閑話 団欒
前回のあらすじ。
その頃、片隅でヘッドショットされるシシリーさん。
もう……ダメ、我慢できないっ……!
机に乗り出し、おかきに手を伸ばす。 掴んだ3つの内1つを飢えた口に放り込んだ。
生え揃っていない歯には固く、舌の上で転がす。
「~~♪…………んん"~~! っに"ゃ"ぁ"ぁ!!!」
ビーフジャーキー味に山葵の香りが鼻を抜けたと満足していたら、時間差で舌が痺れた。
電流かと思える程の痛みに震え、おかきを吐き出す。
「あぁあ……はいお茶」
私を胡座に乗せて抱いているトムねぇに湯飲みを貰う。 良い温度に冷めた緑茶を涙目で含み、辛味を流し飲んだ。
……っあぁぁ。 なにこれ辛すぎ。
やっぱ駄目かぁ~。
幼い内は苦味と辛味に敏感だってのは本当らしい。
まだ鼻の奥がスースーする。 嫌いなスースーではないけど、舌のピリピリが去っていない。
まぁ、これくらいならまだ、我慢できるかな。
見かねたトムねぇが薄茶色いおかきを摘まむ。
「これ食べる?」
「…………んっ」
頷き、口を開いて放り込んでもらった。
あっ……甘い。
このコクは黒砂糖かな? コーティングしてあったのかも。
転がしていると、コーティングの下から微かに塩っぽい風味も染み出してきた。
この世界でも塩気と甘味の組み合わせは鉄板らしい。
山葵のツンツンが中和される。
残ったおかきはこのままふやかして祖嚼しよう。
「おいしい?」
「んっ!」
トムねぇを見上げて笑顔で頷く。
ガバッと抱き締められた。
「あぁ~♪ 可愛いぃ~~♪」
ちょっ……!?
ゾワッときたぁ!
オネェに座るのは慣れてきたけれど、抱擁されるのはまだちょっと……。 元男としての拒否反応が凄まじい。
疲れ果て寝落ちしたフローラちゃんを布団に残し、私とネロリ兄ぃは大人組に混ざっておかきを頬張っていた。 私だけお団子に届かないのは、喉を詰まらせるかもと危険視されたからだ。
そんな流れもあってか、もうペットのように愛でられ続けている。
私のリアクションを見て、お母さんが手を叩く。
「ねぇ、ふきのとう持っていく? エメルナが食べられなくて余っちゃったのよ」
「良いの? 私そういうの遠慮しないわよ?」
なんて遠慮しつつも、嬉しそうに笑みをこぼす。
貴族なんだから幾らでも食えそうなのに……おかきと同じ感覚なのかな?
「大丈夫大丈夫! 元々トムねぇ用に、少し多めに採っておいたから。 エメルナにはまだ早かったし、上乗せしとくね」
「そう? なら、ありがたく」
快く受け取り、翌日家から持ってくる事になった。
ホント、遠慮なんてしないでほしい。 私としてもありがたいのだから。
山菜(野草)は貧しい庶民の食べ物で、名のある者に手厚く育てられた野菜の方が美味しく質も良いという価値観から、成金や貴族の間では「山菜など……(笑)」と軽視されているらしい。
故に、旬で自領でも手を出しづらいのだとか。 こりゃ、探れば色々手土産に使えそうだね。
そんな流れから、話題は貴族間での際どい愚痴や笑い話にまで脱線した。
「っそうそう! この前、王都の会議に出席したら、帰りにハニートラップ仕掛けられたのよ!」
「はぁ!?」
大人に混じって私も失笑する。
ハニートラップを仕掛けられたってのに、テンションが外出先で珍トラブルに遭遇したママ友並みだ。
勿論、その美女は軽くあしらい、送り込んだ依頼主を逆に特定し返したらしい。 ……何気に怖いな。
そんなトムねぇがケラケラと笑う。
「馬鹿みたいでしょぉ~! この性格隠してて正解だと思ったわぁ!」
「災難だったねぇ~……どっちも」
ホントそう。
ハメようとしたんだから同情の余地は無いんだけれど、成功率0%は余りにも気の毒としか言いようがない。
女として全否定されに行くようなものだ。
私なら自信なくしそう……
「でも面倒なのよねぇ。 あれから領地にまで押し掛けてきて、偶然みたいにアピールしてくるのよ」
溜め息混じりに眉をひそめる。
プライドに火ぃ点けちゃったよ!
貴族をストーカーするとか、度胸だけは立派だな。 流石は美人局。
親4人も笑顔が引きつってますよ。
てかそいつ、ここにまで来てないだろうな……
ネロリ兄ぃが歯磨きに行ったので、私達もお茶を飲み干して歯を磨くことになった。
おかきは一通り味わったらしい。
ネロリ兄ぃのいる台所へ向かい、皿を洗うお母さん組の隣で歯を磨く。
私はお父さんに磨かれてるんだけど。 あぁ、抱えられたままじゃないよ? ちゃんと椅子に座っている。
ちなみに、寝ているフローラちゃんと私は、お風呂の時についでで磨き終えていたのだが。
食っちゃったからね。
歯ブラシのブラシ部分には動物の固い毛が使われているらしく、脱色でもしてあるのか前世で使っていたのと見た目はあまり変わらない。 もちろん持ち手は木製だ。
歯磨き粉もある。 殺菌効果のある様々な薬草を混ぜ合わせてペーストにした簡単なものらしく、口内炎や傷に染みそうな味がする。
刺激が強いからか、子供は米粒サイズの量で充分らしい。
さすがに1年間も使っていると慣れたけど、これでも最初は前世との違いに嗚咽したものだ。 シソや生姜みたいな味までするんだもん。 たぶん歯垢除去より殺菌に重点を置いているんだと思う。
少し遅れてトムねぇが来た。 シシリーさんは夕飯後すぐに磨いていたらしい。
小さなガラス瓶に入った歯磨き粉をブラシに付け、口に入れる。
お? ミントの香り。
流石は貴族といったところか、口腔ケア用品も庶民とは一味違うらしい。
優しくしっかり丁寧に、何度か角度も変えながら、数分かけてシャクシャク磨かれる。
こっちの世界の歯科技術がどの程度かは知らないけれど、やけに丁寧なのは入れ歯やインプラントなんて物が無いからだろう。
私も気を付けないと……
前世では強く早く擦りすぎてか、知覚過敏で○○君をガリガリ出来なかったんだよなぁ。 今世ではその癖を矯正していきたい。 ブラシの消耗を抑えるためにも。
仕上げに歯間ブラシ代わりの糸で隙間も磨き、水道水でうがいする。
クチュクチュは出来ても、ガラガラはまだ早いかもとのお姉ちゃんのアドバイスにより、歯の隙間を通すように漱ぐ。
それを2回繰り返して、まだちょっと味が残っているくらいで私の歯磨きは終了した。
まだ生え揃っていないのは食べる時には違和感だが、磨きやすくてありがたい。
お父さんが歯磨きを開始する。 洗い物を終えていたお母さん組は、1分程前からやっていた。
磨いている間は無言なので、暇だ。
後学のために様子を見ていよう。
磨き終えたネロリ兄ぃがお先に居間へ戻る。
と、口を漱いだトムねぇが一言。
「皆、子供は何人作る予定?」
「「「「「ブッ!」」」」」
それぞれの方向で霧のように吹き出す4人と私。
1歳児には何言ってるか分からないだろうからって、タイミングが悪すぎるだろ。
…………謀ったな?
並んでうがいする4人を見て、笑いを堪えきれていない背中が震えている。
慌てて床や壁を雑巾がけする3人と、トムねぇに食って掛かるお父さん。
「トムねぇ……時と場合とデリカシーを考えてくれ。 それとこれ、トムねぇの雑巾な」
四つん這いになって雑巾がけする貴族はなんともシュールでしたよ。
「で、どうなの? 真面目な話し」
雑巾がけしながらも口は止まらない。
渋々お母さんが話しに乗る。
「……私達は予定にないかな。 温泉の件でこれから特に忙しくなるだろうし、睡魔に負けそう」
「私も、娘で手一杯ですから、ちょっと難しいですかね……」
恥じらいながら律儀に混ざるエレオノールさんが可愛いらしい。
トムねぇがニヤニヤとお父さん組に向く。
「ってことらしいから、浮気しないでよ? 旦那様♪」
「しないし出来ない。 むしろ、2人が職場復帰するまでこっちは地獄だっての」
「私と妻なんて地元ですからねぇ、そんなことしたら1時間後には母さんに殺されますよ……」
田舎情報網の恐ろしさを垣間見た。
「むしろローマンさんの場合、エレオノールさんが浮気しても殺されるんじゃないか?」
「ありえますね、「不甲斐ないお前が悪い」と一刀両断されそうです」
「さすがはアリュティラのローズ、理不尽の体現者ね」
あのお婆ちゃん、異名持ちかよ。
ちなみに、アリュティラって?
((魔草の一種で、棘に毒のある綺麗な赤い花よ。 微量で殺せる致死毒だから、暗殺でよく利用されるの。 遅延性で、昔は呪いだって信じられていたわ))
他にも色々訳あって、その魔草の名が、理不尽の代名詞に使われているらしい。
なんとなく、毒々しい薔薇が脳裏をよぎった。 見るだけなら、1度見てみたいかも。
「で? そんなこと聞くトムねぇは、最近どうなの?」
お母さんが反撃とばかりにニヤニヤし返す。
あっ、苦々しく眉間に皺を寄せてそっぽを向いたぞ。
「ふん、貴族でしかも次期当主よ。 最低でも3~4人は欲しいって、耳にタコが出来そうだわ。 理屈は分かるけど、あの子『貴族として産まれた以上、旦那様の子を産み、優秀な血を次世代に繋げるのが女の義務よ』って強引に迫ってくるんだから。 書類仕事だって疲れるんだからね?」
あっ……はい。
清々しい程に男勝りな奥さんだね。
そうとうストレスになっていたらしい。
「あげく『病気なんて貰って来たら困るから、最低でも3人産まれるまで浮気は絶対禁止ね』ってシシリーに見張らせてるのよ。 そこまで信用無いかしら? 私」
これには4人も、リアクションに困った。
シシリーさん、あっちサイドでしたか……
地味に頭に残る台詞だな。
にしても、義務さえ果たせば浮気しても良いと? そう言ってるよねこれ。
意外と寛容な奥さんなのかも? ちょっとキツそうだけど。
決壊した愚痴ダムは止まらない。
「そもそも、私だって地元なのよ? 地元で浮気出来るわけないじゃない。 私みたいなタイプが」
あぁ……人の目ってどこにあるか分からないもんね。
あげくオネェで貴族となれば、浮気相手を見付ける事の方が至難の技だろう。
そして付きまとう監視メイドと美人局ストーカー。
あれ? 義務果たしても浮気できなくね?
奥さんはそういうこと分かってて言って……そうだな。
私の、トムねぇの奥さん像が急ピッチで鬼嫁化していく。
貴族に産まれなくて良かった……
エレオノールさんと並んで雑巾を絞りながら、お母さんが考える。
「まぁね。 ただ、トムねぇの事はご両親より分かってるんでしょ? 知ってて言ってるって事は、少しは構ってほしいからじゃない?」
「構ってるわよ……出来る範囲で」
雑巾を渡し、唇を尖らせたトムねぇが並んで手を洗う。
こっちの蛇口は捻る取っ手ではなく、上下左右させるタイプだ。 詳しくはまだ見てない。
「ホントにぃ? どうせ強がったり興味無いフリして、誤魔化してるんでしょ」
「そんなことないわよ……」
グイグイ迫るお母さんから目を逸らして口ごもる。 ガッツリ痛い所を突かれたらしい。
自分から話し振っといて……女って怖いねぇ。
お父さんから雑巾を受け取り、洗うお母さんが澄まし顔で呟く。
「トムねぇがもうちょっと素直になれば良いだけだと思うけどねぇ、私は」
「~……」
言葉にならない呻きが漏れた。
図星のよう。
と、手を洗ったお父さんに抱き上げられた。
不意にトムねぇと目が会う。
「ぁっ……本当、ビックリするほど大人しい子よね」
逃げたな。
そんな背中を見て、お母さんが楽しそうに微笑む。
結局、この話しは何だったのか……うやむやにされたまま、私達は居間へと戻った。
「では、おやすみなさいです」
「おやすみ~」
ネロリ兄ぃが自室に行って暫く、もう遅いからと、フローラ父も居間を後にした。
4人分の布団を敷いた居間に残る私・フローラちゃん・お母さん・エレオノールさん・トムねぇ・シシリーさん・お父さん。
「……なぁ、本当に俺だけ客間なのか?」
「あら、私と2人っきりで寝たいの?」
トムねぇの意味深に震え上がる。
「誰が2度とトムねぇなんかと寝るか。 ……深夜に来るなよ?」
「なんかとは失礼ねぇ、勝手に寝不足になったくせに」
ニヤニヤしていて、からかっているのが分かる。
「さんざん話しかけておいてよく言えるな。 最後に変な事言い残して1人だけ爆睡しやがって」
「あぁ……「さっさと告白しないなら、私から先に告白しちゃうわよ?」だっけ? あんた達の仲を取り持ってあげようとしたんじゃない」
「分かってて言ったよなぁ? 聞き返しても無視したよなぁ?」
「そうだっけ?」とはぐらかす笑みは、やっぱりからかっているようにしか見えなかった。
何の話しだったんだろう。
「とにかく、せめてエメルナくらい連れてっても……」
「深夜、泣いたら起きられる?」
お母さんがバッサリ切り捨てる。
「……こっちで寝るって選択肢は?」
「空気読んで♪」
渋々といった様子で、お父さんも居間を後にした。
おやすみ、お父さん(涙)。
「さて、男子は追い払ったことだし、夜の生活について根掘り葉掘り聞かせてもらうわよ♪」
なにそれ聞きたい。
照明を消してすぐ、私だけ活動限界で寝落ちしました。
モフモフボールを抱き枕にするフローラちゃん、ぼへぇぇぇぇぇぇ!!




