罪滅ぼしをする男
「私、あんたのこと父親だなんて思っていないから」
十年ぶりに会った娘の第一声は、胸を抉るほど辛辣だった。
「私の親はお母さんだけだから。父親なんて最初からいなかったんだって、そう思ってるから」
覚悟はしていたつもりだったが、俺は少なからずショックを受けた。
それをどうにか鎮めると、娘をきちんと見て答える。
「そうだな。俺には父親の資格なんてない。俺のことは、一緒に暮らしているだけの、ただのおじさんだと思ってくれていい」
一瞬驚きの表情を見せた娘が、顔を背けて言った。
「そうする」
こうして俺は、ただのおじさんとして娘と暮らすことになった。
俺が沙耶と付き合い始めたのは、大学二年生の夏。
サークルの合宿で意気投合したことがきっかけだった。
一つ後輩の美人の彼女。
初めてできた恋人。
俺は沙耶に夢中になった。
勉強もバイトもほったらかして、沙耶にべったりになった。
付き合い初めて一年後、沙耶のお腹に命が宿った。
戸惑う俺に、沙耶が言う。
「私、産みたい」
これで覚悟が決まった、ということにはならなかった。
俺は動揺した。
それなのに、あやふやな心のまま、無責任なことを俺は言った。
「結婚しよう」
沙耶の目から、一粒の涙が零れる。
「ありがとう」
こうして俺たちは結婚を決めた。
だが、結婚なんて簡単にできるものではなかったのだ。
俺たちは双方の両親から猛反対を食らった。
とくに、古い家柄だった沙耶の家には入ることすら許されなかった。
結果的に、この出来事が俺の中の引き金を引いた。
意固地になった俺は、沙耶と二人で大学をやめて駆け落ちしたのだ。
この時俺は成人したばかりで、沙耶はまだ十九才。
普通なら、住む場所すら見付けられず路頭に迷っていただろう。
しかし、俺たちには支援者がいた。
親からアパートを一棟もらって、学生でありながら家賃収入を得ていた大学の先輩だ。
駆け落ちを決める前、沙耶の両親の拒絶を受けて落ち込む俺に、先輩が声を掛けてくれた。
「いざとなったら俺のアパートに来いよ」
この一言で、俺は駆け落ちを決めた。
住むところさえ確保できれば何とかなる。
当時の俺は本気でそう思っていた。
先輩のアパートに落ち着いた俺たちは、早速仕事を探し始めた。
沙耶は無理ができないので、近所のコンビニで短時間のアルバイト。
俺は、いろいろ探し回った結果、鳶職の仕事につくことにした。危険は伴うが、その分給料はかなりいい。大学中退かつ未成年の妻がいるという俺みたいな人間でも構わないと言ってもらえたことも決め手となった。
親方や先輩に怒鳴られながら、俺は必死に働いた。
毎日苦しかったが、歯を食いしばって頑張った。
その苦労は、やがて報われた。
沙耶がかわいい女の子を産んだのだ。
最初はお猿さんのようだった娘が、目を開けるようになり、手を伸ばすようになり、やがてキャッキャと笑うようになった。
俺は娘に夢中になった。
家に帰ってその顔を見ることが何よりの楽しみになった。
愛しい妻と可愛い娘。
俺は幸せの絶頂にいた。
だが、その幸せは長く続かなかったのだ。
娘が幼稚園に通うようになった年の夏、俺は足を滑らせて三階部分から落下した。
命は助かったが、足に後遺症が残った。
不自由な足で鳶ができるはずがない。
気持ちばかりの見舞金を受け取って、俺は会社を辞めた。
折悪く、新車を買ったばかりだった。
娘のために広いアパートも探していた。
学費や結婚資金など、将来に向けて貯金も必要だった。
生活に余裕はない。
のんびりリハビリをしている場合ではなかった。
幸い、足は引きずるが自力で歩くことはできた。
足の爪を切ることだけは沙耶に手伝ってもらったが、それ以外はすべて自分で出来た。
問題ない。
俺はまだ頑張れる。
自分を奮い立たせて、俺は仕事を探し始めた。
しかし、一度狂った歯車は、二度と噛み合うことがなかったのだ。
俺の足と経歴で就ける仕事は、どれも前職より給料が少なかった。
沙耶もパートで働いてくれたが、それでも以前の収入には届かない。
俺は焦った。
それがよくなかった。
俺は、せっかく見付けた仕事でミスを連発した。
感情的になって同僚と喧嘩をした。社長にまで食ってかかった。
俺は会社をクビになった。
そんなことが何度か続いた。
俺は、仕事を転々とするようになった。
今思えば、俺は独り相撲をしていたのだと思う。
もっと沙耶と話し合い、もっと沙耶を頼ればよかったのだ。
だが、その時の俺にはそれが出来なかった。
むしゃくしゃした。
イライラした。
一発逆転を狙ってギャンブルに手を出すようになった。
稼いだ金をすべて注ぎ込み、その全てが消えた。
気力を失った俺は、酒に逃げるようになった。
俺は沙耶に当たり散らした。
娘にも大きな声を上げた。
沙耶は泣いた。
娘は泣きじゃくった。
それでも、俺は自分が悪いとは思わなかった。
家族が壊れていくのは、自分以外の何かのせいなのだ。
怒鳴り、言い訳をし、酒を飲む。
そんな日が続いた。
娘が小学生になった年の夏、沙耶に向かって俺が言った。
「お前となんて、結婚しなきゃよかった」
この時、俺はカップ酒を握り締めていた。
だから、それを聞いた沙耶がどんな顔をしていたのかまったく覚えていない。
次の日、昼頃起きてきた俺が目にしたのは、テーブルの上の書き置きだった。
誰もいなくなった部屋で俺は怒り狂い、最後は、声を上げて一人で泣いた。
後悔先に立たずとはまさにあの事だった。
大切なものを失って、俺は初めて自分の愚かさに気が付いたのだ。
俺は駆け落ち以来住んでいたアパートを引き払った。
心機一転という意味もあるが、世話になっていた大学の先輩から距離を取るためでもあった。
先輩は、じつはカタギの人ではなかった。それを知ったのは、足に後遺症を負った後、何度目かのクビを食らった時だ。
「一発逆転できる方法を知ってるけど、やってみるか?」
先輩が紹介してくれたのは、闇カジノ。一万円が何百、何千万円にもなるという恐ろしいギャンブルだ。
このカジノで、俺は有り金全部を失った。車を売った金もつぎ込んでそれもなくした。
先輩が借金を勧めてきたが、わずかに残った理性がそれに手を出すことを止めた。もし手を出していたら、危険な仕事に手を染めて刑務所行きになっていたか、内臓をいくつか失うかのどちらかだったろう。
住む場所を替え、酒を断ち、心を入れ替えて俺は人生をリスタートさせた。
安い給料でも、俺は一生懸命働いた。
働けるだけ幸せなのだと思って必死に頑張った。
そうして十年近くが過ぎた頃、俺のスマホに思い掛けない着信があった。
娘が死んだ。
葬儀だけはこちらでしたが、勘当した娘の子を育てる気はない。
そちらで引き取ってくれ。
電話の向こうで冷たく言い放ったのは、沙耶の父親だった。
伝えられた場所に向かった俺は、スーツケースのハンドルを握り締め、一人佇む娘と十年ぶりに再会したのだった。
娘は高校二年生になっていた。
沙耶の面影を強く残したその顔は、親の贔屓目抜きにしてもかなりの美人だ。
しかし、その顔が俺の前で笑うことはなかった。
とりあえず俺のアパートに来てもらったものの、部屋は一間しかないし、娘が通っている高校まではだいぶ遠い。
俺は、娘の学校の近くに家を借りることにした。
キッチンのほかに部屋が二部屋、風呂とトイレは別、外観も内装もおしゃれな、俺に似つかわしくないきれいなマンションだ。
俺の職場からは遠くなったが、そんなことは構わない。
家賃は倍以上になったが、それも仕方ない。
すべては娘のため。
すべては罪滅ぼしをするためだ。
一緒に住み始めたものの、娘は俺とほとんど会話をすることがなかった
それでも、言葉の端々から娘と沙耶がとても苦労してきたのだろうと想像はついた。
実家も頼れず、援助してくれる人もいない中で沙耶は娘を育てた。
だが、やはり無理があった。
体を壊し、それでも働き続けて、ある日突然沙耶は逝った。
せめて謝りたいと思った俺は、娘に頼み込んで沙耶の眠る墓を教えてもらった。
そこは、沙耶の実家の墓ではなく、郊外の霊園にある共同墓地だった。
墓石の前で、俺は地面に額を擦りつけて謝った。
娘だけは絶対に守り抜くと心に誓った。
俺は仕事を増やした。今の給料では家賃を払うのが精一杯だったからだ。
早朝に家を出て深夜に帰る。平日はそれの繰り返し。
土日や祝日も働いた。真夏だろうが真冬だろうが、できる仕事は何でもした。
俺も頑張っていたが、じつは娘も頑張っていた。
部活にも入らず、アルバイトを掛け持ちしていたのだ。
もしかすると、沙耶が生きていた頃からそうして学費や生活費を補っていたのかもしれない。その必要がなくなった今でも変わらず働くのは、俺に頼りたくない一心からだろう。
高校三年生になった春、娘が険しい顔で俺に言った。
「私、高校を卒業したらすぐに出て行くから。働いて、自分一人で生きていくから」
娘の宣言に、俺は黙って頷くことしかできなかった。
だが、俺はやはり駄目な父親だったのだ。
娘のことをまるで分かっていなかった。
娘の宣言から数日後、担任の先生から連絡があった。
「娘さんの進路のことでご相談があります」
学校の進路指導室で、俺は先生と向かい合った。
その話を聞いて、俺は心の底から自分の愚かさを知った。
娘さんの成績なら、どんな大学でも合格出来る可能性があります
本人も、できる事なら進学したいと言っています
事情は聞いていますが、何とかならないでしょうか
考えてみますと言って学校を出た俺は、骨が砕けるのではないかという勢いで電柱を殴りつけた。
娘は進学を希望していた。
俺がそれを諦めさせていたのだ。
きっと、友達とだって遊びたかったに違いない。
部活にだって入りたかったに違いない。
俺は娘のことを何も見ていなかった。
娘の気持ちなんて何も考えていなかった。
唇を噛んだ俺は、ポケットからスマホを取り出すと、連絡先の中からある番号を探して、通話ボタンを押した。
「お久し振りです。すみません、ちょっとご相談があるのですが」
電話の向こうの驚く声に向かって、俺は覚悟を告げた。
「学資保険?」
「そうだ。沙耶……お前のお母さんが積み立ててくれていたお金があって、それが満期を迎えるんだ」
娘の目が大きく広がった。
「さすがに医大とかは無理だけど、普通の大学なら二年くらいの学費が賄える。そこから先は、まあいろいろ頑張らなきゃだけど、何とかなるだろう」
じっと聞いていた娘が、うつむいた。
「もし進学する気があるなら、それを使うといい。全部お前のものだ」
強く握った娘の拳に、一粒涙が落ちる。
「お母さん……」
肩を震わせる娘を、微笑みながら俺は見ていた。
娘はアルバイトを減らして受験勉強をするようになった。
そして年が明けた二月、娘は見事大学に合格した。しかも、成績優秀者に送られる返済不要の奨学金まで勝ち取った。
娘の笑う顔を、この時俺は初めて見た。
俺は、娘を誇らしいと思った。
大学に入っても娘は忙しかった。
それでも、高校生の時より表情が穏やかになったことに俺は気付いていた。
俺との会話は相変わらず最低限だったが、娘が元気でいてくれるだけで満足だった。
成人式を終えた頃、娘は時々朝帰りをするようになった。
俺と沙耶がそうだったように、娘も誰かと夜を共に過ごしているのだろうか。
相手がどんな奴なのか気になって仕方なかった。
心配で心配で堪らなかった。
だが、俺が今さら父親面をすることもできない。
「娘はしっかり者だから大丈夫」
そんな言葉を呟きながら、俺は落ち着かない日々を過ごした。
結論から言うと、娘の朝帰りは長く続かなかった。
俺は心の底からホッとした。
と同時に、俺は娘の将来に想いを馳せた。
いずれ娘にも恋人ができるだろう。それが運命の出会いであれば、結婚へと進んでいくはずだ。
その時に備えて蓄えておかなければならない。
お金のことで相手の家から蔑まれるようなことがあってはならないのだ。
俺の体調は”あれ”以来あまり良くなかった。
それでも俺は働き続けた。
すべては娘のため。
すべては罪滅ぼしのためだ。
大学三年生になると、娘は学業に重点を置くようになった。ゼミの教授に認められて研究を手伝うようになったらしい。
やはり娘は優秀だった。
俺は誇らしい気持ちでいっぱいになった。
しかし、後にこれが思ってもみなかった事態に発展することになる。
大学四年生になった娘が、真剣な顔で俺に言った。
「私、大学院に進むことにした」
この時、俺の脳裏によぎったのは学費のことだった。
無言の俺に、娘が言う。
「あんたに迷惑は掛けない。奨学金を借りて、足りない分は自分で何とかする。だから、あんたの許可を取るつもりはない」
言葉は強気だが、その顔は緊張で恐ろしく強張っている。
娘は馬鹿ではない。家賃や食費など、生活費の大半を俺に頼っていることはちゃんと分かっていた。
それでも俺に頭を下げることは出来ない。
そうさせたのは俺だ。
俺は静かに目を閉じた。
その目をゆっくり開くと、俺が言った。
「じゃあ、お母さんからのもう一つのプレゼントを使うといい」
「もう一つのプレゼント?」
「ご実家から、お母さんの遺品を売ったお金を預かっている。結婚資金の足しにと思っていたけど、使うなら今だろう」
娘が驚きの表情を見せた。
「研究に専念するためにも、院に進んだ後はアルバイトを控えた方がいい。お母さんが生きていたなら、きっとそう言ったはずだ」
「お母さん……」
娘がうつむいた。
その肩が震え出した。
娘の頬を、きれいな涙が伝って落ちた。
その夜、外に出た俺は、家からじゅうぶん離れた場所で電話を掛けた。
「すみません、またご相談があるのですが」
電話の向こうの呆れ声に向かって、俺は決意を告げた。
娘は見事大学院に合格した。
奨学金の手続きも完了して学費の目途も立った。
娘はやる気に満ちていた。
その笑顔が見えづらくなったのは少し残念だったが、それでも俺は満足だった。
大学卒業間近の二月下旬、帰宅途中で俺は娘と鉢合わせをした。
いつもは俺を見掛けても無視する娘が、この時はなぜか歩み寄ってきた。
「いちおう、卒業が決まった」
早咲きの桜の下で娘が言う。
「おめでとう」
微笑みながら俺が言う。
「院に入ったら忙しくなる。家に帰らない日も出てくると思う」
目をそらしながら娘が言う。
「分かった。頑張れ」
少し寂しそうに俺が言う。
俺の顔をちらりと見た娘が、突然くるりと踵を返す。
そして、小さな声で言った。
「家に帰れない時は、ちゃんと連絡するから」
「え?」
驚く俺を置き去りにして、娘は逃げるように行ってしまった。
茫然としていた俺の顔が、小さく歪む。
視界が徐々に滲んでいく。
普通の親子なら当たり前の会話。
それがこんなにも嬉しいものだと、俺はこの時初めて知った。
涙を拭いた俺は、家に向かって歩き始めた。
その時。
「あれがお前の娘か。初めて見たけど、ほんと、沙耶にそっくりだな」
驚いて振り返る俺に、一人の男が近付いてきた。
周囲を素早く見回して俺が言う。
「娘には会わない、話し掛けない。そういう約束だったはずですが」
警戒する俺の前で、男がサングラスを外して笑う。
「たまたまお前を見掛けたから話し掛けただけだ。心配すんな、約束は守るよ」
男が俺の肩をポンポンと叩いた。
ストライプ柄の上質なスーツときれいに磨かれた靴。
金色に光る腕時計と、同じく金色に輝くゴツい指輪。
細身なのに、その体からは不思議な圧を感じる。
年齢は俺より二つ上のはずだが、笑っている顔は俺よりずっと若く見えた。
俺と沙耶に住む場所を提供してくれた人。
足を痛めた俺にギャンブルを勧めてきた人。
裏の世界に精通し、俺の資金調達に協力してくれた人。
もう一度辺りを確認し、改めて男に向き直ると、表情を緩めて俺が言う。
「俺、先輩には感謝してるんです」
「何だよ、急に」
「先輩のおかげで、娘を大学に入れることができました。勉強を続けさせることもできました。ほんと、感謝しかないです」
先輩が目を見開いた。
その顔が、真剣に俺を覗き込む。
「そんなことより、お前大丈夫か? 顔色悪いぞ」
今度は俺が驚いた。
先輩が俺の体調を心配するなんて思っていなかったからだ。
「娘が大切なのも分かるけど、ちっとは自分のことも大切にしないと、孫の顔が見られなくなっちまうぜ」
どうやら本当に心配してくれているらしい。
そう思った途端、俺の顔は自然と綻んだ。
「ありがとうございます。でも、俺、孫の顔は見られないんで」
「何でだ? お前の目はまだ片方……」
「違いますよ。俺、娘が就職して家を出たら、姿を消すつもりなんです」
「姿を消す?」
首を傾げる先輩に、微笑んだまま俺が言った。
「俺は、病気になっても病院に行けない体です。いろいろバレちゃいますからね」
「そりゃあそうだが」
「俺の体のことは、娘に絶対知られちゃいけない。だから、俺は行方を眩まします。できれば海外がいいですね。そこで野垂れ死んで、身元不明の遺体として処理されるのが理想です」
「理想ねぇ」
先輩が呆れ、そしてまた俺の顔を覗き込む。
「それって、本当にお前の望んでることなのか?」
不意を突かれて俺が黙った。
しばらく考えた俺が、地面に向かって言う。
「俺は娘に迷惑を掛けた。俺のせいで沙耶は死んだ。俺は、これ以上人を不幸にしちゃあいけないんです」
顔を上げて、もう一度俺が微笑む。
「俺の望みは、娘が幸せになること。そのためなら、俺は何だってしますよ」
嘘偽りのない本当の気持ちだった。
それを聞いた先輩が、ふいに笑う。
「分かったよ。じゃあ、その時になったら俺に連絡を寄越しな。それなりの隠れ場所を用意してやる」
「いや、さすがにそこまでは……」
「そのかわり、お前の遺体は好きにさせてもらう。それでどうだ?」
さすが先輩だ。とんでもない条件を提示してきた。
だが、それは俺にとって好都合だ。
「ぜひお願いします」
「取引成立だな」
俺と先輩ががっちりと握手を交わした。
「とりあえず、医者を紹介してやるからそこに行け。娘が独り立ちするまではお前も死ねないだろ?」
「助かります」
礼を言う俺に手を振って、先輩は颯爽と去って行った。
それを見送りながら、俺は思う。
娘に嘘をついた上に、非人道的な方法で資金を調達する。
俺のやり方は、普通の人から見たら気狂いのようだろう。
だが、人にどう言われようと、そんなことはどうでもよかった。
俺は罪を犯したのだ。
だがら、罪滅ぼしをしなければならないのだ。
しかし、罪滅ぼしという響きと裏腹に、俺の心は不思議と満たされていた。
「さてと、帰るか」
明るく言って俺は向きを変える。
仕事用の鞄を背負い直し、足を引きずりながら、娘の待つ家へと俺は歩いて行った。
罪滅ぼしをする男 完




