第12話 ケンカ
ラスタリナに到着して、私たちに困った問題が発生していた。
「ほら、ニーニャ。機嫌直して」
「別に!そんなんじゃないわよ!」
ニーニャが拗ねてしまったのだ。彼女は膨れっ面で、ずっとそっぽを向いている。
それはラスタリナに着いてすぐのことだった。エルフたちは私たちを歓迎してくれた。そこで、ミラを心配したニーニャが彼女の居場所を聞くと、驚きの返答が返ってきたのだ。
「獣人族の姫巫女殿なら、多分ハイノと一緒にご神木の根元にいるだろう」
それを聞いて慌ててニーニャは駆けて行くのだが、何だか違和感が。だってそれを教えてくれたエルフは特に焦る様子も困った様子もなかったのだ。
「ルークスリア様やウォーレン老にも皆様のご到着をお伝えしてきます。どうぞお待ちください」
「それじゃ、私はご神木の方に向かってるって伝えて下さい」
若いエルフにそう頼むと、私はニーニャを追ってご神木の根元へと向かった。イザークは以前のこともあるので別の場所で待っているそうだ。
私とカルヴィンがご神木に着くと、そこには驚愕の表情で固まるニーニャと、仲の良さそうなハイノとミラの姿があった。
「ほら、ここっす。このご神木の根が過去に繋がる道となると言われているそうっす」
「へぇ。すごいねぇ。そんな話があるのねぇ」
ハイノは魔族のはずなのに、2人は楽しそうにご神木の見学をしていた。もしかして、ミラは知らないのだろうか?
「あれ、マーガレットさんじゃないすか。帰ってこれたんすね」
ハイノが気付いてこちらに手を振る。私も呼びかけられたからには反応し手を振り返すが、一体どういうことなのだろう。ミラはあんなに魔族を毛嫌いしていたのに。
「いやぁ、プライディアにいたんすよね。あそこは竜人族以外の入国をなかなか許さない国っすから。話が聞きたいっす!」
「いや、まぁ時間があればおいおい話すよ…」
「プライディアは変身スタイルに応じて居住区を整備してるって聞いたんすけど、本当すか?領空も整備されて飛べる区域と飛べない区域もあるっていう話っすけど」
ええい、うるさい。時間があればと言っているだろうが!しかも、そんなの全然知らない話だし、聞きたいならカルヴィンに聞いてくれ。私はそれよりもずっと気になっていることを知りたくて、近くに待機していたナンシーに目線を向ける。すると察しの良い彼女は答えてくれた。
「ミラ、全部知ってる」
「そうなの!?」
「何の話?あ、もしかしてハイノくんが魔族って話かなぁ」
ミラはハイノが魔族と知っていながらこの大人しさのようだ。固まっていたニーニャが覚醒し、ミラに詰め寄った。
「どうしたの!?何があったの!?」
「えぇ?何にもないよぉ。ハイノくんは、良い子だったってだけだよぉ」
すごい、あんなに魔族と聞いただけで取り乱していたミラが、こんなに気を許しているだなんて。さすが人たらしというか、エルフにも獣人にも簡単に溶け込んでいくハイノである。
「マーガレット、帰ってこれて良かったねぇ。エルフのお爺さんが色々考えてくれてたんだよぉ」
ミラはニコニコして穏やかである。まぁ、暴れないでいてくれるんならそれに越したことは無い。
「えっと、ミラは魔族のことはもう大丈夫になったってこと?」
「うーん、そうだねぇ。あんまり好きとは言いたくないけどぉ」
ミラにとっては、ひた隠しにしてきた暗い部分でもある。魔族の血が流れていたからこそ獣人族の中で上手く馴染めなかったのだし、隠してきたからこそ受け入れられていたのだ。
「それでも、ハイノくんは魔族なのにグラトナレドでも人気者みたいだしねぇ。そういうのって、とっても憧れるよねぇ」
「そんな人気者なんかじゃないっすよ。みんなが良い人ばっかりっすから」
あぁ、そうか。ハイノは魔族であることを明らかにしながらグラトナレドで受け入れられた。それはミラとは真逆になるのか。そこで嫉妬心に駆られるのではなく素直に憧れるのは、ミラの良いところだ。
しかしそんなほんわかした雰囲気に馴染めないのが1人。
「何なのよ…何なのよそれ!」
彼女にとっては予想外のことだったのだ。ニーニャは半泣きの状態で声を荒げていた。
「心配してきたって言うのに!」
「落ち着いて、ニーニャ」
「だって、そんな急に言われたって!だったら今までは何だったのよ!そんな簡単に受け入れられるようなことだったわけ!?そんなの、意味わかんない!」
地団太を踏みながらニーニャは不満を口にする。きっと本人も何に怒っているのかなんて分かっていないだろう。しかしそれを見かねたナンシーが、つかつかとニーニャに近づくと突然頬を張ったのだ。
「ナンシー!」
そんな!思わずぶたれていないのに自分の頬を両手で押さえてしまった。
ニーニャの暴走が止まると、ナンシーは静かに諭す。
「勝手、良くない。押し付け、ダメ」
ナンシーはいつも言葉数が少ない。その意味を読み取るのは少し困難だったりもするが、長年一緒に過ごしてきたニーニャにはすぐ伝わっただろう。ナンシーはニーニャの気持ちを押し付けて怒るのは筋違いだって言っているのだと思う。
しかしそんな言いたいことが分かったとはいえ、すぐに受け入れられるわけではない。
「…ふん!」
ニーニャはそうして、そっぽを向いて拗ねてしまったのである。
困った、どうやって声をかけてもニーニャの機嫌は直らない。しかし気にする私にナンシーは冷たく一言。
「マーガレット、構わなくて良い」
「そんな…」
「勝手する、ニーニャ悪い」
厳しいのね。私はオロオロしながらニーニャの様子を窺うが、厳しいナンシーの一言でニーニャはさらに涙目になっていた。
「ニーニャ、ごめんねぇ。そうだよねぇ、納得できないよねぇ」
「ミラ、謝る必要…」
「ナンシーも、ありがとねぇ。でもね、ニーニャはいつも私のこと思ってくれてるから」
ミラが間に入ったことで、少し場の空気は収まった。
今まで、色々あったのだろう。私にわかることなんて少ないけれど、ニーニャはミラに少し依存気味だった節がある。意外と劣等感を抱えるニーニャにとって、ミラのために何かできるのは救われることだったのだろう。しかし、そんなミラが魔族嫌いを克服してってなるのが怖かったんじゃないだろうか。自分が必要とされなくなるんじゃないかって不安があったりとか。
全部想像でしかないけれど、何となくそう感じた。
何となく仲直りができそうな雰囲気だったけれど、ニーニャは今一歩素直になれないのか、逃げるように場を去って行ってしまった。追おうとするナンシーを止めて、ミラがその後を追った。
「…見苦しいとこ、見せた」
「いや、そんなことないよ」
ナンシーは目を伏せ謝罪してくるけれど、この獣人3娘はまた仲直りして仲良くやってくれるだろう。




