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第32話 唯一無二の存在

 リンがローゼンクロイツ学園に到着するよりも前の時間。

 フラワ王城前の広場には新女王ローゼリアと新騎士達を、そして石の国を除く火・水・月・えんの国の『代表者』を一目見ようと集まった人々でごった返していた。


「おい、唯一神様ってアレか? あの黒い箱がそうなのか?」

「違う。あの中にいらっしゃるんだ」


 否、多くの人々の目的は式典の主役たる女王や騎士ではなく、『火の国:火炎帝国フレア』の神殿で長年人間界から姿を隠していらっしゃった『創造神ヴァニタス』を見ることだ。特に観光客はそう。フラワ国民ですら新たに国の護り手となる騎士やこれからのフラワを導く女王の姿や言葉への興味が半分で、残りはこの世界の創造主たるヴァニタスについてだ。


 国賓の席の横にある、特別に設けられた台座。そこに存在している、空間を切り取ったような漆黒の箱。あの中にいるのが創造神ヴァニタス……らしい。しかし多くの人が実際の神を見たことなどない。故に群衆の議論の中心はあの黒い箱が神なのか、それとも中にいるのか、はたまた箱だけなのか。


「あんなんで神様は『桜祭り』を楽しめるのか?」

「お前バカだなぁ、今のフラワに来る訳ないだろ。この前の教会と騎士団に潜伏してたアイン教のスパイ。それに『セカイ』の暴走に学校周辺巻き込んで異界化させたアイン教幹部だって、どっちも『民間』の界法師の助力があって――」

「それは知ってるけど、お前こそ分かってない。火の国は長いことアイン教と戦ってんだ、今更戦闘狂のフレアがその程度で怖気づくかよ」


 喧騒に混じる様々な感情と憶測。

 しかし決定は既に下されている。式典は予定通りに開催されるのだ。

 鳴り響くファンファーレ。壇上に立つ、まだ幼さの残る女王の力強い言葉。


 直後、世界を割らんばかりの大歓声と共に、運命がまた進む。打ちあがる花火。舞い上がる花々。乱れ舞う狂喜の嵐は緊張していたアルバに事態の好転を思わせた。


(よかった。ちゃんと始まったんだな)


 拍手喝采の騎士達の中、自分も周りと同じように拍手する。

 無事に開催できた。前に立っているマリアにも動きはない。つまり、大丈夫ということだ。そうアルバが解釈した刹那。


 ――轟音。


 歓喜に沸く観衆の声が、その意識の時間が止まる。

 突然の事態に『目の代行者』であるマリアも含めて多くの人が周囲の人の様子から次の自分の動きを決めようと目を動かしていた。


 対して状況を理解していたのは新騎士達の最後列と、群衆の最前列。

 その境には王城前の広場の象徴ともいえる噴水がある。それが、突如として爆発四散したのだ。真っ赤な瞳と髪の少年によって。


「チッ! 俺様の許可もなく汚してくれてんじぇねぇよゴミ噴水がよぉ!」


 怒声。罵声。抉れた地面から現れたのは憤慨する少年。

 まだ誰も彼がアイン教徒だと考えていない。それどころか今、彼という存在が自分達の危険になるとも考えていない。


 祭の付き物。若気の至り。

 目立ちたい年頃の、それも界法師となれば仕方のないこと。


 どこかそんな甘い考えが騎士の最後列、群衆の最前列から前へ後ろへ、空気や雰囲気となって浸透しそうになる。が、発端たる彼だけは許さない。


「――おい、お前らみたいなゴミが俺様をそこらのガキと一緒にすんじゃねぇ」


 そして、悲鳴がフラワに響く。

 アイン教によるテロが始まった。どこかで誰かが、死の恐怖に叫んでいる。


 王城前。噴水を破壊しびしょ濡れになった少年は、自らの界法によって自身の完全性を取り戻す。世界に対し、周囲の人間に対し、『自分』という存在を正しく認識させる。


「【自我の解放エゴイスト】」


 界法によって放たれた威圧感は暴風となって、彼を汚していた土や水すら弾き飛ばし、彼を『ただの少年』と思っていた人々を一瞬で怖気させ、事の重大さを理解させる。


 だが少年の予想とは違い、恐怖の伝播による混乱は最小限に留まった。

 何せここはフラワ王城の前。新たに騎士となった者、それを守る者。この場の王国関係者は全員、有事の際にどうするかを既に知っている。


「【注目】。皆さんどうか落ち着いて! 速やかに王城へ避難してください!」


 マリアの言葉に群衆が自然と従う。

 騎士達は剣を抜き、『可憐王国フラワ(セカイ)』の『代表者』から与えられた力によって己を強化し、敵と相対する。


「あ? お前ら有象無象に興味はねぇ。早くマリアってババアとヴァニタスを出しやがれゴミクズ共」

「貴様こそ早く投降しろアイン教! これだけの人数に囲まれて! 一人で勝てると思っているのか?!」

「ギッ……テメェ、この俺様に『勝てるか』だと? あぁン!? この最強たる『第一司教ケテル』の座に就く! この唯我ゆいが様に向かってナメてんじゃねぇえ!」


 激昂する唯我と対峙するのはアルバ含む数百名の新人騎士と、敵の真正面で盾を構える髭面の男性『薔薇十字騎士団:副騎士団長』アガパンサス。


 これこそマリアの考える不明瞭な未来への回答だ。

 副団長の彼が構える円形の盾にはフラワ王国の紋章が刻まれている。盾は『セカイ』を表し、また界法効果の具現化でもある。つまるところ、アガパンサスの手にある盾は国を守る法そのもの。これが破られるとは、法が破られ、国が敗れるということ。


 そこに経験が浅いとはいえ、数百の騎士。更に背後には『目の代行者』による分析と解析、妨害が待ち構えている。


 個が群に勝ることは無い。

 国を前に、個人は法にひれ伏すほかないのだ。


『マリア~? テロ始まったけど、アタシは予定通りで大丈夫そ~?』

『ええ、お願いします。キョウちゃんとヒマワリさんの情報部隊がこのテロの被害を左右しますから、なるべく戦闘は控えてください』

『りょ~』


 頭に響くキョウの声に、マリアは普段と違う大司教としての少し無機質で冷たい声色で指示を出す。


 敵一人に対し、布陣は完璧。守りに特化したこの布陣であれば、たとえ相手がどんな『セカイ』の『代行者』であっても時間を稼げる。後は自分が相手の精神と宿した世界を【見て】、分析すればフラワの法で強く縛るも容易。


 そう考えながらマリアは敵を【見据える】。

 赤い髪に赤い瞳。自己を過大評価した口調。敵の肉体や周辺に変化はない。となれば、心を覗くまでもなく『認識世界』を主とする『代行者』。加えて肩を震わせるほど怒り、拳を握りしめて分かりやすくこちらへ攻撃しようとする姿勢から、自己認識を強化する精神世界の類だろう。


 事実、マリアの読みは当たっていた。


「【オラ! 俺様の拳をくらえ!】」


 だが、誤算が三つ。


 一つ、見ようとしたマリアの界法があまりに強い抵抗によって弾かれた。

 二つ、唯我の拳に盾ではなく使用者が耐えられず、正面から受けたアガパンサスは背後にいた新人騎士達を巻き込んで吹き飛ばされた。


 そして三つ。


「ハッ! 民意どころか内部すら裏切りで纏まってねぇのに、テメェら如きで耐えられる訳ねぇだろ! バカが!」

「何故……そんなっ!?」


 驚きを隠せないマリア。理由は視線の先にある。

 逃げ遅れた者がいた。アガパンサス達が吹き飛ばされたそこに、慌てる護衛達の前に、まだ『黒い箱』が残っていたのだ。


「あぁ神よ! お逃げ下さい!」

「お願いです神よ。私達にはどうすることも……」


 賓客達は既に避難した。もちろん群衆だって。

 火の国は何をしている。いや、そもそも神を心配する方が不敬に当たるのだろうか。


 そんな思考が一瞬でマリアの脳を駆け巡るが、誰も神を動かすことなどできない。現に護衛と思われる数名は黒い箱を避難させるべく必死に触れようと縋り付くが、触れることすら叶わず、手はすり抜けていくばかり。マリアもどうなっているのかと【見ようと】するが、『黒い箱』としか分からない。


 ただし一人、唯我だけが理解していた。

 神は自分を待っている、ついさっき用があると言ったから。


「黙って待ってねぇで自分から来いや! ナメやがってよぉ!」


 怒りの爆発を界法に、驚異的な速さと力でヴァニタスとの距離を詰める唯我。

 先程の攻撃で邪魔な肉壁は崩れて穴が開いた。神への一本道だ。そこを駆け、まずは一発ぶん殴る。


「盾! 借ります!」


 けれど唯我の前に、一人の騎士が立ち塞がる。

 数分のやり取りから敵がどう判断し行動するのか。アルバは界法の発動前から行動を起こしていた。先の攻撃でアガパンサスは立ち上がれない。神への道は開かれ、恐らく敵は一直線に突っ込んでくる。


 ならばどうする。

 盾を拾い、アルバは一瞬で判断し行動する。構えて、受け流す。これに全身全霊をかけて集中する他ない。幸運なことに敵の攻撃は分かりやすい大振りだ。速さや威力が桁違いなだけで、予想は容易い。むしろ攻撃の起こりも悟らせぬまま、的確に弱点を突いてくるリンの方がよっぽど速く強く感じる。


 それが思い込みであっても、実際の敵の動きに恐怖で身体が一瞬竦すくんだとしても、アルバは――


「――駄目だ」


 ――瞬間。声が、聞こえた。既に聞こえていた。


 間違いなく衝突したはずの敵の拳。

 恐怖に目を瞑りながら、それでも想像した行動を起こすアルバの脳裏に、何故か現れる神の姿。自分と敵の間には何も無かったはずなのに、目を開けると何故か黒い箱が既に二人の間に存在している。


 因果の逆転。この感覚を、アルバはメリュラントとの邂逅かいこうで知っている。


「あ?」

「ボクと話すのに、同族を傷つける必要……ない」


 現実として最後に残った結果はこうだ。

 唯我の突進と拳は黒い箱に触れた途端、まるで赤子が母の胸の上で暴れるが如く優しく、そして柔らかく受け止められた。


「何しやがった」

「だって、今のは怪我じゃ……済まないから。嫌だな、って」


 困惑と不快感を露わにする唯我に、神は言葉を紡ぐ。

 その場の誰もが初めて聞いた神の声は、どこか息苦しそうで、必死に聞こえた。

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