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もうひとりの幼馴染み 2

 その日の晩餐はアレンの突然の訪問によって、話題が尽きることがないくらい楽しい時間になった。


 おじさまやおばさまだけでなく、わたしのお父さまとお母さまも久しぶりにアレンの顔を見られてよろこんでいる。


 わたしにとっても、アレンの登場はありがたかった。


(アレンがいなければ、わたしに話題が振られるのは目に見えているもの……)


 アレンがいるだけで場の中心は彼になる。わたしは余計なことを考えず、ただ目の前の会話に笑っているだけでよかった。


 そうしてデザートを食べ終えたところで、わたしはひと足先に部屋に戻った。


 ドレスを脱ぎ、湯浴みを済ませてベッドに入るが、なかなか寝つけない。


 起き上がると、文机に近づき、机の上にあるスエード生地の外装の小箱を手に取る。


 聖夜祭にデューイに渡す予定の懐中時計だ。


「こんなはずじゃなかったのに……」


 ぽつりと言葉を漏らすと、ため息とともに小箱を机の上に戻す。


 厚手のストールを肩に羽織ると、部屋を出て廊下を進む。

 部屋の中でじっとしていると不安に押しつぶされそうになる。

 あてもなく、しんと静まり返っている廊下を進む。


 どのくらい歩き回っていたのだろう。


 ふいに、

「──エレナ?」

 背後から呼び止める声がした。


 肩をびくつかせ振り返ると、シャツの上にカーディガンを羽織っただけのラフな姿のアレンが立っていた。


「──アレン! こんなところでどうしたの?」

「それはこっちのせりふだ。こんな夜中にひとりで出歩くなんて。屋敷の中だから安全とはいえ、控えたほうがいい」


 アレンはわたしに素早く近づくと、自分の着ているカーディガンを脱ぎ、わたしの肩にかける。


「体が冷えてるじゃないか。部屋まで送るよ」


 普段あまり声を荒げることのないアレンだが、その声には少しだけ叱責が含まれているように感じた。


「……ごめんなさい」

 わたしは小さな声で謝る。


(こんな夜中に滞在先の邸内をうろつくなんてって、呆れたのかも……)


 冷んやりする廊下をふたりで進む。


 先ほどからアレンは無言だ。


 いつもは相手に合わせた話題をそつなく振り、途切れることなく流れるように会話を進める彼にしてはめずらしいことだった。


 アレンと一緒にいるときには感じたことのない重苦しい雰囲気。それを変えようとわたしは話題を探すが、何も思い浮かばなかった。


 気づけば、アレンがピタリと足を止めていた。


「──アレン?」


 わたしも足を止め、彼のほうに顔を傾ける。


 ややあってから、アレンがわたしに目を向ける。

 思わずどきりとするほど、真剣な表情だった。


「ねえ、エレナ。本当はデューイと何かあったんじゃないのか……?」


 まっすぐ注がれる視線に耐えかねるように、わたしは目をそむける。


「え、何もないわ、どうして?」

「エレナ、きみは昔から器用に隠し事ができるほうじゃない。いつもみたいにデューイとケンカしただけなら、腹を立てはするものの、そこまで思い悩んだりしない。いったい何があったんだ──?」


 わたしはぐっと拳を握ったあとで、アレンの顔を見て無理やり笑う。


「なんでもないのよ、本当に。さあ、行きましょう。ここは寒いわ」

 そう言って歩き出す。


 しかし、ぐいっと手首をつかまれる。一瞬眉をしかめそうになるほどの強い力だった。


「──エレナ」


 アレンがたたみかけるような視線を向けて、わたしの名前を呼ぶ。


 わたしは唇をぐっと噛みしめ、言葉を呑み込む。

 しかし、それでも堪えきれなくなった不安が一気にあふれる。


 足元に視線を落としたまま、ぽつりと漏らすように言った。


「……明日の聖夜祭が過ぎたら、わたしとデューイの婚約が解消になるかもしれないの」


 アレンが息を呑むのがわかった。

 しばらくの沈黙があって、アレンがゆっくりと口を開く。


「──まさか、何かの間違いだろう?」


 わたしだって、何かの間違いだと思いたい。


 わたしは顔を上げ、小さく首を左右に振る。絶望に顔が歪む。


「……本当よ。おばさまとお母さまがそう言っていたもの」


 今でもその言葉が鮮明に耳に残っている。

 デューイとの仲が改善できるよう動いたが、空回りするばかりでよくなるどころかむしろ悪化してしまった。


(こんなことなら、いっそ何もしないほうがよかった……? せめて、婚約は解消しないでと素直に伝えていれば少しは違った……?)


 わからない。どうすればよかったのか……。


 ふいに、わたしの手首をつかむアレンの手に力が入る。


「……エレナ、本当はきみに会いに来たんだって言ったらどうする?」

「──え?」


 顔を上げると、アレンはこれまで見たことのないほどまっすぐな瞳でわたしを見つめていた。


「──ずっときみのことが好きだった」


 告げられた言葉に、わたしは大きく目を見開く。


(好き……? アレンが……、わたしを……?)


 わたしは混乱する。

 そんなこと思ってもみなかった。


「返事はすぐじゃなくていい。もし、きみとデューイの婚約が本当に解消になるなら、僕との婚約──、いや、僕のことを考えてみてくれないか」


 アレンはいつも余裕があって大人びていて、完璧な人だと思っていた。

 でも、今目の前にいるアレンは、まったく違う人みたいだった。

 つかまれている手首を通して、彼がひどく緊張しているのが痛いほど伝わってくる。


(何か言わなきゃ……、でも何を……?)


 わたしが何も言えないでいると、アレンはひと呼吸置いてから、

「……わかってる、きみがデューイを好きなことは」

「な、何言って──!」

 思ってもみなかった指摘をされ、頬が熱くなり、わたしは大きくうろたえる。


 アレンは憂いをにじませながらも、少しばかりすっきりとしたような表情で微笑むと、

「本当は告げるつもりなんてなかった。この想いをなくそうと、あえてエレナに会わないようにしてた。でもどうしたって、きみのことを考えてしまう。だから今度こそ、きっぱりとこの想いを断ち切る覚悟をするためにここに来たんだ。この時期にきみがここにいるとわかってたから」

 そう言ったあとで一度言葉を区切り、

「……でも今の話を聞いて、この機会を逃したくないと思った。エレナが僕のことは幼馴染みとしか見ていないことはわかってる。でも、お願いだ。少しでいいから、僕のことを考えてみてほしい」


 言い終わると、アレンはじっとわたしを見つめていたが、やがてわたしの手をゆっくりと放した。


「……部屋まで送りたかったけど、今はやめておくよ」


 アレンがきびすを返し、廊下を戻っていく。


 その遠ざかっていく背中を見つめながらも、わたしの頭に思い浮かぶのはデューイだった。


 アレンがわたしの肩にかけてくれたカーディガンがやけに重たく感じる。


 そっと視線を下げ、先ほどまで彼につかまれていた手首に目を向ける。


 同じ男の人の手でも、少し無骨で強引なデューイの手と、相手を気遣うような繊細なアレンの手との違いを感じ、より一層先ほどまで自分に触れていたのはデューイじゃないのだと気づく。


 無性にデューイに会いたかった。


 そして、はっきりと気づいてしまう。


(わたし……、デューイじゃないとだめなんだわ……)



残り3話で完結です!

ラストまで見届けていただけるとうれしいです。

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