第27話 子猿
改めて、アルバを見てみる。
とても美しく思わずため息が零れてしまう程の姿だ。しかし、それは他のエルフと何ら変わりない。特別でも何でもないのだ。
しかし気を抜くとまた魅せられてしまっている私を、頬をつねって止める者がいる。
「分かったってば、もう洗脳されたりしないから…」
私の頬をつねるのは、私の肩に乗った小猿であった。夢から覚めた時、私の近くにいたイーラの化身だった。よく分からないけど、見ただけで何となくわかった。
どうやらこの小猿には、衣の力がかからないようにする力があるらしい。小猿が肩に乗った状態なら私は正気を保っていられた。イーラって奴は本当に色々なことができる。
「君がいてくれたら大丈夫だから、よろしくね」
小猿に向かって友好的に笑いかけても、信用していない顔つきだ。まあ、夢の中でごちゃごちゃ言っていたけれど今はそれについては考えるのは止めておこう。まずはあのアルバを止めることに専念しなくては。
彼女の纏う衣の力により、私もニーニャたちも魅了にかかってしまっていた。あれが『魔女の秘め事』と言うのならば、私はあれをどうにかしなくてはならない。でも、魔女の秘め事も破壊できてクレマンとの「エルフ教を止める」って約束もクリアされるのだと考えたら、一石二鳥ってやつである。
私は正気を保っていることを気付かれないように過ごしながら、まずはルークスリアの元へと向かった。
「何の用だ」
ルークスリアは相変わらず怒気を纏ってこちらに対し攻撃的だ。
今、この部屋には私しか訪ねてきていない。ニーニャにはルークスリアのことは任せてほしいと頼んだのだ。肩に乗った小猿が「上手くやれよ」と言わんばかりにこちらを見てくる。
「ルークスリア、ごめん」
「何がだ?」
「アルバの衣、あれは他者を魅了する『魔女の秘め事』だったらしいの。今、私は正気に戻ってる。今度こそエルフ教を止めよう」
ルークスリアは驚きに軽く目を見開き、そこから深いため息を吐いた。
「…マーガレットも洗脳されてしまって、どうしたものかと思ったぞ」
「ごめんね、もう大丈夫だから」
「どうやって正気に戻ったのだ?」
ルークスリアはやっと笑顔を見せてくれた。本当に、彼女としては困った状況だっただろう。私たちは皆洗脳されているし、置いて1人だけ逃げる訳にもいかないし。
「イーラが洗脳をといてくれたの」
「前代魔王が来ているのか?」
「いや、本体って言えばいいのかな?それはいないけど、ここにいる小猿が」
私が紹介すると、小猿は一言「きー」と鳴いた。
「本当に、前代魔王は世界の真理を覗きこんだ存在なのだな。不思議なことができるものだ」
「そうね、とりあえずこの小猿くんがいてくれたら私は大丈夫だから。エルフ教を今度こそ止めましょ」
私とルークスリアは作戦を考えることにした。
「それにしても、どうして王に渡るはずの秘め事をアルバが持っているのかな?それに、この衣の力にかかる人とかからない人がいるみたいだし」
私はまず疑問を口にする。私とニーニャ、カルヴィンはダメだったが、ルークスリアとセシリア、イザークは大丈夫だった。この違いって一体なんだろうか。
「あの衣が、獣人族で魔物の凶暴化に繋がっていた『暴食の甕』と同じ『魔女の秘め事』なのだな」
ルークスリアが確かめるようにつぶやく。彼女の表情は何か気付くことがあるようだが、話すのを躊躇しているように見えた。
「何かあった?」
「いや…実は、あのアルバというエルフだが。我が里からこの地に逃れたエルフなのだ」
「え!?」
そうだったの!?
エルフの里っていうのは、数は少ないがポツポツと存在しているそうだ。いくつかある里の中で、ルークスリアの母が全エルフの王となりご神木を守る使命を担っていたんだとか。
「てっきり、アルバの口振りから初対面かと思ってた」
「奴が母から『魔女の秘め事』を奪ったのかもしれん。詳しくは分からないが」
「それで、アルバは何の理由でエルフの里から追放されたの?」
私が気になる所を質問すると、ルークスリアは固まった。数秒考えるように目を瞑って、言いにくそうに口を開いた。
「追放ではない。奴は、自ら里を去ったエルフだ」
「え?」
それ以上、ルークスリアは何かを言おうとはしなかった。何があったのか分からないが、エルフ的に口に出すのも憚られる内容ってやつなのだろうか。私はこれ以上聞くのはやめておいた。
「それで、洗脳されるのとされないのの違いについてだったな。ところでイザークはどこに?」
私はイザークの名を聞きドキッとした。
イザークは…私がナイフで刺してしまったのだ。
「イザークは今、町で洗脳にかかっていない人族の元にいるはずだよ」
「そうか…」
まさかの事態にはなっていないと思いたい。私はイザークのことから目をそらしていた。ルークスリアは私を探るように見た。
「まずはイザークと合流するか?」
「いや、今出ていったらアルバに不審がられちゃう。まずはアルバの懐にいる間に秘め事をどうにかしないと…」
多分、イザークは死んでいない。王国騎士団のヒューバートやAランク冒険者のローレンともっとすごい戦いをしていた『ラースラッドの悪魔』だ。私の一刺しで絶命なんてことはないだろう。私は洗脳からとけてからずっと、そうやって自分に言い聞かせていた。
でもそうやって言い聞かせながらも、イザークがあんな無防備に怪我を負わされたこともなかったとも思う。そう考えると恐怖でどうにかなってしまいそうで、私はとにかくずっと、イザークなら大丈夫だと思い込むことにしていた。
ルークスリアは何か言いたげだったが、軽く頭を振って切り替えた。
「洗脳にかかるか、かからないかの違いについてだな」
私たちは考えてみるがよく分からない。共通点は今のところ見つからない。種族も性別も、気になる点はどこにもない。
「何となくだが」
ルークスリアは躊躇しながらまた口を開いた。何か思い当たるところがあるようだが、今回も言い淀んでいた。
「魅了にかかるよりも、もっと強い感情があるのではないだろうか」
「強い感情?」
アルバの話になるとルークスリアはどうしても歯切れが悪くなった。ムリに聞けそうにもないので私は深く聞けないままだ。以前セシリアと話していたときも、アルバを思うよりもっと強い気持ちがあればその洗脳には罹らないんじゃないかって話になったな。あの時も、セシリアはあまり深く話したがらなかったのを思い出した。
強い気持ちだからこそ、軽々しく話せないこともあるのかもしれない。
「ハッキリとはしないけど、ルークスリアも私も衣の洗脳にかからないってことだし。とにかくあの衣をどうにかしないとね」
「あぁ。この邸で過ごしていて思ったんだが、この衣の洗脳はそんなに長くもたないんじゃないか」
ルークスリアの予想では、あの施しを定期的に行うことで効果が途切れないようにしているんじゃないかと。だからルークスリアはいつもあの衣を纏っているのでは無いかということだ。
「それなら、衣をアルバから奪えれば、エルフ教信者も元に戻るかもしれないってことだね」
私もイーラのお陰とはいえ元に戻れたのだし、エルフ教にさせられた人々を助けることができそうだ。ニーニャやカルヴィンも元に戻せるはず。
「それじゃ、衣を奪わなきゃだけど…アルバは肌身離さず衣を持ってるよね」
「手元から離れるとなれば…」
「寝てるときとか!」
「いや、それでも大事なものなら身に付けていなくとも手元に置いているだろう」
そうすると、物理的に手元に置いておくことが難しい…
「お風呂の最中とか?」
私って、エルフと浴場に縁があるのかもしれない。




