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フロリアーナのはなし⑤

 ノエル――ディーンの力になってくれないか。

 第二王妃シンシアの話は、そういうことだった。


 第一王子が病弱なのは本当だが、その原因は多すぎる魔力だった。

 その魔力量は、子どもながらに現魔術師団長に匹敵するという。


 この事実を知っているのは王とシンシア、それと魔塔の上層部だけ。

 というのも、第二子のアルフォンスが王太子になるには、第一王子は邪魔な存在だからだ。

 シンシアやディーン本人には王位継承の望みはないが、向こうはそうは思わない。

 ならば、病弱と判断されていたほうが、第二王子派からの牽制や攻撃も少ないのだ。


 身体の成長を阻害し、発語にも問題を与えるほどの過度な魔力に対して積極的な対策をしなかったのは、万が一の暗殺の可能性を減らすためだった。


 しかし、するべき庇護を放棄していたという事実に変わりはない。

 杏奈とヒューゴに向かい合って座ったシンシアは、ずっと罪悪感を感じていたと肩を落とした。


「ようやくアルフォンス様の立太子が決まりましたけれど……私たちには味方がいません」


 アルフォンスが正式に立太子されれば警戒もさほど必要なくなり、自由の身になれる。

 しかし貴族の中には、魔法を使う者を一段も二段も低く見る者が多い。正妃の実父である公爵もその一人だ。


 後継争いから外れても、ディーンが国王の実子という事実は変わらない。

 いっそ恒久的に排除してしまおう、と考える可能性は残る。


「陛下も気にしてくださっているようですが。正妃様の手前、具体的には難しくて」

「あー、まあ……」


 大きな政変を自ら指揮し、国内の貴族勢力を塗り替えた覇王も、妻には頭が上がらない。

 公では威厳ある王だが……というのが内部の共通認識だ。

 ヒューゴは言葉を濁しつつ同意したが、この強面将軍も「妻に弱い」という点では同類である。


「力になれ、と言っても特別に優遇しろということではありません。わたくしどもには造反の意志が一切ないということを、将軍に証言してほしいのです」


 魔力持ちに対しての、貴族や裁判官のマイナス感情をかき立てることは容易だ。たとえそれが不要な嫌疑や冤罪だったとしても。

 それを防ぐための手を打っておきたい、ということだった。


 母子ともども、これまで引きこもりに引きこもって暮らしてきたため、まったくと言っていいほど知り合いもいない。

 自分も味方を探すが、息子にもせめて同年代の子の顔くらい見せてあげたい。

 そう思い、王の許可を得て秘密裏に見に行った交流会でフロリアーナと出会い、意気投合した。


「お嬢さんを危ない目に遭わせてしまったこちらが言えることではありませんが、ほかに頼める人がいません。どうか、このとおり!」

「いやあの、頭をお上げください」


 がばりと勇ましく頭を下げられて、ヒューゴが気まずそうに頭を掻く。


「……だって、この子に友達ができるなんて……ううっ」

「シンシア様……」


 ハラハラと涙をこぼした第二王妃のシンシアは、アンナからハンカチを受け取って……豪快に洟をかんだ。

 かしこまらないでほしい、との言葉に恐る恐る会話を始めたものの、所作や雰囲気が庶民的で親近感を覚えてしまう。

 第二王妃に突然指名されるまでは田舎の領地でのびのび暮らしていた、と聞いて納得した杏奈だった。


 ヒューゴは将軍という立場上、軍務に関すること以外で政争に関わる気はないということを杏奈は知っていた。

 余計な介入で軋轢が生まれると、有事の際に障害となりかねない……というのは表向きで「面倒だから」というのが夫の本音だが。


(軍のことや政治に、私は口を挟めないけど……でも)


 迷うヒューゴの腕に、杏奈はそっと触れた。


「アンナ」

「見てください、あの子たち」


 ソファーに掛けて話し合う大人とは離れ、フロリアーナたち三人は寝台の上に乗ってなにやら楽しそうに顔を寄せ合っている。

 と、ポンと音がして、ディーンの手のひらの上に光が現れた。改めて披露された魔法の技にフロリアーナは目を輝かせて、ハリーもまじまじと眺めている。

 表情はぎこちないが、ディーンも嬉しそうだ。


「フロリアーナに怪我がなかったのは、ノエルちゃ……ディーン王子の魔法のおかげですよね」

「……ああ」

「命の恩人じゃありません?」

「そ、そう言ってもらえるなんて!」


 杏奈の言葉に感動してまた泣き出したシンシアが、新しいハンカチで洟をかむ。

 見上げれば、細めたヒューゴの目と視線が合った。

 にこりと笑って、杏奈はソファーから立ち上がり子どもたちのほうへ行く。


「あっ、アンナおかあさま! ノエルのまほうよ!」

「僕、魔法って初めて見た」

「私も初めてよ。とっても綺麗ね」


 魔法の光をフロリアーナの手の上で光らせながら、振り向いたディーンがまじまじと杏奈の顔を見る。

 初めて目が合ったディーンはもげるかと思うほど首を傾げると、ぼそりと呟いた。


「……人間なの?」

「えっ?」

「ディ、ディーン! なんてことを!?」


 慌てて走ってきたシンシアにわたわたと口を閉じるよう言われるが、ディーンは不思議そうに杏奈の顔を眺め続けている。


「ええと、私は人間だけど……どうしてそう思うの?」

「ずれてるから」

「ずれてる?」

「体とたましいが、重なってない。……ちがう世界のひと?」


 爆弾発言である。

 指を差された杏奈はぽかんと口を開けた。


「ま、まあ! 奥様になんて失礼なことを、この子は」

「あっ、()()だなんて! やだ、もっと呼んで!」


 相変わらず「奥様」呼びに弱い杏奈がうっかり喜んで、緊迫した場の雰囲気がまたやわらぐ。

 杏奈を見るディーンの前髪に隠れた瞳の色が、黒から青紫に変わっているのに気づいたのはハリーだった。


「もしかして今、魔法を使ってる?」

「あ……勝手に見て……ごめんなさい」

「えっ、なあに? ノエルはまほうでなにかが見えるの?」

「う、うん」


 フロリアーナにも無邪気に尋ねられて、ディーンが申し訳なさそうに頷く。

 ハラハラと気まずそうにするシンシアに、ヒューゴの強面が無言の圧力を掛けた。


「え、えっと、その。実は、息子の魔力は眼にもあって」

「は?」

「いいい、いろいろ、見えるのです。その、感情とか記憶とか……いや、ほんと非常識だって分かってます、はい! これもあって、ずっと引きこもってて!!」


(ええーー!?)


 爆弾発言その二である。


 魔術師団の中には尋問を専門に行う者がおり、ヒューゴも容疑者の聴取で力を借りたことがある。

 なのでそういう力のことは知っていたが、まさか目の前の子どももそうだとは、完全に予想外だった。


 ――杏奈が異世界からトリップしてきたということを知っている者は、王宮でも一握り。

 アルフォンス王子すら知らないことを、引きこもりのディーンが知るはずはない。

 魔力で分かったのだろうことは疑いようがなかった。


「なるほど。まあ、それは別にいいが」

「別にいいの!?」


 非難されるはずの魔眼に関してスルーを決めたヒューゴに、シンシアはカコンと顎が落ちるほど口を開けた。


「それより、ずれていることで、なにか支障があるのか?」

「し、ししょう、って?」


 ずいっとヒューゴに詰め寄られたディーンは、やや後ろに引きながらも物騒な怒気を受け止めた。

 子どもながら見上げた胆力である。


「ええとね、困ること。たとえば、私が死んじゃう、とか」

「えっ、そんなのダメ!」


 杏奈の説明を聞いたフロリアーナが半泣きで叫んでベッドから下り、スカートにしがみついた。

 ハリーも驚いて固まっている。

 二人の顔を交互に見て、ディーンは首を振った。


「し、死なない。だんだん重なってくる。から、大丈夫」

「ほんとに?! ノエル、ほんとう?」

「うん。でも今はここの人じゃない。だから死なないし、病気も、ない」


 トリップしてきたこの世界に、杏奈と言う存在がまだ馴染んでいないということだろう。


「……はー……そういうことなのね」


 ――なんだか妙に腑に落ちた。

 ほう、と深く息を吐く杏奈の肩にヒューゴの大きな手が乗る。

 顔を見合わせて、ほっと微笑んだ。

 と、杏奈の全身をくまなく眺めたディーンの視線が身体の真ん中、おへそのあたりで止まる。


「赤ちゃんも、まだ」

「え?」

「いっぱい来てるけど、まだダメ。たましいが重なったら、赤ちゃん、入れる」


(えっと、それってつまり……きゃーー!?)


 杏奈は、ぽっと赤くなった顔を両手で押さえる。

 あらあらまあまあ! と、はしゃいでいるのは、もしかしなくてもシンシアだろうか。

 助けを求めて指の隙間から見上げたヒューゴは目を丸くして、次に耳の先を染めて……杏奈の肩を抱く手に力を込めて、あっちを向いてしまった。

 なんだか、余計に恥ずかしい。


(や、も、もう……っ!)


 発言者が具体的内容を理解しているかどうかは置いておこう。

 急に温甘くなった将軍夫妻の空気を無視して、ディーンもベッドを下りた。

 サイドテーブルの花瓶から一本引き抜き、まだ杏奈のスカートを握っているフロリアーナの前に立つ。


「ぼくのことノエルって呼ぶの、フローだけ」

「ノエル?」

「うん」


 小首を傾げたフロリアーナの前に片膝をつき、花を掲げる。

 ディ-ンの黒い髪が一房、輝く銀に変わると同時に手に持った蕾がふわりと花ひらいた。


「フロー、ぼくと結婚して」


(……!!??)


 叫ばなかった自分はえらい。

 杏奈は口を押さえて己を褒め称えた。

 シンシアもキラキラとした眼差しを幼い二人に向けている。


 秘密であるはずのミドルネームを呼ばせるのは、心を許した人にだけ。

 そんな暗黙の了解を知っているシンシアは予想をしていたかもしれないが、突然のプロポーズに居合わせた杏奈は内心大興奮でお祭り状態だ。


「けっこん?」

「うん」


 アイスブルーの瞳を瞬かせたフロリアーナが杏奈を見上げ、ディーンに視線を戻す。


「……ずっと、なかよくしてくれる?」

「うん、ずっと」

「アンナおかあさまと、おとうさまみたいに?」

「約束する」

「じゃあ、けっこんする!」


 差し出されたバラと同じくらい、ほわりとした笑顔を咲かせたフロリアーナが花を受け取ると、ディーンの顔にたどたどしい笑みが広がった。


「……素敵……片膝ついてバラなんて、夢のようなプロポーズ……」

「わたくしも憧れたわ……しかも成就。なにこの麗しい空間……」


 乙女憧れの光景に、杏奈とシンシアはうっとりと見入る。

 えへへ、と嬉しそうに笑うフロリアーナの上から、ディ-ンが魔法でぽんぽんと光を降らせ、さらに場は華やぎを増した。

 遅れてベッドから下りたハリーが、ぽかんと妹たちを眺める。


「え、なに今の。もしかして僕、ディーンから『ハリー義兄さん』って呼ばれるようになるってこと?」

「……」


 そしてヒューゴの驚愕の表情は、やたら迫力ある不穏顔にしか見えなかった。



 §



「お友達じゃなくて、婚約者になっちゃいましたね」

「……いや、まだだが」


 ――王位継承の問題が落ち着かないと進められない話だし、そもそも子ども同士のおままごとみたいな成り行きでもある。

 ディーンの魔力の問題もある。

 正式に婚約するかどうかはともかくとして、ひとまずは様子を見つつ交流を深めていこう、ということになった。


 さすがに疲れたらしく、帰りの馬車で子どもたちは眠ってしまった。

 そのままベッドに運び、杏奈たちは夫婦の部屋に落ち着いたのだが。


(んー、これはやっぱり……)


 軽い夕食を済ませた今も、ずっとヒューゴがそわそわしている上に何度も物言いたげな視線が合う。


「フロリアーナが求婚されたこと、ショックでした?」

「……いや、なんというか……」


 ヒューゴは子どもたちに興味を持ってこなかった。だから「お前なんかに娘はやらん!」的な言動はしないだろうと思っていたのだが。

 

(最近は子どもたちとも話す機会が増えてきたし、いざとなると思うところがあるのかも)


 杏奈が納得していると、ヒューゴは意を決したように杏奈の手を取って立ち上がらせた。

 緊張しているようで今にも人を殺しそうな形相になっているが、杏奈は小首を傾げるだけだ。


「……アンナ」

「はい。どうしました?」

 

 疑問を浮かべながらも、ヒューゴにされることには逆らわない。

 そんな杏奈の前に、先ほどのディーンと同じように今度はヒューゴが片膝をついた。

 頑強な身体を屈ませて、ポケットから小さな箱を取り出す。

 度外れて凶悪になった表情のままパカリと開いたケースの中には、紅玉が嵌まったリングが輝いていた。


「アンナ、結婚してくれ」

「えっ」

「ちゃんとプロポーズしていなかった」


(……!!)


 ――王命での政略結婚にどうしても乗り気になれず、近い未来の離縁を前提に渋々受け入れた側室だった。

 ところが、ヒューゴのもとに来た杏奈にすべてをひっくり返された。


 杏奈がかけがえのない、自分にとってただ一人の女性となった今も、正直ヒューゴはこの気持ちを持て余している。


 おざなりな結婚式で渡した指輪を後生大事にする杏奈に、せめて自分で選んだものを渡したかった。

 最初の求婚から、やり直したかった。

 そう思って……なかなか切り出せず、十歳の子どもに先を越されたのだが。


 戻ってこない返事に恐る恐る見上げたヒューゴの目に、頬を真っ赤に染めて瞳を潤ませた杏奈が映る。


「わ……私、赤ちゃんできないって」

「今は、だろう。それに、俺はアンナがいればいい」

「……いいの?」

「当然だ」


 立ち上がらせ、青い指輪とは反対の手に紅い石を嵌める。ぽた、と涙が甲に落ちた。


 ――どうしよう、幸せすぎる。


 漏れ出た杏奈の心の声に、ヒューゴはようやく詰めていた息を吐いた。

 

「一目惚れだった。改めて結婚してくれ、アンナ」

「……はい!」


 いつかの夜をなぞった求婚の言葉は、お互いの唇に包まれて溶けていった。

 将軍家に新しい命が訪れるしばらく先まで、二人の新婚生活は続くのである。


 

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