第09話 真実
「うあぁぁぁ!マーガレットォオー!」
ニーニャを迎えに行くと、彼女は号泣しながら飛びついてきた。私がいた部屋でいまだ閉じ込められていた彼女だが、一緒にいたカルヴィンの顔や手足には無数のひっかき傷がついていた。多分、ニーニャが暴れていたのだろう。
「ひどいのだ、何もしないと言っているのにずっと暴れまわっていたのだ!」
カルヴィンは半泣き状態だった。うーん、どちらにもスマナイことをした。
一通り落ち着くまで待ち、私たちはプライディアを出られることを伝えた。それに対しての2人の反応は真逆だった。
「良かった、帰れるのね!」
ニーニャはほっとしたように笑い、カルヴィンは固い表情を浮かべる。用意を整えたら一度竜王の元へと来るようにと言われていたのだが、私たちの荷物と言えば返却された私の物くらいなので時間はかからなかった。
竜王の元へと私たちを案内してくれるのはイザベルだった。彼女は私と目を合わせず、暗い表情だった。そういえば、彼女はどうしていたんだろうか。ローレン・ハリントンの様子を見に行っていたはずだが、その表情から見るにあまりよろしい状況ではなかったのかもしれない。
イザベルと話はできないまま、連れられてきたのは謁見の間であった。そこは広いホールのようなところで、奥にどっしりと腰掛ける竜王がいた。
「準備は整ったか、マーガレットよ」
「ええ。それじゃ、『強欲の指輪』について知ってることを教えてくれる?」
「そんなもの、私に聞かなくともお前さんに渡した『傲慢の書』を見ればすぐにでもわかるだろう」
私はナイトに渡されたという秘め事について竜王へと問う。まさかナイトがそんな秘め事を使うなんて信じられないけれど、もし万が一そんなことが起きているならば状況を事前に知っておきたい。
「秘め事を使うつもりはないわ。これはもうすぐにでも処分するつもりだし」
「まぁ、良いさ。あの魔女が自慢げに言っていた。秘め事の主として人王よりも良い持ち手を見つけたと。あの少年に、『強欲の指輪』はピッタリの代物だとな」
「…竜王って、魔女とはどんな繋がりがあるの?何だか親しいみたいだけど」
「まさか。アレを皆恐れすぎているのだ。恐れるべきはアレではなく、誰かが秘め事を持ち使うことだ」
竜王は魔女が怖くないのか。今まで、どの種族の話を聞いても魔女ってとんでもない奴だって意見ばかりだったけれど、竜王にとっては違うらしい。しかし竜王は魔女については深く話す気がないらしく、話を元に戻した。
「『強欲の指輪』は、所有する者の一番の願いを1つだけ叶えてくれる指輪だ。元々、寿命も長くない人族の王は世代交代ごとに各王の願いをその指輪に叶えさせていたのだ」
「それって、ちょっとズルくない?願ったことが叶うなんて、他に比べて厄介な気がするけど」
「そうだな。人王は代替わりごとに色々な願いをしていた。ある人王は業火にも焼かれぬ鎧を揃え、ある人王は莫大な富を国へともたらし、ある人王は流行り病への特効薬を生み出した…そうやって、その代で必要なものを人王は指輪に願ってきたのだ」
そんな、他の秘め事に比べてちょっと特別な感じがするんだけど。そりゃ一回しか願えないとしても、世代交代したら次の人王は違う願い事ができるんでしょう?私がイザークを見てみると、彼も眉根を寄せ難しい表情をしていた。
「マーガレット、お前さんの幼馴染は何を願ったと思う?彼の一番の願いとは?」
「一番の願い…?」
それが、元の世界に戻ることではないってことだけは、ハッキリ理解した。ナイトは、それよりも望むことがあるのだ。
「お前さんの幼馴染は魔王となるための、誰にも負けぬ力を求めたのだ。魔女はそれはそれは喜んでいた。世界は混乱に陥るだろうと」
「魔女は一体、何を考えているの?」
「魔女の願いも一つだけだ。アレは秘め事が活用されることを望んでいる」
ナイトが誰にも負けない力を求めた?何なんだそれは。
「ナイトは…友達がいなくて、妄想が酷いし、私に助けてってすぐに泣きついてくるような、そんな情けない奴なんだよ!でも、そうだけど…」
私は昔を思い出した。泣きべそかいて、いじめっ子から言われるがままになってしまう私の幼馴染。彼は私に助けを求めるけれど、誰かを傷つけたり悪く言ったり、そういったことは無かった。
「ナイトは、すごく優しい奴なんだ。だから、力がほしいとか、そんな願いするはずない」
誰かを傷つけるようなモノを求めたりするなんて考えられない。そうやってナイトを信じる私に、イザークが思い出したように提案した。
「マーガレット、荷物に『貝合わせ』はあるか?」
「え…?あ、そうか!」
忘れてた!私は荷物を探り、目当ての物を出す。そうだ、これがあったんだ!
「何よ、それ…?」
ニーニャが不思議そうに覗き込んでくる。貝合わせ、それは対となる貝を持つ持ち主と話ができる便利な『魔法道具』だ。今、これの対を持っているのはナイトなのだ。
「これで、ナイトと連絡が取れるのよ」
私はこれで解決だとばかりに、コツコツと貝をノックした。貝殻はフルリと震え、その振動を大きくしていき、やがて口を開いた。そこからは懐かしい声が聞こえてくる。
『マーガレットか?』
何だかそんなに経っていないはずなのに、随分と長く聞いていなかった気がする。私は『貝合わせ』に飛びつき話しかけた。
「ナイト!良かった、連絡が取れて。あのね、騒ぎになってるから知ってると思うけど、大変なのよ!ねぇ、今ナイトはラースラッドにいるのよね?魔女が色んな国を渡り歩いて、ナイトが魔王になったとか言い触らしてるみたいなのよ!」
私は何故だかナイトの声を一言聞いただけなのに、胸がザワザワして落ち着かなかった。そんなつもりなかったのに口から勝手に言葉が飛び出していく。
「しかも竜王が、あ、今、私はプライディアにいるんだけど、でも安心して、別に捕まってはないしもうこの国は出るから。それでね、竜王が今ナイトは魔女から秘め事を受け取ったって言うのよ。そんなことなんて…」
何だかいつもと違う。しっくりこない。どちらかと言えば、ナイトが騒いで私が諌めるのがいつものやり取りなのに、私ばっかり話してナイトは一言も言葉を発しない。そんな違和感が私をどんどん焦らせて、私はそっと窺うように問いかけた。
「そんなことなんて、ないよね?」
『うるさいぞ小娘。我が主君に対して、口の利き方に気をつけろ』
返ってきたのは私の期待したナイトのものではなかった。さっきは確かにナイトだったのに。
「ブルクハルト?」
『もうこの方は貴様がそのように気安く話しかけられるような存在ではないのだよ』
「ちょっと、あんたに話してない。ナイトは?ナイトを出してよ」
私が怒りも抑えられずブルクハルトに文句を言うと、ブルクハルトは鼻で笑って答えた。
『貴様の質問には私が答えよう。我が主君が君臨された。ナイト・ウル・ダークネス様は第16代魔王様として戴冠されたのだ。そして、世界を滅亡へと導く魔女の秘め事を今、我が主君は手元に収めていらっしゃる』