エメルナちゃんの成長記録7
前回のあらすじ。
シスターだって人間だもの。
「ごめんねぇ、皆。 それとありがとぅ」
レムリアさんが復活した。
夕方まで寝ていた甲斐あって、明日の朝には出発できそうらしい。 それは良かった。
早く帰ってあげないと心配する人達がいるからね。
「お酒に弱いのは分かっているんですが……飲み始めるとつい飲み過ぎちゃって」
(あぁ、完全にストレス発散型だわ。 教会では飲ませられないな)
後から来たシスターちゃんが、呆れた様子で隣に立つ。
「レムリアさん、先月の私みたいなこと言ってますよ?」
「あぅ……ごめんなさい。 対策を考えて、次からは気を付けます」
どっちが保護者か分からないな。
・ ・ ・
日が沈む頃、お父さんが帰ってこない。
いつもより遅いなぁ。 電話もスマホも無いから連絡がとれないんだよね。
そもそも何の仕事してるんだろ……いつも日が沈む前には帰ってくるから、ブラック企業ではない筈だけど。
「お夕飯の片付けもありますし、私達は帰りますね」
エレオノールさんが立ち上がる。 続いてお母さんも立ち上がった。
「ごめんねぇ、遅くまで付き合わせちゃって。 送るわ」
「大丈夫ですよ、転んだりなんてしませんから」
窓を見る。 確かに吹雪いてはいないから視界は良い、慣れている人はそうそう転ばないだろう。 しかしフローラちゃんを抱えて帰る訳で。
「駄ぁ目、危険なんていくらでもあるんだから。 それに、久しぶりに職場に顔出そうかなって思ってね」
「あぁ……分かりました。 じゃぁエメルナちゃんは?」
行く!
「レムリアさん、お願いできます?」
「もちろんです。 子供のお世話は経験がありますので、任せてください」
えっ!? ちょっ待って!
職場に子供を見せに行く流れじゃなかったの!
あぁ、防寒着を着せられたフローラちゃんが抱えられた。 お母さんも防寒着いつの間に着たの!
ヤバい、置いていかれる。 シスターしかいない密室に残されちゃう!
お母さんとエレオノールさんが玄関に行ってしまった。
レムリアさんが私に手を伸ばす。
「さぁ、エメルナちゃ……」
「ぴぃぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~!!!!!!」
「物凄いビブラートでしたね」
シスターちゃんの一言に、収まりかけていた2人がまた吹き出した。
「びっくりしたよ! あんな号泣そうそうしないからさぁ!」
皆、喋る時も笑いを堪えきれていない。
他に手段が無かったとはいえ、ちょっと恥ずかしくなる。 顔が熱いのはモコモコの防寒着のせいだけではない。
白い息が蒸したての肉まんみたいに広がる寒さの月下、お母さん達は薄っすらと雪化粧された足下と重心に気を付けながら、人気の無い夜道を歩いていた。
この世界の人達は大抵、どの季節でも夕方には帰り、暗くなると眠るらしい。 一部例外もあるが。
布団に入る時間には個人差があっても、大抵の庶民は夜更かしなんてする意味がないからね。 TVやネット環境も無いし。
ここまで暗いと、今はもう皆、家の中なのだろう。
にしても、エレオノールさんがこんなにツボっている顔なんて、初めて見たかも。
「エメルナちゃんにも、あんなに泣き腫らすことがあるんですね。 すごく大人しいお姉ちゃんだなっていつも感心していましたけれど、やっぱり赤ちゃんなんですね」
「そうねぇ。 赤ちゃんらしくなくて不安になる事もあったけど、そんなの全部吹き飛んじゃたかも」
え、そうなの?
シスターちゃんが「へぇ、以前から変わった子なんですねぇ」と興味を持つ。
「……そういえば午前中、積み木の時にフローラちゃんばっかり見てて忘れてしまってたんですが、泣きも遊びもしないので、偶然振り向くまで全然気が付きませんでした」
「そうそう。 この子、静かすぎて好奇心が無いのかなぁって不安になっちゃうのよ。 1人でいる時も泣いたりしないから、寂しくないのかなって考えちゃうと、私の方が寂しくなってきたりしてね」
そうだったんだ……お姉ちゃんといつも一緒だから気が付かなかった。
誰にも迷惑かけたくないってずっと気にしてたけど、それが逆効果になってるとは思わなかったよ。
((結局、ほどほどが1番なんだね))
(……だねぇ)
せっかく生まれ変わったんだから、甘えも我が儘も、今のうちに飽きるくらい楽しまなきゃ勿体ない……かな。
お母さんが、抱えている私に微笑む。
「だから、さっきのはちょっと嬉しかったかな」
「ですね。 実は私も、さっきのはちょっと嬉しかったんです。 あのレムリアさんが嫌われる所なんて、初めて見ましたよ」
今はもう「嫌い」ってより、「苦手」だけどね。 シスターさんに抱っこなんてされたら、お姉ちゃんのこと知られそうだもん。
にしても、あれは酷かった……
「なっ……何でぇ!?」
「酒臭かったとかでしょうか?」
「まだ抱っこもしていないのに!?」
「息が」
「えぇ!?」
「仕方ないなぁ、連れてってあげるから。 ほら大丈夫、大丈夫」
「うぅ。 すみません……子守りすらまともに出来なくて」
「いいのいいの。 明日帰るんだから、今のうちに身支度でも済ませておいて」
「そうさせていただきます……チャルちゃん」
「すみません、2人とも行っちゃうのなら、私も付いて行って良いですか?」
「チャルちゃん!?」
「自分の身支度は、昨日のうちに済ませてしまいましたから。 もうちょっと2人と一緒にいたいんです」
「ぅっ……そ、それなら私も一緒に」
「私はいいですけれど……」
「えぇっと……言いづらいんだけど、ルースが行き違いで帰ってきたらのために、誰かに留守番しててほしいのよねぇ……」
「…………ぁぅ」
こうして、レムリアさんは1人で留守番する羽目になった。
うん、なんかごめん。
「涙目で見送るレムリアさんが可愛かったです♪」
「だね♪ ぁははははっ!」
そして3人とも、また笑いが込み上げる。
必死に堪えてるのは私だけらしい。
「シエルナさん、エレオノールさん、ありがとうございました」
一区切り落ち着いたところで、唐突にシスターちゃんがそう切り出した。
シスターちゃんが何で付いて来たがったのか、察した。
「どういたしまして。 でも、したことといったら保護者酔い潰して出発を遅れさせちゃったばかりか、介抱のために子供2人も押し付けちゃったくらいで、先にお礼を言いたかったのはこっちなんだけどね」
「レムリアさんの色んな表情を見れたんですから、私はそれだけで満足です」
ほんの一拍、足音だけの静寂が流れる。
「あの子やっぱり、無理してる?」
「……無理かどうかは私には分かりません。 私はレムリアさんの優しい顔しか知りませんでしたから」
「そっかぁ……シスターって大変ね」
「ですね、知っていたら憧れませんでした」
「良いのぉ? シスターがそんなこと言っちゃって」
イタズラっぽく聞くお母さんに、シスターちゃんが背筋をピンと伸ばす。
「私はまだまだ幼い見習いです、未熟ゆえ自覚のない失言をしてしまうかも知れません」
「誰の真似?」
「お酒のお礼に、客室を大掃除していそうなお留守番さんの名言です」
「してそう!」
あはははは! と、また3人分の笑いと白い息が広がった。
村長さん宅を通りすぎて少し歩き、村長さん宅より一回り大きな建物に入っていく。
ここは?
今まで来たことのない建物だ。
中は体育館並みの広さで、左に受付カウンター、右は漫画喫茶みたいに仕切られている。 その中は見えないが、誰もいないのは無音で分かった。
けど証明は点いてるし、室温も暖かいままだ。
防寒着を脱いで片腕に掛ける3人。
「ここは?」
シスターちゃんがお母さんを見上げる。 そんなシスターちゃんは現在、お古の上下で普通の女の子にしか見えない。
防寒着を脱がした私を抱えながら、お母さんが答える。
「商業ギルドよ。 と言っても末端だから、村内の商い関係と、村に来た商人さんへの対応、冒険者やハンターが採ってきた素材の買い取り・販売くらいしか、権限が無いんだけれどね」
へぇ、お母さんとお父さん、商業ギルドの職員だったのかな。 公務員の両親とか、収入が安定してて最高じゃないか!
もしかして私ん家って、庶民の平均より少しだけ裕福だった?
「それにしては……誰もいませんね」
「大きな街のギルドとは違って日没には閉まるから、この時間まで開いてる方が変よ。 どうかしたのかな……」
寒いから普通に入ってたけど、本来なら鍵が掛かっている時間なのだろうか。
早足で迷わず先行し、バックルームへの扉を開けて進むお母さん。 いくつかの扉を素通りして【休憩室】と書かれた扉をノックする。
「シエルナです、誰かいますか?」
「シエッ……!? どうぞ!」
慌てる女性の返答に、ドアノブを掴んでガチャっと開ける。
「ルースはいる?」
「シエルナ! ……だけじゃないのか」
中にはお父さんどころか、制服を着た数人の職員と、村長さん一家まで揃っていた。
エレオノールさんが驚く。
「あれ? お義母さんまでここに?」
「おぉ、丁度良かった。 夕飯はここで食べたから洗い物は無いよ」
「あっ、はい」
緊張感無いなぁ、何してたかは知らないけど。
と、丸メガネの若い女性職員がお母さんの横に来た。 なんだか興奮した様子。
「シエルナさんお久しぶりです!」
「久しぶり、変わらず元気そうで安心したよ」
「な……何とか。 あのっ、それでっ、この子がエメルナちゃんですか?」
忙しないな……メガネだけどドジっ娘な気配がする。 頻繁に転んでメガネ割ってそう。
こんな人にだけは抱っこされたくない……
「で、何があったの? こんな所に集まっちゃって」
「それが……」
「ワシが説明する」
丸メガネさんが言い淀んでいると、村長さんが説明してくれた。
「ゴブリンの足跡が、柵の外で見つかった」
「ゴブリン!?」
シスターちゃんが顔を青ざめる。
「こんな時季にまで……それで、数は?」
対してお母さんは冷静だ。
「正確には分からんが、複数見付かっている。 恐らく食料が尽きたのだろうて」
食料が尽きた?
多分、冬の間は洞窟などに籠って越冬する生態なのかも。
室内の緊張感が高まる。 お母さんが入室した時の空気だ。
「場所は農耕地区。 建物が少なく人も少ない夜なら、上手く対処すれば被害を最小限に抑える事も出来る。 が、今この村には冒険者がおらん」
えぇ……1人も?
1人いたからって何だって話しだけどさ。
「この1年の間にどれだけ増えているかも分からんからな……最悪なのは、巣の全戦力が使われる事態じゃ。 来るのは遅くても3日~5日後以内だろうて。 それまでに、こちらも戦力を整えねばならん」
これは……前世も含めて人生最大の危機かもしれない。
だってこんなの普通に戦争じゃん。 18年間どこで育ったと思ってるんだ。
ファンタジーっぽいだなんて喜べない。 チートな魔法だって持ってない。 そもそも、歩けもしない私に何が出来る?
足手まといでしかない。
「という訳じゃからシエルナさんよ、頼めるか」
村長さんの発言に私は首を傾げる。 お母さんなら、この短時間で冒険者を集める伝を持っていると?
見上げると、お母さんは私を見下ろしてから、村長さんに力強く頷いた。
「もちろんです。 娘に良いとこを見せてあげたかったところですから!」
急展開




