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最終回
この前に一話更新してます。
うまくいった、と機嫌良さげに薫子は縁側で桜を見上げた。
母と同じ名前の花を、昔は苦々しくも思ったものだが、桜子がいなければこんなにも早く物事が進むことはなかっただろう。
薫子は元々、そんなに欲深い訳でもなかったし、それほど凶悪な人間でもなかった。むしろ、諦めが早く期待もせず、ただただおとなしいだけの人形のような少女だった。
薫子の前身となった女性がそうだったからだ。
前世を思い出す前にヒステリックになっていたのは、両親の愛を繋ぎ止める方法を知らなかったからだ。泣いて、叫んで、必死にそれを求め続けた結果だった。
けれど、薫子はただ前世に塗りつぶされた訳ではなかった。時間をかけて混ざり合い、結果として今の“春宮薫子”が完成した。
全く別で、けれど同じ二人が重なり合い、薫子全肯定の幼馴染たちが側にいた結果、ゲームよりも優しく穏やかで、けれどどこか悪という面を隠し持つ少女が生まれてしまった。
薫子は自分が将来的に外に出してもらえないだろうということは何となく分かっていた。椿の自分に向ける瞳がそれを望んでいるように見えた。
(椿さんが望むならそれでもいいのだけれど)
椿と諾子に向けるもの以外、特に強い感情を持たなくなってしまった少女はそれを受け入れていた。強い執着を感じてはいるけれど、自分に強い感情を向ける人たちにどういった感情を向けているかも知っているけれど。
けれど、それは薫子に何か危ないことがあるわけではなかった。自分と、椿、諾子。三人に何もなければ薫子は大体のことを許すことができた。
だから、余計なことを考えた円は薫子にとって邪魔だった。
「薫さん」
後ろから、お盆をもって椿が現れた。清子が「お茶とお菓子を持ってきますね」と言っていたはずなのにと首を傾げる。けれど、大好きな椿の顔が見られて嬉しいので、彼女はそれはそれは可愛らしく微笑んだ。
「楽しかったですか?」
その問いは何に対するものか。
薫子は本気で分からなかった。
けれど、思い当たる事に思考を巡らせる。四季神に関する話だというのであれば、特に楽しいという感情を持ってはいない。これで手を煩わせずに済むとは思っているけれど。
円は婚約者になった少女を妊娠させた責任を取らされることになったし、その少女は薫子から見て満足そうに笑っていた。
きっと、円こそがこの後必死に頭を働かせないと薫子以上に雁字搦めの生活を送ることになるだろうことは予想できた。
舞香は、己が思うより傷ついていたし、執着心と束縛心が強かった。
四季神円に渡されるはずだった権限などは全て舞香が居てこその契約になっている。嵐山家は引き取った娘が狙い通りの男を射止めて浮かれているようだった。
「椿さんが私の隣に居てくれる、という現実に満足はしていてよ」
他にはあまり興味がなかった。
困ったようにそう言った彼女に椿は苦笑した。
欲の薄い婚約者は、自分と諾子のことにだけ強欲となる。誰よりもそばにいて、誰よりも幸せであってほしいと願う。
薫子は自分のためには動けないが、椿と諾子のためであれば他者を蹂躙することに罪悪感すら抱きはしない。作業であるから楽しいとすら思わない。
「そうですか。俺があなたのお側からいなくなる事なんて、死が二人を別かつともあり得ない話ではありますが」
椿の言葉に薫子は頬を染める。
薫子は差し出されたその手を拒まない。
「きっと、あなたがくれる温かいものが愛なのね」
かつて、それを求めて泣き叫んだ少女と、求めても何も得られず静かに全てを諦めた女性。
二人の渇望したそれを椿が与えてくれた。
物語の上で悪役だった少女は、やはり悪役のお嬢様だったけれど。
彼女はもう、愛されることを諦めない。
なんかまた思い浮かべば続きか何か書くかもしれませんが、とりあえず最終話とさせて頂きます。
またご縁がありましたら他の作品でもお会いできればと思います。
長い間お付き合い頂きありがとうございました!!