二日目
前回のあらすじ
子供には刺激が強すぎたらしい。
翌日。
温泉の件で話し合いが行われた。
議題は資金面について。
しかし、内容の濃さに反比例して、協議はすんなりと終わってしまった。
なんせ場所が食堂のテーブルで、時間が朝食の最中だったからだ。
「じゃぁ、温泉に関する工事の資金は、全額私が立て替えるって事にしようと思うんですけど、良いですよね?」
「そうですな、助かります」
まるで示し合わせていたかのようなトムねぇからの提言に、村長さんがあっさり頷く。
確認作業かよ。
超重要な案件が食卓で決まってしまった。
これって、融資してくれるって意味だよね? こんな二つ返事で決まっちゃうものなの?
しかも融資する側からの提案って……。
(いや、もちろん普通にありえないわよ? 以前から相談していたんでしょうね)
だろうね。
ここが異世界だからって、融資なんてそうそう簡単に受けられる筈がない。 それは日本と特に変わらないそうだ。
貴族ってのは、ようは政治家だ。
税金を使って領地を豊かにする。 それが貴族の仕事であり、そのためには無駄な投資で、多額の血税をドブに捨てるわけにはいかない。
必然、融資には様々なハードルがある。
こんな親戚の集まりみたいな場で決まっていい話しではない。
以前から見当していたのなら、納得だ。
でも、税金なんでしょ?
(……どうかな。 「私が……」って言っていたから、公費からじゃなく、私財で支援する気なんじゃない?)
株やスポンサーみたいな感じ?
(パトロンとも言うね)
パトロンなんていつぶりに聞いたやら。
まさか異世界で再び耳にするとは。
にしても私財か。 やけに協力的だし、ありえるかも。
流石は貴族と言ったところか。 私財で一事業をサポートできるとか、規模が違う。
いや待て、そもそも私財と決まったわけじゃないんだけどね。 私達の勝手な想像だし。
と、お母さんが口の中の物を飲み込んで尋ねる。
「大丈夫? 相当な額になると思うけど」
「忙し過ぎて溜め込んでばかりだからねぇ。 と言っても、すぐに出せるのは上下水道と民家一軒分くらいよ。 後は、あの守銭奴を納得させるだけの材料が必要になってくるけど……」
流し目にフローラ父が気付く。
咀嚼している物を素早く飲み込んだ。
「銭湯で約半年間、老若男女各種各族関係無く募集して、アンケートを書いてもらおうと思っています。 もちろん、被験者には無料で利用して頂こうかと」
「あら羨ましい。 私も登録しようかしら」
「是非とも。 疲れが取れるかの検証にもなりますし、何より貴重な旅行客の意見はありがたいですから。 もちろん登録の必要無く、元より無料とさせて頂くつもりですが」
「なら登録しておいて。 箔が付くから」
こんな田舎で何の箔が付くと言うのだろうか。
その他の色んな輝きに埋もれそうだなぁ……。
*
出勤組が家を出て数分後、迎えに帰って来たフローラ父と、ビシッとスーツをきめたトムねぇが視察に赴く。
村長宅を出る寸前、頬をパンパンッと叩き、トムねぇからファントム子爵の顔になっていた。
流石は貴族、キリッとした顔が様になる。
シシリーさんもメイド服に変そ……支度し、らしくない笑顔で完全武装。
裏表が激しすぎるコンビなのな。
残されたお母さん二人が家事にかかりっきりな中、私はフローラちゃんとのトレーニングに熱中していた。
もちろん、立って歩くためのだ。
このトレーニングに必要なのは負荷や筋トレではない、いかにして楽しむかである。
グラウンドを15周するより、鬼ごっこやサッカーなどの方が長く続いた経験はないだろうか? ……私は足遅いから傍観者だったけど。
でも好きになったテニスや卓球で遊んでいた時は、相手が疲れていても、私だけテンションが高いままだったりしたものだ。 あの喘息気味で、グラウンド5周くらいで肺が痛み、走れなくなる私がである。
楽しんでいる時ほど、疲れや時間は感じにくい。
つまり何が言いたいかというと。
「……ふっん!」
プルプルと立ち上がり、摺り足でゆっくり足を前に出す。
普段使わない筋肉でもあったのか、体重移動を誤っただけでバランスを崩しそうな緊張感がある。
安全な筈なのに、平均台の上にいるような不安感が堪らない。
前に出した足にゆっくり体重移動していくと、補助輪無し自転車みたいに横にぐらつき、あえなく横転してしまった。
「ぅんぎぃ!」
「キャハハハッ!♪」
私の様子を見守っていたフローラちゃんが爆笑しながら横たえる。
笑ってもらえて何よりですよ……。
しかし、真似っこするにはまだ足りなかったらしい。
もう一度立ち上がる。 ここでフローラちゃんにも立ち上がってもらえれば、耐久勝負が出来そうなんだけど。
ぁ、手押し相撲とかどうかな。
…………いや、意図を読み取ってくれるとは思えないし。 下手したらイジメと勘違いされそうか。
フローラちゃんは、また私が何かしでかすのでは、と期待した眼差しで見上げるだけだった。
さて、無作為に立ち上がっちゃったけど、どうしよう。
エンゼル体操でもする?
(普通にラジオ体操で良いんじゃないかな?)
だね。
やってみた。
「はぅんぐっぁ!」
腕を動かすだけなら問題なかったけど、屈伸でおでこから倒れました。
下が畳で助かったよ。 フローリングだったらゴッ!だった。
「キャハハッ♪」
また笑いを取ってしまった。
あれ? 前世よりウケてる気がする。
でも、これで真似したいとは思うまい。
椅子持ってきて登り降りしようかな。 いや、それこそ真似しだしたら危ないか。
なら次は……………………。
何も、思い付かない……。
四つん這いで項垂れ、自分の浅学さに失望する。
こういう時、物語の主人公ならパッと最良のアイデアが閃くのだが。 やはり私はモブらしい。
お姉ちゃんは、何かある?
(ぅんと……素直に精霊のぬいぐるみ使わない? 身一つに拘ってるから行き詰まるんだよ)
それは、モチベーションが下がるなぁ。
ぅぅ……私も手柄が欲しかったのに。
凄いアイデアを閃いて、フローラちゃんがそれを真似して、両親を喜ばせてみたかった。
好奇心って大事だね。 せっかく前世では日本に産まれ、ネットやら図書館やらで何でも学べる機会に溢れていたのに。
勿体無いことをした。
まぁ、向こうの知識でも、幼児が自発的に行うトレーニングのアイデアなんて無いだろうけど。
仕方ない、ここはお姉ちゃんの提案に従うか。
しかし、いつも同じというのも目新しさがない。 となれば続かない。
ここはやっぱり……。
フローラちゃんに背を向け、ハイハイで棚へ急ぐ。
事故防止のため、村長さん宅でも廊下への扉は閉められており、ドアノブへは届かない。
そのため、危険の無い玩具は居間の棚に収まっている。 子供が一人になっても寂しくないように。
そういった辺りは、私ん家と同じだ。
でも明らかに違う点がある。 それは玩具の数。
誕生日の時に村長さんが言っていたけれど、あれから数度遊びに来て確認したところ、私の知る限りでもぬいぐるみだけで6体は増えていた。
他にもタンバリンやトライアングル、木製のバケツとスコップなんてのもあったけど、一番目を奪ったのはやはりこれだろう。
バランスボール。
ゴム製品がある事実に驚かされたけど、皆がただの大きなボールとしてしか認識していなかった事にも勿体なさを感じていた。
触ってみると、分厚いのかちょっと凹む程度で、ドッシリとしていて弾力も高い。
私の身の丈ほどあるし、椅子なら危ないけど、これはまだ乗れない筈だ。
転がしながらなら歩けば歩行訓練になり、乗って遊ぶだけで体幹も鍛えられる。
まだ拙い今なら、協力して乗る事を遊びに出来そうだし。
どうよお姉ちゃん、我ながら素晴らしい機転ではなかろうか。
*
「……で、どうしてこうなったの?」
昼食のために一時帰宅したトムねぇの視線が痛い。
お母さんも、どうにも答えあぐねている。
「私達が来た時には、もう……」
エレオノールさんが伏し目がちに言葉を濁す。
いや、これは笑いを堪えているだけだ。
「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁぁ~~~~!!」
三人が見守る中、私はぬいぐるみで固定されたボールの上に立ち、必死にバランスをとりながら泣き叫んでいた。
そう、立ったまま。
最初は上手く歩けていて、興味を持ったフローラちゃんも加わって歩き回っていたのだが、調子に乗った私が試しにとボールに乗れるか検証したのが間違いだった。
だってほら、フローラちゃんが一人の時に乗ったら危ないじゃん?
だから想定できる可能性を試しておこうかなと思っちゃったんだよ。
なんか、頑張ったら乗れそうだったし。
私が試行錯誤していた時に持ってきていた犬と羊のぬいぐるみ、その二体をお腹が内側にくるように並べ、ドーナッツ状になった穴の部分にボールを移動。 上手く固定できたのでよじ登ってみたのだ。
少し凹みながらも尚割れないボールに気を良くし、これなら玉乗りの様に立てるかな?と立ち上がった瞬間、後悔した。
思ったより視点が高かった。
そして超不安定。
高所恐怖症も、死んでも治らなかったらしい。
青髪のアホより安定感の無いボール、そこから降りられなくなった私。
乗った私を(凄い!)みたいな目で見上げるフローラちゃん。
プルプル震え、しゃがもうとする度に転げ落ちて首を折るイメージで恐怖する状態のまま数分。 漸く来た助けが助けてくれないままトムねぇまで帰ってきて……。
早く助けて!
グリンッ!
ボールがぬいぐるみに乗り上げた。
「「「あっ!」」」
*
「で、そのままボールに背中から落ちてバウンドしたと思ったら、空中で一回転して後ろに跳んでったのよ♪」
夕刻過ぎ、暗くなってから帰ってきたお父さん達に、私の奇行を嬉々として語るトムねぇ。
くっそ恥ずかしい……。
私視点ではぐるんぐるん回って、上下前後全然分からないまま背中を打ち付けたからね。 むせた時は肺に後遺症が残らないかハラハラしたよ。
受け身の重要性を、身を以て痛感した。
お母さんにマッサージしてもらい、お昼からは母子四人並んで爆睡。 現在は夕飯を支度中のお母さんに代わって、シシリーさんに背中を揉みほぐされている。
正直もう大丈夫なのだが、トムねぇのオススメもあって体験させてもらっている次第だ。
あぁ~……えぇわぁ~♪
何この人、プロなん?
指圧加減が絶妙に痛気持ちいい。 貴族に仕えているだけあって、腕前は一級品のようだ。
スパイや暗殺を警戒し、こういった無防備になる事は内々で済ませているのかも。
どこまでがメイドの仕事なのかはその家にもよるけれど、トムねぇの場合は更に特例だろう。 精神的に癒されなきゃ意味無いもんね。
良ければもうちょっと優しい表情でしてほしかったんだけど。 無言無感情は何か怖い。
夕飯前にお風呂に入ってきたトムねぇ達は、ちゃぶ台を囲んで談笑していた。 主に、私のこれまでの奇行について……。
ちなみにフローラちゃんは、ネロリ兄ぃと歩くトレーニングに励んでいる。 両手をエスコートするみたいに持って「いっちに、いっちに……」と。
充分に運動させて寝やすくする作戦らしい。
見ててなんとも微笑ましくなる。
「にしても、気持ち良さそうだな。 このまま寝るじゃないのか?」
お父さん達の会話が耳に届く。
「赤ちゃんへのマッサージって加減が分からなかったりするんですが、詳しいんですか?」
「シシリーはちょっと特殊でね、人体の構造や薬品関係にも詳しいのよ」
へぇ~、医者みたいだな。
マッサージ師やアロマテラピーの免許でも持っていそう。
こういう無表情キャラは多才なイメージが強いので、頼りになる。
「護衛もあの娘だけで充分だから、気が楽よ」
ん?
「護衛? そういえば聞いたけど、宿に来たの御者さんだけだったんだっけ。 「多めに食材買い込んどったんに~」って、クレアさんからクレーム来てたぞ」
団体予約客がドタキャンした感じか。
そりゃ酷い。
「あら、ごめんね。 お金払うから、私の奢りってことでお客さんに振る舞っておいて。 名前は出さなくて良いから」
値段も聞かず当然のように言い切った。
ぉぉぅ……太っ腹ぁ~♪
「分かった。 で、護衛もシシリーさんだけで充分って……」
「あぁ、言ってなかったけ? シシリーの本業は護衛よ。 それも暗殺技術においては一流の腕前を持った、いわゆる護衛メイドってやつ」
なっ!?
ビクッと血の気が引く。
ちょっと指が背骨の隙間にめり込んで痛みが走った。
人体構造に詳しいってそっちかよ!?
まさか薬品って毒殺用!?
触られているのが危機的状況に思えて仕方がなくなる。 冷たい鎌を頸動脈に当てられているように息苦しい。
「おや、どうしました?」
背後から感情の無い声が掛けられる。
動けないから逃げられない。
やっばい!!
気付かれたとは考えにくいけど、筋繊維から感情を読まれてそうでおっかない。
お姉ちゃん、どうしたら――
(あわわわわわわわ……)
あれ?! お姉ちゃん!!?
珍しく私ばりに青ざめて狼狽えてる。
元魔王軍幹部を震え上がらせるとか、どんだけだよ!
(どどどどうしよ……魔力回路から私が居るって気づかれたりゃ……)
…………ひぃ!
全身が悪寒に痺れた。
そうだよね、暗殺に特化してるなら、魔法関連にも詳しい筈。
下手な誤魔化しは命取りになりかねない。
もうここは……と、車に轢かれたカエルのような姿勢で、ただただ天命を待つことにした。
まな板の鯉作戦だ。
冷たい視線が注がれる。
呼吸は意識して普通に抑えるが、鼓動の速さまでは止まらない。
すっごい止めたい!!
…………………。
「…………ああぁ、痛かったですか? すみません、私もまだまだですね」
何を勘違いしてくれたのか、指圧が太腿に移動した。
緊張から解放される。
何気に、ゴブリンの時より命の危機を実感したかも。
その後も夕飯まで、生きた心地のしないマッサージに揉みほぐされ、翌日には全回復したのでした。
足ツボが試練だったとだけ、付け加えよう。
本当に怖いと黙るタイプ。




