第22話 洗脳
ここオルヒデーエは小さな町だった。
エルフ教によって多種族が住み着いていたが、ほとんどの者がアルバを真似て布を纏っていたため統一感はあるように感じた。こうして見ていると人種の壁を越えた集まりっていう部分では冒険者ギルドと似ているかもしれない。その部分にだけ注目すれば、人種の違いによるいがみ合いがないって素晴らしいなって感じるけれど。
それでもニーニャの様子を見てみれば、やっぱりおかしい。
明らかに普通じゃなかった。何かしらの方法で洗脳しているんだ。正直、私たちの中から洗脳される者が出るなんて思ってなかった。だって、奴らは洗脳してくるんだってこちらは構えてこのオルヒデーエに来たんだもの。
薄気味悪い。それでも、セシリアみたいに洗脳されない者もいるって分かったし、完璧ではないようだ。それなら何としてでもその糸口を探し出してエルフ教の悪事を白日の下に晒してやる。私は意気込み、まずはアルバ様からの施しってやつに備えた。
まずはあまり浮かないように私たちは町の人たちのように衣服を着替えた。セシリアも着替えるのかと思ったけれど、彼女はやんわりと拒否した。まぁ、私たちよりはこの町に馴染んだ格好だし、本人が嫌だと言っているのを強制することもないだろう。
そして小さな缶をセシリアから手渡された。
「これは?」
「言ってただろう。着付け薬だよ」
それは手のひらサイズの小さな缶詰のようなものだった。着付け薬は相当臭いがきついらしく、厳重に密封されているようだ。
「気軽に開けるなよ。直前に開けて、口に含むんだ」
私とイザークにそれぞれ一缶ずつ。何だか元の世界のすっごい臭いが強烈っていう缶詰のことを思い出して尻込みしてしまった。そっちの臭いも嗅いだことは無いけれど、そんなに真剣に「臭い」って言われたらちょっと開けるのに躊躇してしまう。
そうして持ち物を準備して、現地の下見も行った。オルヒデーエの中心部はゾンネンブルーメとは比べ物にならないほど小さいが、広場になっている。そこに一段高くなっている舞台のような場所があって、目の前に荒い作りの椅子のようなものが並べられている。
この広場が毎回施しを行われる場所だそうだ。施しの時が唯一、一般信者がアルバ様を近くで堪能できる瞬間で、アルバ様直々に1人1人に食べ物を手渡していくらしい。この施しはひと月ほどのスパンで3日間かけて行われるんだとか。
「3回も見られれば、何かしら見つけられるかもね」
「だと良いけどな」
私の発言を鼻で笑い、セシリアはナイフを磨く。その隣でアイベックスもストレッチをしていて、有事に備えてくれているようだ。だがやる気満々のアイベックスだが、今回はお留守番だと言いつかっている。ショックを受けるアイベックスにセシリアは当然と言い放つ。
「ただ見るだけだ、遠目から。目立たない方が良いから人数は少ないなら少ない方が良い」
しかしそう言われても、隙あればこうしてセシリアの横でストレッチをしたり筋トレを始めたりとアピールしていた。ことごとく無視されているけれど。
「何かあれば助けてもらうから。ただ今回はそうじゃないってだけ。大人しくしてて」
しつこく続けた結果、セシリアに諭されればアイベックスはしょんぼりしながらも素直に聞きいれた。セシリアはライナルトに恩義を感じているし、そのライナルトから護衛としてつけてもらったアイベックスのことをかなり大切にしているようだ。
「最近は信者の人数も増えて来てるから、朝早くから施しは始まる。その時間に間に合うようにここで待機だからね」
そしてアイベックスの持ってきてくれた地図を見ながら復習とばかりにセシリアはある建物を指さした。そこは、私たちが今回潜むと決めた町医者の診療所だった。オルヒデーエ唯一の診療所で気難しい人族の老人がやっている所らしい。
セシリアは森で生活するエルフのため、薬草に関しての知識が高い。そこを買われて薬師として診療所で働いて生計を立てているそうだ。そして老人はエルフ教に傾倒してからこの診療所にはあまり姿を現さなくなって、セシリアしかいないことがほとんどだと。そのお蔭で今回はこの建物から広場を覗き見ることができるのだけれど。
「そのじいさんは本当に来ないのか」
「心配ない。あのじいさん、アルバ様が好きだから施しは必ず行く。自分の番が終わっても、アルバ様の姿が見え続ける限りは広場にいるよ。いつもそうなんだ」
それなら、3日間は不意打ちに戻ってくることはないか?
私たちは打ち合わせも終わらせ、施しの日を待った。
***
当日、日の出と共に診療所へと潜り込んだ。
私は特に緊張もなく平静とした気持ちでいた。だって、正直コッソリ見るだけなのだから、気を引き締める方が難しかった。ただ、どんな仕組みなのか見抜けるのかどうかはちょっと自信がない。
「ちょっと振り返ってみようか。会っただけで洗脳にあっちゃうのよね」
「そうだな。どんな方法かは不明だが」
施しが始まるのを待つ間、私はイザークに確認してみた。
「でも完璧でもないのよね?セシリアみたいにかからないのもあるみたいだし」
「最も、洗脳があると分かっていた者もかかってしまう場合もある」
ニーニャのことだな。
うーん、謎だ。考えたってわかる筈もないことだけれど。でも洗脳にかかるなんて、一体どんな感じなのだろうか。自分がそんなことになるなんて考えられないな。
だからこの時の私は、何だかんだ自分には関係が無いと思っていたのだ。
「始まる。着付け薬を」
窓からのぞいて様子を窺っていたセシリアがこちらに声を掛ける。私はイザークと一度視線を合わせるともらった着付け薬の缶を開けた。
酷い臭いだった。開けた瞬間からその臭いですぐに涙が出てきてしまうくらい。
これ、口に含むの?
しかしもう一度イザークを見た時には、彼はケロリとそれを口に含んでいた。何?臭いを無効化する魔法か何かでも使ってるの?何でそんなに平気な顔で口に含めちゃうの?
仕方ない、私も意を決して口に含む。間違って飲み込まないようにとセシリアに言われていたけれど、言われなくても飲み込めやしない。
窓際から広場を覗いていたセシリアが、私を手招く。もう気分悪くてクラクラするけれど、何とか我慢しながら窓際へと近づいた。
左側にセシリア、右側にイザークが立つ。私はその間で、窓の下から顔を覗かせるようにして広場を確認した。広場が見やすい窓がこの一つしか無かったので、みんなこうして並ぶことになってしまったのだ。
初めは、その広場の状況を把握するのに時間が掛かってしまった。
たくさんの人が集まっていて、その集団の中から教祖様なんて見つけられるのかって思った。でもそれは杞憂だった。 それはその集団の中央にいた。
美しい衣を身体に纏い、彫刻のように整った微笑みを携え、人々にパンを配っていた。
その姿を認めた瞬間、訳の分からない熱が込み上げてきた。身体中が熱く、心がザワザワとする。彼女が優しく微笑みかける姿に、言葉にできない胸の苦しみを感じる。
その瞬間、私は感じた。これは…
「洗脳じゃない…」
私が、私自身が彼女を求めているのだ。




