子供の視点
前回のあらすじ
お父さん「あぁ……じゃあ、少し時間帯がズレるんですね」
お母さんの膝の上に移動し、私のいた段差にシア先生が足を入れる。 イチゴ髪ちゃんとは離れてしまったが、新たに合流したお姉さんの褐色肌に興味津々なのか、私の事なんて忘れていそうなので問題はない。
艶々な褐色肌に水滴を纏い、肩まで浸かるシア先生が腹の底から言葉を吐き出しながら、タオルを巻いた後頭部を縁に預ける。
「っんなもん、気にするだけ無駄だろぉ」
ここまでの要約をお母さんから聞いての即答に、私は内心で(えぇ……)と脱力した。
全否定じゃん。
「そもそも、あの子らも馬鹿じゃないんだ、自分でマナーを守れるくらいにはな。 でも本当に怒られるまではああやって遊びたがるズル賢さも併せ持っている。 ギリギリまで環境に甘えたいだけだろ、子供らしくな」
何だか、子供を見る目は『ちゃんとした大人』って感じのシア先生だった。
……一理あるとは思う。
私だって独りででも男湯に入れるんならそうしたかった。 ただ銭湯のルールを知らなかったのもだが、知らないおじさんに話し掛けられる可能性とか、独りですっ転んで頭を打つ事故とか、そういうことばかりが怖くて婆ちゃんに甘えていたのだ。
とはいえ、知らないお婆ちゃん達と同じ湯船に浸かるのに何の感情も抱かなかった訳ではない。 女湯に来ているという場違い感や羞恥心から、『早く1人で男湯に行けるようになりたい』とずっと思っていた。
でも、もしそんな私にも、歳の近い子で銭湯でしか会えない友達ができていたら……少しでも長く女湯に入っていたい、とルールに甘えていたかも。
その後は……私ならどうしただろう。
温かい湯に顎を沈めて、唇のギリギリ下でお湯の動きを感じる。 愉しげな皆の笑い声。 嫌な顔1つせず見守ってくれている大人達。 あっ、高校生くらいの娘が2人混ざった。 テンション高いなぁ、銭湯遊びの先輩かな? おぉ早い早い、流石先輩……犬掻きしてんじゃん、ズっル!
もし男湯に行くようになって、あんな彼女達にもう会えないとなったら、寂しくなるんだろうなぁ。
シア先生が頭を上げ、お母さんにニヤリと視線を向ける。
「で、シエっちはどうしたいの? どうせもう考えてあるんでしょ?」
「ん……まぁ、その為に来たんですし」
と微笑み返すお母さんに、レナリアちゃんのお母さんが「え、そうなの?」と目を丸くした。
そりゃぁそうだ、話を振ってきた相手からいきなり梯子を外されりゃぁな。
私のお腹に回っていた両腕が離れ、お母さんがウインクしながら掌を合わす。
「すみません。 誰かと話せばもっと良い案思い付いてくれるかなぁ〜って、黙ってました」
「ええ〜、言ってよぉ」と肩で小突かれ、へへへへとお茶目に笑い合う。 ……このノリ。 実はここも学生時代からの先輩後輩だったりしてるん?
「と言っても、本当に期待しないでください。 自信無いのは事実なので」
私のお腹に腕を戻し、謙遜するお母さんは昨夜お父さんと話していた計画を、2人に1から説明した。
単純な話しだ、銭湯が駄目なら他で遊べば良いだけである。 だが、その『他に集まって遊べる施設』が無い訳で。
そこで今進めている温泉施設の出番。 この施設ではなんと、子供達が安全に遊べる広い遊戯室と、混浴場を予定しているのだ。
そう、混浴場ならば年齢に上限など無い。 そして遊戯室。 こちらも遊び場に飢えている子供達にはもってこいだ。
今すぐ使える解決案、とはいかないものの、遊べる場が増えてくれるのは私も嬉しい。 もしケンくんとこのまま疎遠になってしまっても、女湯には妹ちゃんがいるのだ。 休日を合わせて遊ぶくらいなら幾らでも出来る。
ただし……
「……具体的に何をするかは、まだ決まってないんですよねぇ。 場所も限られてるし、子供専用って訳でもないので」
下がっていく声のトーンからして、悩んでいるのは本当のよう。
遊戯室はあくまでもお客様の憩いの場だ。 宿泊客・温泉に来ただけの客でも利用できるようスペースは確保していても、体育館並みに広い訳では無い。
用意出来るゲームも少ない。 ここ数日、両親の会話を眠りながら聞き耳していたんだけど、こっちの世界にもボードゲームやカードゲームの類はあるみたい。 けど、そのためのテーブルなどを入れてしまうと、子供達が走り回れる空間が充分に作れないそうだ。
体力が有り余っている子供に、座ってゲームだけでは物足りないだろう。 かと言ってボールを与えるのも、ホームランしてボードゲームに小隕石をぶちかます未来しか見えない。
バランスボール? 怪我するかもだし、破壊規模が広がるだけだ。
なら混浴場で遊ばせるべきか。 大衆浴場での遊び方なら、あの子達の方が詳しいだろう。 一緒にお風呂だってルール違反にならない。
混浴場は男湯と女湯の間に作ると聞いている。 主な客層は子連れや冒険者を想定しているため、他より若干広く造るらしい。 あの子達が今やっている競争だって続けられるし、なんなら距離や参加者が増える可能性だってある。 専用のコースを作っても良いかもしれないな。
……因みに、なぜ冒険者なのかと言うと、基本的に野営の多い彼等は寝食はもちろん、体を洗うのも男女関係無く共にすることが多いからだ。 「「裸のヒーラーちゃんが1人で水浴びなんて、何に襲われるか分からないでしょ」」とお姉ちゃんが想像し易く教えてくれた。
あとそもそもこっちの世界、貞操観念が日本より緩め。 さすがに公共の場で開チンする露出狂はお縄だが、異性の裸なんぞでいちいち騒がないらしい(お姉ちゃん談)。 だから混浴場には子連れのご家庭が多くなると予想され、広めに設定したそうな。
性犯罪者? 一般人でもそれなりに魔法を使える世界で? 冒険者も利用する混浴場に? 死ぬよ、マジで。
なので広さ的にも、子供達が遊びやすい環境として設計している。 水風呂なんて小さめのプールくらいにでもなりそうだ。
それこそお風呂で遊べるオモチャなんかを作れば、あの子達のこと、遊び方なんて自分達で見つけそうなものだ。
問題はプラスチックの無い世界で、何製のオモチャならば問題無いのか、なんだけれど。
他にも、両親はあれやこれやとやりたい事を片っ端から詰め込んでいたため、完成予定図が何かもうリゾートホテルみたいになっていた。 夢の中でお姉ちゃんと「却下されそう……」と心配になったものだ。
シア先生が「はぁ〜……言ってた温泉ってそんなに力入れてるのかぁ」と感心する。 ナースちゃんからでも聞いたのかな。
ここの銭湯ですら混浴場は無い様子だからな、それ以上の規模になるのは間違いない。 トムねぇ(領主家)がスポンサーとなった以上、下手な事業では終われないのだ。
「そりゃあ、行商人だけが顧客じゃないですからね。 遠くからでも来たくなるくらい魅力的でなきゃ、意味無いですから」
税収を上げるのが目的の温泉事業なのだから、外からのお客にお金を使ってもらわないと本末転倒である。 銭湯と客層を取り合わないよう差別化もしたい。 その為にも多様な視点が必須となる訳で。
「んで、そこで皆さんにお願いしたいのですが……」
と、お母さんが姿勢を前に傾け、他のお母さん達にも視線を向けた。 それまで静観していた母親達の視線が集まる。
「今、温泉の試供を募集していますよね。 そこで子供用の玩具を、皆さんで実際に遊んでみてほしいんですよ。 もちろん最終日に色々書くだけで、一泊二日全て無料! 運次第では貴族向けの豪華な部屋に泊まれちゃうかも、です!」
ざわつく奥様方。
(怪しいキャッチセールスみたいになってるけど!?)
当然、現在工事中な為まだまだ先の話なのだが。 「ちなみに今、団体で予約いただければ、抽選の方たちとは別枠で優先させていただきます」と見事な職権乱用まで披露し、この話しは全員参加で決着した。
元々興味はあったけれど、子供が暇しそうで躊躇っていたらしい。 皆一緒に行けるのなら、と今は笑顔だ。
一仕事終えて。 日にちをどう合わせようか相談している母親達を待ちながら、お母さんが思い出したように話しかける。
「あぁ、シア先生はどうします? 来月の6日。 健康診断って聞いてますけど」
「それな〜……」
腹の底からダルそうな声で、天井を見上げるシア先生。
もちろん試供ではなく、付き添いの方だ。 あわよくば監修までさせる腹積もりなのも伝わっていることだろう。
そこに文句を言わない辺り、シア先生もそれで良いとは思っていそうだ。
暫く「ん〜〜……」と悩んだ末、シア先生が絞り出た答えはーー
「……1泊できそう? 夜にでもお邪魔しようかな」
ーー『仕事終わりのご褒美』だった。
キィさん達とは別行動になってしまうが、むしろこちらとしても激務後のリフレッシュに効果があるのか、意見を聞けるのはありがたい。 なんならキィさん達も1泊すれば良いんじゃないかな? 丁度いい気晴らしになるだろうて。
「良いですね〜。 馬車とテント借りられるか聞いてみますね」
お疲れのところ足を運んでもらうのだからね、病院まで迎えに行くことにするみたい。
その後も微調整を繰り返していると、子供達が満足気にフラフラと帰ってきた。 顔がほんのり赤いのは楽し過ぎたからか、逆上せたからか。 途中から参加していた犬掻き女子2人ももう見当たらない。 何だったんだあの娘達。
それぞれの母親と合流し、湯船から上がっていく子供達を見て、私もお母さんの膝から下ろされる。
「それじゃ、お先に失礼します」
木製の段差に立つ私の手を、立ち上がったお母さんが転ばないよう握ってくれた。 話しに夢中で結構火照っていたらしく、湯船を出たのにまだ全身がホカホカしている。 お母さんの手も熱い。
「おう、またな〜」
首まで浸かったシア先生が、湯面から手だけ出して左右にフリフリする。 足元に気を付けて縁から降り、私も「ばいばい」と手を振り返した。
今日も仕事お疲れ様、ゆっくりしていってね。
お風呂の最後はそれぞれの母親にシャワーで流され、更衣室でお着替え。 黒の半カーテンをくぐり、先に休憩スペースのテーブルで待っていたお父さん達と合流する。 と、「エメルナちゃんもこっちね」とレナリアちゃんに腕を引かれて、私は来た時と同じ空きスペースへと連れて行かれた。 正直あっちの話の方が気になるんだけれど……仕方ないよね。
ドライヤーで乾かされ、サラサラ髪になった子供達の輪に入る。 同じシャンプーの香り、纏う湿気も心地良い。
まぁ、やってることは初見時と何も変わってないんだけど。 そう、またしても私は皆から取り囲まれ、ハムのような腕や足をムニムニされていた。 ここにも安全に走り回れるスペースなんてのは無いし、かと言ってボードゲームやカード、絵本なんかも置かれてはいないからね。
やることがない。 むしろ歩くので精一杯な私が、皆の足を引っ張ってるまである。 普段どう遊んでいるのかなんて知らないが。
ほんと申し訳ない。 結局私は、何一つとして皆と遊んであげられなかった。 質問攻めにはまともに応えられないし、溺れるかもだから競争にも参加出来なかった。 ただ洗われただけだ。 今だって、こうしてお人形になっているだけ。 情けないったらない。
エメルナも銭湯に行く、と聞いた時はあんなに瞳を輝かせてくれたレナリアちゃんなんて、さっきからずっと無言で私の短い髪に手櫛をしている。 ごめんね結えるほど長くなくって。
やっぱり寂しさを埋めるなんて大役、私には荷が重かったよ……などと謝罪の思いを込めて頭上を見上げると、背後のレナリアちゃんとバッチリ目が合った。
「……エメルナちゃん?」
キョトンとするレナリアちゃんに、何の言葉も思い浮かばず……
「…………」
「…………」
ただお互いの瞳を見つめ合う。
……ヤバい……何か言った方が?
コミュ障である私がそんな無言に耐えられる筈もなく。 謝る……なんて? 笑う……見つめ合って数秒たった今更? 泣く……迷惑! と思考がパニックを起こし心臓がバクバク痛くなっていく。
何か……なにかぁ……
と、レナリアちゃんの瞳が揺れ、「……そうだよね」と呟く。
え??
グッと顔を上げ、レナリアちゃんがケンくんに向き合う。
「ねぇケンくん……お誕生日おめでとう!」
ずっと言えなかった事を思い切った様子のレナリアちゃんに、妹を見ていたケンくんが「レナ……」と顔を上げた。 それまでこぞって私の柔肌をムニまくっていた子共達も、ポカンと口を開けたまま顔を上げる。
えっ?! ぃいきなりどうした?!
2人の間に何があったのかは分からない。 が、誕生日には会えないから前祝い、というムードでは絶対に無い。
泣きそうな声のレナリアちゃんが頭を下げる。
「それと、ごめんなさい、イヤなこと言っちゃって……。 私、ケンくんといっしょが良かったの。 ずっといっしょだったから、ヤだったの……」
震えたり、裏返ったり、頑張って伝えようとするレナリアちゃんの瞳が涙で滲む。
この集まりでたった2人だけの、年長の同い年。 きっと私くらいの小さな頃から、この2人は銭湯で遊んできたのだろう。 男湯・女湯以前に、時間の都合で会えなくなった友達だって1人や2人ではないのかもしれない。
仮に。 もうすぐ誕生日を迎えるケンくんに、親達が「おめでとう」と祝っていたのだとしたら。 その流れでレナリアちゃんの番も来たのだとしたら。
この子は、素直に祝えたのだろうか。
涙を堪えながら、レナリアちゃんが気持ちを吐露していく。
「けど、今日でさいごだから。 がんばっていつも通りにしようって……思って」
「あぁ、それで……」
ずっと抱えていた違和感を、ようやく解消した様子のケンくん。
振り返ってみれば、ケンくんと合流してからここまで、レナリアちゃんは殆ど私と一緒だった。 ケンくんと交わした挨拶も私を挟んでだったし、シャワーでも、湯船でも、遊んでいた時ですら間に5人の年下がいた。 なんなら私(ケンくんは妹に優しいお兄ちゃんなんだなぁ)くらいしか分からなかった。 妹ちゃんにはすっごいグイグイこられてたけど。
……まさか私、ケンくん避けに使われていた? 気まずくて、話し掛けられないけどいつも通りにはしていたいから、手が離せない子扱いされていたのか。
本人も無意識だろう、はたまた勇気が出なかっただけかも。 何れにしたって、今はちゃんと向き合っている。
もう会えなくなるかもしれないから、そうなる前に。
「だから、6歳おめでとう! お仕事がんばってね! それと、またいっしょに遊んでね!」
寂しさをかき消す大声に、ケンくんも一瞬だけ切ない顔をするも、
「……うん! レナもな! また遊ぼうな!」
そう笑顔で約束した。
「うん!」
この勢い任せの祝福は、当然隣の席に座っていた親達にも届いていて。 皆で指遊びを始めた子供達を眺めながらも、見ているだけの私の耳には背後のヒソヒソ声が入ってきた。
「温泉のこと、いつ言おう?」
「ん〜……」
(ぁはは……)
こうして私の異世界初銭湯は、親心子知らずを体現したまま現地解散。
薄暗い空の下、残っていた屋台の焼き鳥を買って、帰路についたのでした。
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『私 個人の感想です』ってのも投稿していまして、そちらの美花先輩みたいな批評になってしまいますので、そういうのでも良ければ、感想を送り合える相手が欲しいです。 こちらから行ってしまうと空気読めてないみたいになっちゃうので……
本気でお願いします。 ……今年中に何処かで受賞したい。 共に学んでいける相手が欲しいです。




