67話 エイサイア大陸
コマイナはちゃんと空を飛んでいたようです。
コアルームに着くと、テーブル横にあるいつもの指定席で、妖精コマイナが優雅にお茶を飲んでいた。
テーブルには、篤紫の分のお茶がカップに注がれていて、淹れ立てなのだろう湯気が立っていた。
『篤紫様、まずはお茶をお飲みくださいね。詳しい状況説明をさせていただきますよ』
「ありがとう、そうさせてもらうよ」
チェアーに腰を下ろすと、篤紫のお腹が、ぐーっと鳴った。そういえば徹夜のまま、朝飯がまだだったな。
取りあえず、淹れて貰ったお茶を飲む。横に置いてあった鞄から、手提げのバスケットを取りだした。
実はこれも、桃華が先日、ダンジョン攻略のために、用意してくれていたお弁当だ。ダンジョンが全く平和で、数日かかる予定が日帰りだったため、数日分のお昼がバッグの中にストックされていた。
「コマイナも一緒に食べるか?」
『いいんですか? できれば、いただきたいですね。ダンジョンコアの前に、私って生物なんですよね。普通にお腹がすきます』
マジか、いまで知らなかった。提案しておいて、目を見開いてしまった。
よく考えると、桃華が投入した紫色の神晶石は、文字通り神がかり的な効果を、もたらしたことになる。
無機物が、生物に変わったんだよな。どういうプロセスか見当がつかないけど。
「それなら毎朝食堂に来て、一緒に食事を食べればいいよ。みんなで食べた方が、食事も美味しいだろうからさ」
『ごめんなさい篤紫様、私はこの部屋から出られないのですよ。食堂に行きたいのは山々なのですが……』
「え、そうなの? なにか問題があるのかな」
『はい、ダンジョンコアはこのダンジョンの要なので、この部屋が最後の砦。ここが踏破されたら終わりなのです。
ダンジョンコアは基本的に、この部屋から移動できません。
だから、この部屋の前にダンジョンボスを設置して……あれ?』
妖精コマイナは、首をひねった。
「え、普通にコマイナ移動できるじゃん。
それに、コマイナはマスター権限持っているから、ダンジョン内は無敵でしょ?」
そうなんだよな、コマイナダンジョンは、既にダンジョンの常識がおかしな事になっているのだけど……。
通常ならば、ダンジョンマスターがいて、その上でダンジョンが稼働している。
それがここは、妖精コマイナがダンジョンコアと、ダンジョンマスターの業務を兼任しているから、対応能力が普通じゃない。
実はダンジョンの完全防衛が、可能になっている。理屈上は、コマイナダンジョン内なら、たとえどこにいても、地形を含めた全ての事象を操作できるよね。
さらに登録上は、ダンジョンマスターは桃華、サブマスターを篤紫が担っている。妖精コマイナは、不壊のダンジョンコアだ。
間違っても何か、問題が起きるはずがない。
つまり、ダンジョンの中は全て安全地帯にできる。
「とりあえず、この白亜城の中だけでも、自由に移動できるようにしたらどうかな?
ここのコアルームに常時いなくても、コマイナ内の事はわかるんだよな?」
『ええ、言われてみればそうですよね。なんで今まで気がつかなかったのでしょうか……。
っていうか……今までの、私の苦労は――』
妖精コマイナはぶつぶつと呟き、何だか難しい顔をしたまま、ふわふわとコアルームを出て行ってしまった。
……普通にコアルームから、出られるじゃんね。
てか待って待って、救援信号の詳しい説明は?
俺がここに来た意味は……?
篤紫はガクッと項垂れて、ため息をついた。
サンドイッチを食べ終えて、ポットのお茶をコップに注いで飲んだ。
主の妖精コマイナがいなくなってから、しばらく経つため、お茶は既に温くなっていた。妖精コマイナは、未だに帰ってこない。
篤紫は、モニター越しに映っている、外の景色を眺めた。
下の方にあるモニターには、大きな島が映っている。緑一色の大きな島。
ここは、どこなのだろう?
シーオマツモ王国を飛び立って、日本から空路で、まっすぐに北極点を目指して飛んでいたはず。
移動速度は、妖精コマイナの魔力量を考慮して、時速三十キロくらいを維持していたと思う。九日程で北極点に着くと言っていたはずだから、今はちょうど航路の半分くらいか。
篤紫はスマートフォンを取りだして、マップアプリを起動した。
該当しそうな島は……ボリショイ・シャンタル島? 地球で言うと、ロシアの端っこにある島か。
大小の島があるシャンタル諸島の中で、一番大きな島みたいだ。
正直、アプリでは場所と名前、程度しかわからなかったので、そのままスマートフォンの画面を消した。
やっぱり、インターネット環境がないと、検索情報関連は弱いか。
肝心の妖精コマイナが、部屋から出て行ったままだから、救援信号の内容を確認することもできないんだよな。
篤紫は、大きなため息をついた。
「コマイナちゃん、いるかな?」
篤紫が黄昏れていると、メルフェレアーナが、コアルームに飛び込んできた。首を回して妖精コマイナを探していたが、ソファーに座っている篤紫に気づくと、慌てて駆け寄ってきた。
「ねえ篤紫、コマイナちゃんは? どこにいるの?」
「コマイナなら、しばらく前にどこかに出かけたよ。
俺はコマイナに呼び出されたんだけど、見ての通り本人不在。今は優雅に待機中さ」
「そなんだ。わたしは、急ぎなんだけどな。救援信号がはいったのさ」
「そうそう、俺の呼び出された用事もそれな」
「えっ? えええっ?」
スマートフォンの画面を篤紫に向けたまま、メルフェレアーナは目を見開いた。
画面には、確かに救援信号を受信したと、緊急速報が出ていた。こんな機能が実装されていたのか、実はナナナシアの魔術はすごいんだな。
「どういうこと? わたし、今さっき受信したところなんだよ」
「そんなこと言われてもなぁ」
篤紫としても、朝から妖精コマイナに呼ばれてここにいるわけで、そもそも救援信号が何なのか、全くわかっていなかった。
「その、救援信号ってどこから発信されているのか、わかるのか?」
「それならほら、あそこ。モニターに映っている大きな島だよ。
エルフたちの島、エル・フラウ島からきてるんだよ、これ」
あの島は、エル・フラウ島というのか。
それにしても、不思議な島だな。
緑色の何かがこんもりと盛り上がっている。例えるなら、島に大きなブロッコリーが乗っているるような感じか?
でも位置的にかなり北方だから、今の時期は雪と氷に閉ざされているはずなのに、太陽の焼滅光線のせいか、大地がむき出しになっていた。
その中にあって、ブロッコリーは異様だった。
「あー、つまりレアーナはあそこの島に行きたいのか」
「できれば行って欲しいかな。あそこには、わたしの娘たちがいるんだよ」
「それは、できれば行きたいけれど、コマイナが戻ってこないと、細かいコントロールができないんだよな」
前に座ったメルフェレアーナに、お茶を入れたコップを差し出した。
『ああっ、ごめんなさい、すみません、お待たせしました』
二人でまったりしていたら、コマイナが北の扉から飛び込んできた。
「コマイナ、いい加減に詳しい説明してくれよ」
「コマイナちゃん、早くあそこに下りて欲しいな」
『あわわわわわ――』
妖精コマイナは、混乱して目を回した。
『それでは、島の海岸へ降下しながら、説明をさせてもらいますね』
落ち着いたところで、コマイナを島に移動させながら、話を聞くことにした。
『ここはエイサイア大陸の東端に位置します。大小あるフラウ諸島の中で、あの一番大きな島がエル・フラウ島になります。
今回は、あの島から救援信号が発信されているのを傍受しました』
メルフェレアーナに発信されていた通信を、妖精コマイナが先に受信したという状況か。
「それ、わたしの携帯宛に来た、緊急通信だね」
「まあこの世界じゃ、通信自体がかなり限定的だからなぁ」
『ここまでの航行で、文明との接触がなかったので、今回は篤紫様と最初にお話していた、『何か』に該当すると判断して、連絡しました』
「ああ、確かに何かあったらって……言ったかな?」
正直、そこまで深い意味はなかったと思う。
「どのみち、レアーナに救援要請がかかっていたのなら、行った方がいいはずだ。なんと言っても、家族だからな」
同郷の家族のためだもんな。そもそもダンジョンごと移動しているから、寄り道しても殆ど問題はないと思う。
太陽から来る焼滅光線も、確かに急ぎではあるけれど、そうは言っても救援要請を無視していけるほど、早急でもないし……。
「篤紫、ありがとう……」
『それでは、島を魔力走査しながら、救援信号が出ている一番近い海岸に向かいますね』
島の姿が、徐々に大きくなってきていた。
地球の地理って、意外と難しい。
次から新章に入ります。




