」


「ふふ。そうねえ。政治的な意味で聖女はしがらみに縛られますからね。あなたがそう思うのも理解できるつもりですよ。いいでしょう。役職としての聖女職ではなく、あなたのことは聖女見習いとしてわたくしが見てあげます。それでいい?」


「ああ、ありがとうございますレティシア大伯母様。よろしくお願いします!」


 アリシアが伸ばした手を、両手で包み込むように握るレティシア。

 そんなレティシアのふんわりとした笑みに、アリシアもまた笑顔になった。




 ◇◇◇◇◇


 これで……。聖女という職に就くことなく、聖女の力を得ることができるかもしれない。

 今の中途半端な状態じゃなく、本当の力を……。


 アリシアはそう安堵して。


 この世界で聖女職についてしまえば、王家による婚姻の申し出を無碍に断ることは難しい。

 しかし、いつかくるかもしれない世界の矯正力、あの断罪劇を回避するためには、どうしても自分自身にちゃんとした力が必要だと思っていた。


「魔眼も、取り戻したいわ……」


「ああ、今までの人生ではアリシアにはマギアクリスタルの加護があったんだったな」


「ええ、マ・ギア。マギアクリスタル。精霊たちの上位種であるマ・ギアがわたくしを選んでくれていたから……」


 この世界に無数に存在する精霊たち。人は、自身のマナをギアと呼ばれる精霊に与えることで、この世界に魔法(マギア)という奇跡を顕現させることができる。

 そんな精霊(ギア)の上位種にあたるのが、『マ・ギア』と呼ばれる存在だった。


 アリシアは聖女として聖女宮の祭壇に祈りを捧げた折に、宮殿の最奥で眠っていた『マギアクリスタル』に選ばれたのだった。

『マ・ギア』は自らその(あるじ)を選ぶ。

 そして、その生を終えるまで、マギアクリスタルの権能を使うことを許されていた。


「魔眼の権能を使えるのと使えないのでは、聖女としての力にも随分と差が出てしまうから……」


「ふむ。そうだな、アリシアのマナは精霊たちから好かれていたしな。あの世界のグラキエスは随分と悔しがっていたよ。君をみすみすあんなめに合わせてしまったと」


「グラキエス……、氷の大精霊のグラキエス、ね……。なんだかすごく懐かしいわ……。クラウドも、レインも、サンも、みんな元気かしら……」


「修行を続ければいずれ向こうの方から寄ってくるだろうさ。この世界の奴らだってきっと君のマナに惹かれてしまうだろうから」


 そう言って、ウィルヘルムの表情でニヤリと笑うミーナ。




 この世界は、もうすでに以前の世界とは違う。

 それはもう、納得できているアリシア。

 それでも。


(わたくしらしく生きて。そして必ず断罪は回避してみせる……)


 原作であるロマンス小説にはまだまだたくさんの波乱のポイントがあった。

 その全てがこの世界で再現されるとは思わなかったけれど、それでも同じようで違う、別の事件として再現される可能性はあるだろう。


 そう心にとめ、目の前のウィルヘルムのミーナを見つめる。


 ウィルヘルムのミーナも、自分のことを優しい瞳で見つめてくれている。


 その事実が、今はとても嬉しかった。



 第一部 終


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