エメルナちゃんの成長記録8
前回のあらすじ。
急展開
『ゴブリン』
下級モンスターとして有名だが、極めて厄介なモンスターとしても名が知られている。
単体の戦闘能力は非常に低い。 つまり、それゆえの生き残り方を知っている、ということでもある。
基本は数体の群れで行動し、個体によるが武器も持つ。 武器には毒が塗られている可能性があるので要注意だ。
とはいえ、冒険者にとっては初心者専用の経験値か小遣い稼ぎ程度に過ぎないだろう。 でも、一般人からして見ればそんなことはない。
ゴブリンは一番身近な恐怖の対象だから。
まず、繁殖能力が異常に強い。 弱い種族とはそういうものなのか、1匹見つけたら数十匹いると思って良い。 あの虫のように。
次に、雑食で好戦的。 作物や家畜を狙い、もちろん人だって襲う。
私の知るゴブリンは、これくらいかな。 完全にファンタジー作品の雑魚キャラだけど。
でも、これだけでも一般人には充分、死活問題でしかない。
「ゴブリンとはイタズラ好きなだけの醜い妖精」という話しも前世にはあったが、こっちのゴブリンは「RPGに出てくる雑魚キャラ」で間違いないだろう。
その雑魚キャラに、村が危機的状況なんだけどね。
せめて某アニメの「女は連れ帰って繁殖に使う」パターンだけはやめてほしい……
家に帰されてもアレなので、私とフローラちゃんはシスターちゃんに見守られながら、部屋の角で大人しくしている。 フローラちゃんに至ってはここに来るまでの道のりで熟睡したらしく、私さえ黙っていれば問題なかった。
聞き耳を立てているので、騒ぐ理由も無い。
「今、自警団には二手に別れて警戒に当たってもらっておる。 衛兵にも動いてもらって、クォーツ伯爵に戦力を寄越してもらえるよう、早馬を走らせとる」
「いつ頃、村を出たか分かります?」
「昼過ぎに足跡を発見したのでな、早くとも出たのはその1時間後だろうて」
「ぅん~……ギリギリ間に合えばラッキーってところですねぇ。 自警団はどこを見回っているんですか? ここまで来る間、誰も見掛けませんでしたけど」
「隠れてもらっているからね。 シエルナでも難しかったかしら?」
お婆ちゃんが指示したらしい。
「ありがとうございます。 ちなみに武器は?」
「要望通り、槍に雷を魔法付与したのを100本、軽い大盾を200枚。 5人一組の訓練もさせたから、ゴブリン程度なら心配要らないよ」
フラグって知ってる!?
心臓に悪いからやめてください。
「場所は?」
「農耕地区と畜産地区に半数を。 残りは住宅街に向かわせとる」
「商店街と生産・加工地区はいないわけか……通常警備で問題ないかしらね。 …………今から私達も出れますか?」
「行くのか?」
「武装していることをアピールすれば、それだけで威圧になります。 切迫していなければ無理に手を出さず諦めますし、してるなら、死に物狂いで統率の取れない連中からおびき出せるかもしれません。
私達に来るのが理想的ですが、避けられても皆が潜んでいるなら対応できますよね?
なるべく物影で各個撃破しつつ戦力を減らせば混乱させられるし、統率を崩せば大盾で囲んで槍で倒せます。
地の利はこちらにあります。 夜目が利いても路地の構造までは分かりません」
「松明は」
「全員分お願いします。 あと槍3と盾6で。 ここには村長さんと……エレちゃんとエレスチャルちゃんが留守番してて」
「私も行かせてください!」
エレオノールさんが挙手する。
意外だ。 こういった荒事には縁遠いと思ってたのに。
「ん~……良いんだけど、フローラちゃん見てなくていいの?」
「お父さんもエレスチャルちゃんもいますし、戦力は多い方が良いんですよね?」
弱いなりの戦略、それは圧倒的なまでの数だ。 ならばこちらも、戦力は少しでも多い方が良い。
「…………腕、鈍ってないでしょうね?」
「誰の娘だと思ってんだい!」
お婆ちゃんが吠える。
あっ、うん、完全に理解したぁ。
実力は知らないけど、強いわこれ。
「それじゃ、行ってくるわね♪」
「ぁあぅあ!」
コンビニに行くようなノリで防寒着を着込み、お母さん達はギルドを出た。
そのロッドはどこから持ってきた? とか色々気になるんだけど……
残されたのは私とフローラちゃんと、シスターちゃんとフローラ兄と、村長さんと丸メガネさん。
行かねぇのかよ丸メガネさん!?
戦闘……出来なさそうだもんね。
((さっき、「緊急連絡係りが必要ですよね!? 2人のお世話も手伝いますからぁ~!」って泣いてお婆ちゃんに懇願してたよ?))
そんなにか!
ゲームじゃないんだから、血生臭いのは私も嫌いだけど。 でもこの人の場合はそれだけが理由じゃないと思うなぁ……おもに私を見る視線が熱いもん。
「エメルナちゃ~ん♪ あぁ~カワイイでちゅねぇ~~♪」
うっわ、赤ちゃん言葉なんて初めて聞いた。 これまでにも言われていたかもだけど、日常会話がそれなりに理解できるようになってからは初めてだ。
ほっぺを両手で包まれる。
「あぁ、本当にモチモチだぁ♪」
「ぅあぁうあぁ……」
ボディータッチは控えていただきたい。 てかこの人、手冷た!?
「ぁぁ~あったかぁい♪」
私で暖を取らないで!
この人、上司や尊敬する人の前ではオドオドして、下の子には積極的なタイプだな!?
てかあんまり騒がないで、起きちゃうでしょ!
シスターちゃんが制服の裾を引く。
「あのっ、静かにお願いします。 フローラちゃんせっかく寝てるんですから」
「あぁっ! ごめんなさい!」
ぁぁもう、1番大きい声出てるし。
幸い、フローラちゃんは深く寝入っていたらしく、起きる気配はなかった。
村長さん、こいつどっか連れてって。
「そういえばクラスプくんよ、帰ってきたもんへのタオルや夜食の準備はしたか?」
「はっ! ……ごめんなさいすぐ用意しますぅぅぅ~~~!!!」
廊下に走り去る丸メガネさんに村長さんが慌てて呼びかける。
「聞いただけだから! まだ指示しとらんから~!!」
静かにしろっての!!
見兼ねたフローラ兄が補助に行ってくれたけど……笑いの絶えない職場ですね。
で、暇なのでここからは予習タイム。
こっちのゴブリンって私のイメージと合ってた?
((えっとね、違う所だけ言うよ?
まず、『妖精』じゃなくて『魔獣』に分類されてるね。 魔獣化したネズミが生き残って突然変異を繰り返した姿がゴブリンだって言われているわ。
見た目は……ほぼ前世のソレの通りかな))
マジか。 ネズミなら繁殖力が高いのも頷ける。
イメージ通りの姿だとすると、ハダカデバネズミの進化系なのかな?
てことは武器の毒って黒死病のぺスト菌?
((ちなみに『魔物』と『魔獣』は別だよ。
『魔物』は、私みたいな人型の魔を指すの。 で、『魔獣』は獣が魔獣化した魔を指す。
どっちも人族目線での分類だけど、魔国ではもっと細分化しているから、それはいつか話すとして。
今回の問題は、ゴブリンの進化系がどれくらい居るかね))
進化系? こっちの魔獣はレベル進化するのか?
Bボタン連打しないと……
((そういう進化じゃないから。
『ホブ・ゴブリン』って呼ばれる、手に入れた冒険者の武器を使いこなして長く生きたゴブリンでね、ソルジャー(兵士)やホプリテス(重装歩兵)ならまだしも、レアなアーチャー(弓使い)やメイジ(魔法使い)なんてのまでいたら、村1つだけじゃ対抗しきれないわ))
うっわウザ! ゴキも進化したらそうなるのだろうか……
((まぁ、無いとは思うけど。 冒険者が消息不明になるような森付近に、のどかな村が無事でいるとは考えづらいし))
(だよね。 脅かさないでよ……)
((でも、最悪の事態を想定しておかないと、そうなった時に対処が遅れちゃうでしょ? 混乱は命取りよ))
(だね)
肝に命じておく。
(ちなみに元魔王軍幹部として、この村の対応はどう評価する?)
少し考えて……答えが返ってきた。
((良いと思うけれど、しいて付け加えるなら村民を避難させてほしかったかな。 大きめの施設があれば、なお嬉しかったんだけどね))
1ヶ所に集めたら危なくない? 建物を崩壊させるなり火を放つなりすれば一網打尽じゃん。
((そうそう崩壊なんてさせられないし、火を使えるゴブリンの方が稀だから大抵なんとかなるわ))
え? 火を使えるゴブリンって少ないの?
((洞窟住まいが多いから))
あぁ……窒息死するのね。
初見殺し(自滅)とか笑えない。
となると、夜目が怖いな。 連中には深夜が昼間並みに明るい可能性もある。
(そもそも夜行性?)
((そうね。 だから村なんかを攻める場合、日の出前の被害が1番多いって聞くわ))
深夜でも一番辛い時間じゃん……。 よりにもよってこんな寒い時季に来やがって。
ゴブリンも凍傷になってろ!
((さすがに様子見はしないで、洞窟待機なんじゃないかな?))
クソッ! ……私達に何か出来ることって無いのかなぁ?
((残念だけど、私達に出来るのは人質にならないよう息を潜めて隠れる事だけよ。 スマホサイズの結晶板1枚じゃ、自分も守れないわ))
(そうなんだよなぁ)
成長はしてるけど?技術と魔力量が増えただけで、まだ何の役にも立てそうにない。
掌にスマホサイズの結界を作り出した所で、防ぎきる筋力がなければ押し切られるだけだ。
投げたところで、「で?」で終わり。 ファ○ネルならワンチャンあるのに。
最近の転生物でチートが蔓延してるのは、単につまらないからだと実感出来る。 本当に何1つとして、手も足も出せない。
((エメルナちゃんが不安になるのは、皆の実力を知らないからね。 私もそうだから、気持ちは凄く分かるわ))
(うん……)
((でも、私の見立てが正しければ、お母さんが注文したって言う槍と大盾は、ゴブリンに効果的だから安心して。 特に雷の魔法付与なんて、よく揃えられたものよ。 お婆ちゃんが作ったのかしら))
(ゴブリンって雷が4倍弱点なの?)
お姉ちゃんに((ゲーム脳だなぁ……))って笑われた。
((そうじゃなくてね、刺された傷口にスタンガンを改造出力で押し当てられたら、痛いで済むかしら?))
あっ、楽勝だわ。
お姉ちゃんが呆れ顔で失笑する。
((そこまで簡単じゃないけれど、最低でも3人も魔法使いがいるくらいなんだから、私達が無理してでしゃばる戦場は無いわ))
うん……そうだよね。
あの強者感しかないお婆ちゃんがゴブリンに劣るとは思えないし、そんなお婆ちゃんに鍛えられたエレオノールさんが弱い筈がない。 お母さんの実力は未知数だけど、エレオノールさんの言葉通りなら充分強い筈だ。
心配ない。
それにしても、逆にこちらから巣を叩けないものだろうか。
((どうだろうねぇ。 穴を掘ったり、廃墟に住み着く群れもいるし。 そんな時間はもう無いと思うなぁ))
でも、早くても3日後に来るのなら、それまでに人海戦術で。
((え? 何で3日後?))
(え?)
だってさっき言ってたよね誰か。
((遅くても、だよ。 早ければい――))
ッバン!!
窓の外、畜産地区から爆音が轟いた。
「もう来たのか!?」
村長さんが窓に駆け寄る。
私からの角度では星空しか見えないが、村長さんの目は確かにその姿を捉えた。
「大群で来よったか!」
なるべくリアルな異世界生活




