エメルナちゃんの成長記録6
前回のあらすじ。
お父さん以外美女ばっか(酒臭い)
朝食時。
「あだまいだぁ~ぃ……」
レムリアさんが2日酔いでダウンした。
力無くテーブルに突っ伏し、イヤホンじゃないと聞き取れない声で、死んだ魚の目と青い顔をしている。
鰯かな?
昨晩は浴びるように飲んでたからなぁ。 ボトルの半分くらい飲んでたんじゃない?
お母さん、お父さん、エレオノールさんは無事だった。 そもそもが鬱憤の溜まっていそうなレムリアさんを皆で労う目的だったんだろうね。
ちなみにエレオノールさんはレムリアさんが酔い潰れた後に帰ったらしい。 お父さんが送ったんだって。
「おはようございます……」
パジャマ(ピンク)姿のシスターちゃんが起きてきた。 厚手の生地だから毛布を着ているみたいになっている。
にしても、元気がない。
共にお茶を飲んでいたから2日酔いではないんだけれどね。 あんな姿を見せられたら……
テーブルから少し離れたところで、フローラちゃんと交換した海のパズルとにらめっこしている私の隣に座るシスターちゃん。
「おはよう。 へぇ……パズルなんて持ってるんだ」
昨日のショックを引き摺っているようで、声が暗い。
うぅ~……喋れないとはいえ、こういう時どうすれば良いのか分からない。 死んでもコミュ障は治らないようだ。
「正直、少し安心したの」
え?
悟られないよう手は止めないものの、ついその顔を見上げてしまった。
合ったシスターちゃんの目は、冗談を言っているようには見えなくて。
シスターちゃんの独白は続く。
「私ね、教会に捨てられていたらしいの。 そんな私を拾って育ててくれたのが、レムリアさんだったのよ。
あの人、すごく優しくてね。
教会じゃ皆に頼られて。 仕事で忙しいのに、個児院の子供達とも仲良くしてくれて。 勉強も教えてくれるし、悪いことしたらちゃんと叱ってくれる、頑張った子は褒めてくれる、皆に優しい人なの。
でもね、そんな優しいだけの人なんているわけないじゃない。
なのにレムリアさんは、ずっと優しいの。
私と2人きりの時も、ずっと。
教会ってね、いろんな人達が来るの。 信者さんや住民、冒険者、観光客ならいい方でね。 商売を持ちかけてくるうるさい商人とか、お祈りもしないでシスターに愚痴ばっかり言ってる人、私達子供をバカにするために来てる貴族、毎日物乞いに来るスラムの人…………
いろんな人達を見てきたから知ってる、ただ優しいだけの人なんていないって。
皆疲れてるんだもん。 頑張ってるけど、裏では皆疲れてる。
でもレムリアさんだけはずっと同じなの。 ずっと……優しいの。
だから心配だった。 いつか壊れちゃうんじゃないかって、不安だった。
でもね、昨日のを見れて安心したの。 あの人にもこんな場所があったんだなって。
私じゃなかったのは……ちょっと哀しいけど、でも、すごく安心した。
あんたのお父さんとお母さん、良い人だね」
にっこり微笑むシスターちゃん。
キラキラしてて目が離せない。
なにこの天使。 お母さん、お父さん、ここに天使がいらっしゃるぞ!
こんな天使に褒められただなんて、私の両親はなんて凄い人達なんだ。
それにひきかえ私って奴は! ごめんなさい! 何しに来たとか言ってごめんなさい!!
こんな聖人ばっかりの聖域に異物が紛れ込んでてホントごめんなさい!!
「もちろんエレオノールさんもだけど。
でね、エメルナちゃんにお願いがあるの」
私なんぞに出来る事なら何でもさせて頂きますとも!
シスターちゃんが、ピースを持つ私の両手を握る。
「エメルナちゃん、私のシエルナさんになって」
お前がママになるんだよ!?
違う違う! 愚痴相手になってって意味だよね!?
「私もさ、レムリアさんの顔に泥を塗りたくないから、2人きりの時以外は我慢してるんだよねぇ。 だからたまに、ここに来させてほしいなって」
なぁんだ、そんな今更なこと。
その程度、お安い御用ですとも!
「あいっ!」
「っ!? ……っはは! 聞いたからね、後でやっぱ無しなんて言わせないんだから!」
吹っ切れたようで、ニカッっと爽やかな笑顔が可愛い。
望むところですよ!
「チャルちゃん……何の話しをしているんですかぁ?」
この日、レムリアさんの顔色を心配した両親の提案により、2人の帰りは翌日へ延期となった。
*
エレオノールさんとフローラちゃんが遊びに来た。
「あらら……布団で寝てた方が良いんじゃないですか?」
「………………うごけません」
何でこんな人に飲ませたかな。
こういうの見てると、将来酒なんて飲めなくても良いんじゃないかと思えてくる。 後2年って歳でリセットされたけど、微塵も残念なんて思わなかったし。
フローラちゃんが来たので、お母さんが積み木を持ってきてくれた。
すると折角だからと、シスターちゃんが私達のお守りを買って出てくれた。
レムリアさんは、お母さんとエレオノールさんが客室の布団へと移動させ、介抱するらしい。 結局、朝食は1口も食べれなかったな。
「じゃあ、積み木で何を作るの?」
これは、またクイズになりそうかな。
「つーきー」
フローラちゃんが三角を持ってシスターちゃんを見上げる。
「つみき、ね。 それは三角形の積み木」
「ぁん……け?」
「さんかく」
「ぁんかく!」
……遊ばないの?
なんか言葉の勉強が始まっちゃったけど、私も参加した方が良いのだろうか。
フローラちゃんはまだ、日本で言うところの五十音をマスターしていない。 好奇心の強いフローラちゃんでも、家庭教師と毎晩夢の中にいる私には敵わなかった。
とはいえ、半分ほどはもう覚えたらしく、喃語のバリエーションも増えている。 単語を正しく言える日も近いだろうね。
「こっちの積み木は、四角、ね」
「ぃいかく?」
「し」
「い!」
さ行が言えない県民みたいだ……
フローラちゃんが苦手としているのは五十音順でいうところの、さ行・な行・や行と少し。
舌の使い方を教えるのに苦戦しているらしい。
で、私の掴んでいる球体はどうしてあげれば良いのかな?
シスターちゃんが私の球体を指差す。
「これは、丸」
「まる!」
「おぉ! よしよし♪」
「んんっ!♪」
頭を撫でられて嬉しそうに笑む天使。
あっ、眩しぃっ!
ここにも聖域が展開された!
誰か、カメラ持ってきて! この瞬間を永久保存して!
((まっかせなさぁ~い!♪))
さすお姉!
いつか記憶を現実で現像してやる!
シスターちゃんが次の積み木を取る。
「こっちは…………円柱!」
柱で良いと思うぞ?
「えんちゆー」
「えんちゅう」
「えんちうー」
可愛いぃ! ずっと見てられる!
でも、実は1つだけ不安がある。
シスターちゃんが構ってくれない件について。
さっきお母さんみたいな親友になってって言ってたよね? 無かったことにしてやろうか。
コミュ障属性はな、相手から話し掛けてくれないと輪に入れないBADステータスなんだぞ。 私の場合、「邪魔になるかも」「嫌われたくない」って恐怖が先行しちゃってて質が悪い。
でも眼福だから、傍観してたい自分もいて困ってます。
あぁ~、仲間入りしたい。 でも邪魔したくない。
…………よし、気配を断とう。
背景に徹するのだ。 モブ人生18年の経験を生かせ。
「こっちが三角柱ね」
「はん……かく……ちうぅ?」
「うん、もう良いやそれで」
アカンて!
「で、こっちが四角柱で、これが板ね」
雑になったな、おいシスター。
諦めたね?
私達だけだからって、さっそく素を出してきたぞこの尼。
「しーちぅいた!」
「そう。 じゃあ遊ぼうね」
強引に軌道修正したな。
結局、積み木は数分で飽きられ、フローラ父の真似っこ体操で盛り上がっていた。
「えんちうー!」
「ぇっ? えっとぉ!? 円柱! ……ってこれ四角柱だよ!」
下手に教えるからだよ。
次に、フローラちゃんが上体を捻ると、シスターちゃんも上体を捻った。
私と目が会う。
「ぅぁあああぁ!! ごめんエメルナちゃん、忘れてた!」
ええんやでぇ。
昼。
「ぉはょぅござぃますぅ……」
昼食時、症状の軽くなりつつあるレムリアさんが食卓に着く。
1人だけ重力が違うみたいに頭が重そう。 髪も艶が無くボサボサだ。
それでも、言葉は聞き取れるくらいにはなっていて。
「ごめんね、チャルちゃん……明日には良くなると思ぅからぁ」
「気にしないで、休んでてよ。 私ももうちょっとここに居たいし」
「…………ぁりがとねぇ」
微笑む姿が弱々しい。 守ってあげたくなる人だなぁ。
お母さんが軽食を運んでくる。 種を取った梅干しを乗せた白いお粥と、水のコップ。
「ハチミツとヨーグルトも2日酔いに良いんですよ」
後からエレオノールさんが小鉢に入ったヨーグルトのハチミツ掛けを持ってきた。
「ありがとぅ…………いただきます」
ゆっくり咀嚼していく。
徹夜明けの社畜みたいな顔してるな。
遅れて私達もおにぎりと野菜スープを食べた。 魚介系の味噌汁飲みてぇ!
ごちそうさまして客室に戻るレムリアさん。 1人で行けるようになるまでは回復しているようで良かった。
酒弱すぎだろ……
シスターって酒類すら飲めない生活環境なのかな。 ここと前世を同じにしちゃ駄目なんだけど。
日本の神社仏閣ならお神酒で晩酌してるイメージだ。 言ったら怒られそうだから口にしないけど。
本当はどうなんだろ……気になる。
あぁ~駄目だ、気になってイライラしてきた!
((教会の生活は私も知らないから、どうにもできないかなぁ。 そんな前世の記憶も見つからないし))
(うぅ……)
にわか知識をこんなに恨む日が来ようとは。 今世では改めよう。
それはそうと、午後からは歌の授業になった。
シスターちゃんが、練習中の聖歌を披露してくれたのだ。
透き通ったソプラノ。 まさに天使の歌声で賛美歌が紡がれる。
そんな伴奏やハーモニーすら雑音になりかねない繊細な空間で、隣からかわいらしい鼻歌が聞こえてくる。
フローラちゃんだ。 リズムも音程も拙いけど、こちらも天使なので問題ない。
むしろ心から楽しんでる様子に、私もお母さんもエレオノールさんも癒されている。
そういえば、お姉ちゃんは聖歌でダメージを受けたりはしないの?
って、聞くまでもなく和んでいらっしゃるけど。
((言っておくけど、声に魔力を乗せて相手の魔力操作を阻害したり、内包魔力を乱す聖歌だってあるんだよ。 幽霊なんかは肉体の無い魂だけの存在だから、魔力を乱されただけで無力化出来ちゃうし、魔力を溜め込み過ぎた欲張りな霊なら、暴走させて自爆させられたりもしちゃうの))
(怖っ!?)
音波振動で暴走・爆発させるイメージか!
((制御する力も無いのに魔力を過剰摂取した悪霊なんかには効果抜群だね))
暴食の罪を償わされるわけね。
やっぱ教会は危険だ。 いくら無害で私の大切なお姉ちゃんだからって、元魔王軍幹部である以上疑いの目は避けられない。
そもそもサキュバスって時点で心象がマイナスなのに……万が一、聖歌が七つの大罪全てに対応していたら、歌を聞くだけで即死してしまう。
((……色欲を自爆させる聖歌ってなに?))
(知らないけど……キュン死にさせる恐ろしい聖歌隊がいるかも知れないじゃないか!)
音を遮断する結界作ろうかな……
レムリアさんとシスターちゃんとは仲良くしていきたいけど、お姉ちゃんのことは絶対に秘匿しよう。
丁度サビっぽい盛り上がりのタイミングで、私は1人、そんな決意を固めたのだった。
聞き逃した!!
小説内の時間に合わせた投稿をしてみたい




