第03話 突然の訪問
カルヴィンを説得できない。イザベルも言うことは聞いてくれない。私はどうしたらいいのか。変わらない毎日を過ごしながら私は諦めにも似た気持ちになっていた。
せっかく魔除け薬の流出も止められたし、元の世界に戻れる『 深淵の常闇』も手に入ったのに、こんなところで何をしてるんだか。しかしながら、例えば私が魔法を使って暴れたところでここは竜人族領だ。たくさんの竜人がいる中で脱出なんて不可能だろう。
私は目の前で花瓶の水を替えるイザベルを見ながら、彼女はどのくらいの力があるのだろうと想像した。メイドさんだし、非力そうに見える彼女の力ってどれほどのものなのだろう。
「ねぇイザベル」
「何でしょうか」
「イザベルは戦ったりできるの?」
「私は戦闘訓練などは受けておりませんので」
「じゃ、ジャイアントウルフとかゴブリンは?倒したりできる?」
戦闘経験の乏しい私には検証対象にできる魔物の数が少ない。私が強いなと思った魔物について上げてみると、イザベルは少し考えているようだった。
「マグノーリェ大陸に主に生息する魔物ですね。その二種類なら、ドラゴン化しなくても簡単に倒せるでしょう」
マジかい。
私は答えてくれたことにお礼を述べてベッドに倒れ込んだ。戦闘訓練を受けていないメイドでそれである。となれば戦闘訓練を積んだ竜人族の戦士ってどのくらいの強さがあるんだろうか。
私は窓の外を何の気なしに眺める。たまにここからは飛行する竜人が見えるのだ。彼らの体は大きく、優雅に飛ぶ姿はさすがドラゴンとも言うべきか迫力がある。今視界に写り混む鳩兵隊は弾丸のような速さがあったが、竜人が本気で飛ぶと一体どのくらいの速さに…
「…」
私は突然の訪問に驚きすぎて息を飲んだ。窓のところに鳩兵隊がコッソリとこちらを覗き込んでいるのだ。私と目が合うと顎でイザベルを指し、口パクで何か伝える。残念ながら唇は読めません嘴だから。
「イザベル」
「何か?」
「…喉が渇いたので何か飲み物がほしいです」
「水をお持ちします」
彼女を部屋から出せという指示だということは察せられたのでイザベルに用事を頼む。部屋から彼女を出すと、私は足音が完璧に去るのを待ってから急いで窓を開けた。
「このまま気づかなければどうしたものかと思案していたところだ。鳩兵隊はいくら訓練を積んだ特別な隊員だとしても、竜人族をまともに相手にするというのは賢くない。特に相手がレディと言うことであれば今度は倫理的な観念での問題も出てくるのでね」
「鳩参謀!」
つまり、コッソリ忍び込んできたということね。さすが鳩兵隊、プライディアは空にもたくさんの竜人がいるし、スペルディアは未来が分かるというのに、どう忍んでここまで来たんだろう。
「ここに私が辿り着けたと言うことは、考えられる可能性は3つある。分かっていて敢えて呼び込んでいる罠の可能性、この接触が竜王の望んでいる未来に繋がる可能性、そして竜王は全ての未来を把握してる訳ではないという可能性だ」
「なるほどね、そりゃすごい話なんだけど、イザベルが帰ってくるのにそんなに時間は長くないよ。どうしたの?助けに来てくれたの?」
「確かに時間がない。端的に伝えよう。私は伝言を運んできた」
すぐにここから連れ出してくれるという訳ではないらしい。鳩参謀は鳩胸を張りながらイザークからだという伝言を伝えてくれた。
「『マーガレットとの接触が成功するかは分からない。もし接触が成功すれば計画は次の段階へと移行する。5日後の太陽が真上に上がる時間帯、人払いをして待て』とのことだ」
5日後の正午?
その日、イザークは助けに来てくれるということか。でも人払いって言われても。
「監視されてる身なんだけど…」
「甘えるな。自分のことなのだからそのくらいせめて覚悟を決めてやり遂げたまえ。君がもし鳩兵隊の隊員でそんな弱音を吐いていたのならば、私は君にペナルティを課しているところだ」
うーん、厳しい。何とか考えなくては。
「あともう一言。これもイザーク殿から。『必ず助けにいくから待っていてほしい』とのことだ」
過保護な師匠である彼のことだから、心配してくれてるのは予想していた。でも何だろうか、ここ最近は違和感がある。何か前と少し変わった気がするのだ。一体いつからこの違和感を感じるようになったんだろうか?感情が以前よりも表に出ているというか…グラトナレドから離れた辺りくらいから…?
「それではこれで私は失礼する。君はハイノくんの友人のようなので、特別に一言伝言を預かってもいい」
「ハイノ?」
なんとハイノはグラトナレドに随分と馴染んでいるようだ。ラスタリナでもグラトナレドでも、彼は人に好かれる性格なのか種族を飛び越えて受け入れられている。
「じゃ…『5日後、待ってます』」
私はイザベルをどうにかできるよう考えなくてはいけない。
***
さて5日間の間にできることとは何か。まずはイザベルをよく知ることから始めた。
「イザベルは兄弟はいるの?」
「…その質問の異図が分かりかねます」
突然のことにイザベルは警戒していた。私は適当に誤魔化すことにする。
「だって、竜人族に嫁入りってことは、ここに馴染まないといけないでしょ?だったら少しずつ歩み寄らなきゃいけないかなと思って」
「…なるほど」
イザベルはとりあえず納得したのか、話してくれた。
「弟が二人います。一人とはもう会っていらっしゃるかと」
「まさかカルヴィン!?」
「違います。ダーリエで出会ったでしょう」
あぁ、もしかして私を拉致した二人組の内の一人か。そうか、彼女の弟だったのか。
「弟たちは王にお仕えする戦士ですので」
「ふーん。戦士って、志願してなるの?」
「そうです。しかし全ての志願者がなれるわけではありません。王に認められた者のみが戦士として竜人族のために戦えるのです」
どうやって決められるんだろうと思ったが、竜王が予言して戦士であれば戦士に、そうでなければ落選するというえらく簡単なものだった。
「竜王様はあまり多くを語りません。預言者ではあるけれど、むやみに未来を全て語るようなことはしないのです」
「あー、未来が無闇に分かっちゃうとつまらないから?」
「つまらないかどうかは分かりかねますが、その方が良いと竜王様は仰います」
イザベルは嬉々として戦士について教えてくれた。
「誇り高き竜人族はこのプライディアのために戦えることを誉れと考えるのです。私も戦士には選ばれませんでしたが、何時なんどき何があるとも分かりませんから、日々独学ではありますが鍛練を積んでいるのです」
「イザベルは戦士に志願したんだね」
初めは「弟たちのことが好きなのかな?」と思ったが、どうやらこの思い入れは弟にと言うより戦士に対してであるようだった。語りすぎたことに気づいたのかイザベルは頬を赤く染め、目線を反らした。
「戦士になれるのは男だけですから」
その声はいつもの事務的な話し方ではなく、ちょっと拗ねたような言い方だった。