第06話 約束の時間
何もできないままその日を迎えてしまった…
私は朝起きて、焦りを感じずにはいられなかった。今日はイザークが迎えに来てくれる日だが、私は正午までに一人きりにならなくてはいけない。何の対策も思い付いていなかった。
「おはようございます」
相変わらずイザベルは私を起こし朝食を運んできてくれる。私は試しに彼女に提案してみる。
「ねぇイザベル、今日はローレン・ハリントンが竜王と会う日よね。心配だから貴女も行ってきたら?」
「戦士たちが近くに待機しておりますので問題ありません」
イザベルは通常通りの反応だった。困った、時間もないのにどうしたらいいのか。もう計画は一旦中止にしてほしいが如何せん連絡の手段がない。
「私が一人になるのがダメなんだったら、私も一緒に行くから様子を覗きに行きましょうよ」
「そのようなことを言っても、部屋からは出しませんよ」
「イザベルは心配じゃないの?Aランク冒険者が来てるのよ。Aランクって、すごい強いのよ?」
「我が竜王様直属の戦士は更に強いのです」
うーん、不安を煽る方向で話を進めても効かないようだ。それでは違う方向で攻めてみるか。
「竜王から、決して見に来るなとか忠告でも受けたの?」
「いえ、そんなことは…」
「イザベルが来ちゃいけないのに来る未来だったら、きっと竜王は先に釘を刺してるはずだよ。それがないんだったら、きっとイザベルが見に行っても問題ない未来なんだよ」
ムチャクチャな言い分だって分かってはいるが、私は勢いに任せてテキトーに言ってみる。イザベルは訝しげに眉間にシワを寄せた。
「なぜそこまで私を行かせたいのですか」
「だってイザベルは戦士になりたかったんでしょ?独学で鍛練積むくらいに。だったらローレン・ハリントンが何かしでかす時、真っ先に飛び出して止められれば戦士になれるかもしれないしさ」
「…私が戦士に?」
「そうそう、功績を称えられて女性初の戦士に任命されるかも」
苦しい理由だったけれど、多少イザベルの心は動かせたようだ。イザベルは迷い始めていた。
「そのようなこと、許されるはずがありません…」
「やってみなくちゃ分からないじゃない。イザベルも弟たちを見て学んだこと、試してみたくないの?夜中にコソコソ隠れて練習してるだけで満足なの?」
私は畳みかけるように説得した。これ、もしかしていけるんじゃないのって緊張しながらも期待してしまう。
「…」
イザベルはかなり難しい顔をして黙っていた。そこに普段通りにカルヴィンが訪ねてくると、彼女は決心したように宣言した。
「ローレン・ハリントンの様子を見てまいります」
「イザベル殿、一体どうしたのだ?」
突然のことにカルヴィンが驚いているが、私は心の中でガッツポーズだった。彼女の心を動かせたようだ。しかし、そう喜んでもいられなかった。
「カルヴィン様は、本日私が戻るまでこの部屋にどうぞいていただけませんか?」
「それは構わないのだが…」
そんな!それじゃ意味ないじゃない…
「イザベル、私も一緒に行くよ!」
「いえ、マーガレット様をこの部屋から出すことはできません。一体何を狙っていたのか知りませんが、大人しくしていてくださいね」
まあ、見え見えの私の考えをイザベルは一刀両断してくれた。彼女はカルヴィンに頭を下げると部屋から出て行った。
「ローレン・ハリントンを見に行くのか?まぁ、気になるという気持ちは分からないでもないのだ」
「カルヴィンも行って来たら?」
「それがしは別に良いのだ」
うーん、次はカルヴィンを追い出さなきゃいけないのか。カルヴィンはいつもある程度いたら帰っていくのだが、今日はイザベルが帰ってくるまでこの部屋にいるつもりのようだ。一体、今は何時なんだろうか。正午まではどのくらいあるのか?
「そんなにソワソワして、何かあるのか?」
「別に」
私の焦りが伝わってしまっているようで、カルヴィンの警戒心が露わになる。こんなんじゃマズイよ。私の焦りとは関係なく時間は過ぎてしまうのだ。
「カルヴィン!」
「何だ?」
私は精一杯の演技をしてみることにした。カルヴィンの元に駆け寄り、彼の手をそっと取ってみる。
「今まで、失礼な態度を取っちゃってごめんなさい」
「どうしたのだ?」
「なかなか素直になれなかったけど…私、カルヴィンのお嫁さんになる決心をしたの」
うーん、恋愛経験の乏しい私には、恋する少女の表情とかは難しいけれど。何かそれっぽく見えていたら良いな。しかし単純なカルヴィンは私のしおらしい態度に感激したらしく、抱きしめてきた。
「ようやく受け入れてくれたのだな」
「うん。これからよろしくね」
「もちろんなのだ。それがしの全力を持って幸せにするのだ」
きゃー。
なんだか罪悪感で心が苦しくなる。そんな嬉しそうに瞳を潤ませないで。
「それで、お嫁さんになるんだから、2人でお祝いがしたいな」
「もちろん、良いのだ。何か欲しいものでもあるのか?」
「うん。あのね、ジャイアントウルフの牙がほしいの」
カルヴィンはキョトンとした。ジャイアントウルフ…大きな狼の魔物だ。イザベルとの会話で、あの魔物はマグノーリェ大陸に主に生息することを知ったのだ。
「何だってそんなものが?」
「私の故郷では、夫婦になる者はジャイアントウルフの牙でお揃いの首飾りを作るの。それを取ってきてほしいの」
私の発言に「初めて聞く習慣なのだ」とカルヴィンは困惑してみせる。それはそうだ、今私が作った慣習なのだから。私は必死にお願いしてみせる。
「もちろん竜人族に嫁入りするんだから、そちらの文化に馴染もうとは思うのよ?でもその首飾りは小さい頃からの私の憧れなの。旦那さんになる人と一緒につけるのが女の子の憧れなのよ」
「そうは言っても…」
やはり疑惑の視線を送ってくる。体よく追い払われているのではと疑っているのだ。もちろんその通りなのだけれど。
「貴方のお嫁さんになる決心したのよ!そのくらい聞いてくれてもいいじゃない」
「では、近々取りに行くのだ」
「すぐにでも行ってほしいの!今すぐ行って来てよ!」
「やはりおかしいのだ。何だって今なのだ?マーガレット、本当のことを言うのだ」
「何よ、妻を疑う気なの?」
結局言い合いになってしまった。私の即興で考えたシナリオなんてこんなもんだ。困った、追い詰められた私は逆切れの如くカルヴィンに怒鳴るしかない。
「何を企んでいるのだ!」
「企んでません!」
「マーガレット!」
カルヴィンが一際大きく声を上げた時だった。外からカンカンカンカンと、何か鐘を叩くような音が聞こえてきた。カルヴィンはハッとした顔で窓の外に顔を向ける。
「…何?」
「警鐘が鳴らされているのだ」
警鐘?
私も何となく事態が掴めて窓に駆け寄った。太陽は、真上に近い位置に来ていた。
窓から外を見てみても、まだ何もわからない。ただ不安を煽るように警鐘は鳴り響いていた。
「危険が迫っている…ラースラッドの悪魔が来たのだ」
カルヴィンが背後から呟いた。多分これで、私が彼を部屋から追い出したかった理由も察しがついただろう。時間切れだった。プライディアに、イザークが乗り込んできたのだ。




