第34話 襲撃
「イーラを全面的に信用してはいない。でも、貴女だって信用できるとは思ってないわ」
「つれないオリキュレール」
聖女は私の発言に動じることも焦ることもなかった。睨み合うような、探るような時間を過ごしたがそれは突如部屋に入ってきた乱入者により阻まれた。
「ローレン支部長!」
ボーイッシュな受付嬢が慌てたように部屋に突入してきて、そして慌てたように部屋中を見渡す。目的の人物が見当たらず混乱しているようだ。
「ローレン支部長は…?」
「どうしたの?」
問う受付嬢に聖女は問い返す。戸惑う受付嬢に聖女は答えない。狼狽える受付嬢に、繰り返し強くどうしたのかを聞いた。その勢いに圧されたように受付嬢は口を開く。
「何かがエンヴィレナに高速で向かってきています。見張り台からの連絡が入りました」
「きっとイーラよ」
「イーラ!?」
「私が目的ね」
一体何をしに向かっているの?聖女は分かっていると言うように頷いた。
「あの子猿を通して見ていたのよ。私を殺しに来るの」
「物騒な」
「私はお暇するわ。でもそうね、イーラが来るなら冒険者ギルドの支部長がいないのも困りものよね」
聖女は先程固めた黒い球体を床に叩き付けた。固まったはずの球体は再びどろどろに溶けだして、それは暫くすると人のような形を取り始めた。
「今までのローレン・ハリントンよりも強いわ」
それはしかし人のような形といっても黒い液体だった。スライムのような不確かな存在で、かろうじてローレン・ハリントンを形成していたが目も口も何もない。
聖女はローレン・ハリントンのようなものにイーラを撃退せよと命じると、先程の転移魔方陣を出して消えてしまった。自身をどこかに移動させたようだ。
「一体何がどうなっているのか」
ルークスリアが呆然としながら呟く。怒濤の展開についていくことができずにいた。受付嬢も、今のローレン・ハリントンの姿を見てから、能面のように表情を無くし動かなくなっていた。
「とにかくイーラは何しに来るのよ」
「まさか聖女を殺しに来るとは思えないのだ。もしかしたら魔女の秘め事を作り出したのが聖女らしいから、世界に混乱を巻き起こす物を作り出した危険人物として彼女を止めようとしているのかもしれないのだ」
カルヴィンがポジティブな予想をする。果たしてそうなのだろうか、胸騒ぎがする。そして私の胸騒ぎは、イーラがこのエンヴィレナに到着した時には思い過ごしでなかったのだと痛感させられた。
少々のタイムラグの後、ローレン・ハリントンが動き出した。彼女は人の形をとってはいるがやはり身体は液体のようなものなので形を自由自在に変えることができた。例えるなら真っ黒なスライムだ。
彼女は初め、フルフルと身を震わせているだけだったが、何かに気づいたように窓に近づいた。そして窓を開けること無くその隙間から外へと出てしまったのだ。
窓から出たら再びローレン・ハリントンの姿に戻っていた。
「動いたと言うことは、イーラが来たのか」
「とにかく止めに行きましょう」
「あ、あれは本当に支部長なのですか?」
私たちも外へと向かおうとした。しかし、固まっていた受付嬢がやっとの思いで口を開き、私たちを引き止めた。
正直よく分からない。あれは本物のローレン・ハリントンなのだろうか?彼女だったものから形作られたのは確かだが。
私たちが戸惑い誰も答えずにいると、受付嬢は脱兎のごとく駆け出した。どこへ行くのか分からないが、私たちも今はローレン・ハリントンを追わなくては。
外に出てみると、私たちが思っていた以上の惨劇が繰り広げられていた。イーラとローレン・ハリントンが戦っているのだ。エンヴィレナのことは少しも配慮せずに。
イーラが手をかざせば、形を変えて避けたローレン・ハリントンのいた場所は、深い爪痕のように抉れた。間髪いれずにローレン・ハリントンは自身を弾丸のように弾ませイーラの懐へと飛び込み閃光が走る。イーラがいた場所に爆発が起こり、店と店との間を渡す橋が崩落した。
攻撃が当たったかと思ったが、イーラは無傷だった。ローレン・ハリントンが弾かれた先で再び跳ねる。そこは陥没して再度飛び出していく。イーラは無数の炎の槍を出現させ向かってくるローレン・ハリントンに放つ。
そんな戦いが目で追うのも難しいほどの速さで行われていた。彼らが暴れるほどに、竜人族領のプライディアでイザークとローレン・ハリントンが戦っていた時と同じように街が破壊されていく。魚人族領は魚人の街であるので、空城のある地上エリアは一般居住区ではないけれど、施設や観光地など人が集まるエリアでもある。人々は逃げ惑った。
「あれを…それがしらが止めるのか…?」
カルヴィンが引きつった表情で、誰に聞くとでもなく聞く。正直、私たちでは割って入るのは難しそうだ。
「イザークがいれば…」
「それは無理だよ。イザークは今、療養中だから」
オルヒデーエで絶対安静の彼に希望を持つことはできない。
「カルヴィン、竜に変身したら何とかなったり?」
「するはずないのだ!それがしは非戦闘竜人。それがしが初めてイーラに会った時を思い出してみるのだ」
ドワーフの里でのことだ。確かあの時は真名を呼ばれ、すぐ押さえつけられていたな。
何せ全盛期のころより劣っていれども魔王をしていたやつだ。歴代最強ともうたわれていたイーラを止めるなんて一般人には逆立ちしたって難しい。ローレン・ハリントンが特別なのだ。
「でも竜人族って人族が千人束になっても敵わないんでしょ?」
「それは言葉のあやというやつなのだ。勿論、竜人族の戦士ならそれほどの強さを持つ者もいるが…」
言葉のあやなんかい。
まぁ、実際竜人族一人対人族千人で戦ったこと無いだろうし、その千人も一般人なのか戦闘訓練を受けたものなのかで話も違ってくるだろうし。
竜人族はそもそもでかい。竜に変身した時なんてかなりの大きさだ。その大きさだけで脅威でもあるわけだし、強いって単純に思うけれど。
「やるしかなかろう」
「エルフは気高いのかもしれないが、無謀が過ぎるのだ!」
「怖じ気づくとは竜人族の癖に情けないな」
「ちょっと、ケンカは止めてよ」
ルークスリアは真っ向から突っ込んでいこうとしている。確かに、それはちょっと無謀かも。まずあの速さについていけない。
「…何だ?」
そんなやり取りをしていた時、ルークスリアが何かに気づいた。その視線につられてみると、水面に武装した魚人族がゾロゾロと上がってきていた。




