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百合園の誓い  作者: 川島
第二・五章〜百合園の同盟〜
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8

 両腕を失った隻眼の男ーーーミツキは血の海の中をただひたすらに漂っていた。

 目を開けば見えるのは鮮血の色。そのまま開き続ければ見えてくるのは見知らぬ世界。それと膨大な人の視点。

 ミツキは今見てるものが何なのかは分からない。

 全人類全ての視点で、その世界を見ている。

 ある視点では子の誕生に立ち会う父親の気持ちになり、またある視点では大好きだった恋人との別れを悲しむ女子高生の気持ちになる。

 頭がおかしくなりそうだった。

 自分とは全く違う人間の視点、思考、価値観に浸り続けるせいか、本来自分の持っていた視点、思考、価値観を見失ってしまいそうになる。

 


(あの女、こんなものを見続けても正気を保っていられたのか)


 ミあの女、つまり神代悠子の底知れない自我に畏怖を覚え、ミツキは目を閉じ、その世界から目を背ける。

 その世界を見ないこと。

 それが唯一、今の彼にできるささやかな抵抗だった。

 だが、それも長くは持たない。

 段々と己の思考価値観がその世界に染められていく。


(ふざけんじゃないわよ、こんなのワシでは、不可能です、あの、かいぶちゅめ)


 女の視点、老人の視点、礼儀正しい学生の視点、園児の視点。

 もう心が耐えきれずに、それらの視点に己の視点が溶け合っていく。

 自分が今は誰なのか。

 自分が今は何をしてるのか。

 なにもかもが分からなくなっていく。


(もう、限界だお、俺はここで、消えてしまいます)


 すると、その時だった。


「し、しっかりしてください」


 それが彼の胸から飛び出したのは。


「!!」


 それは太い荒縄だった。

 服を破り、胸の中心から飛び出していた。


「カ、ナデ。お前、生きてたのか」


 その縄は、六条カナデの無数にある精神の内の一つだ。

 だが、あの時あの屋上でその精神のほとんどは破壊された。

 神代悠子の剣技によってその全てが壊されたはずだった。

 それなのにカナデは生きて、こうしてミツキの中に潜んでいた。

 それが意味するところはひとつだった。


「はい。アル様に頼まれて、あなたの中にも入ってました」


 つまりそういうことだった。

 あの時あの場のカナデは、悠子の力を封じる為だけにいた。

 悠子を確実に仕留める為に、どんな強大な悪魔すらも指一本動けなくするという封印魔法の最高峰、六縄封印を使うはずだった。

 それが悠子を倒すためには不可欠なものだと、計画立案の時にアルは言った。

 だが、こうしてカナデの精神がミツキの内に埋め込まれていたこと。

 しかも、それを命じたのはあの計画を立てたアル本人だったという事実。

 それにミツキは思わず舌打ちをする。


「ちっ、クソが! あの女、謀りやがったな」


 六縄封印は本来最高位の魔法使いが六人いて、ようやく成功させることができるほどに高度な魔法だ。

 当然カナデには使えるはずもない魔法。

 だけど、それを彼女が使えるのは、カナデが幾つもの精神をその身に内包してるからだ。

 その魔法を扱う為の改変を幾つもの精神で、認識し、組み立てる。少しの誤りもなく、正確に認識し、発動しなくてはならない。

 それが六縄封印を完全な形で起動する為には不可欠な事だった。

 だが、しかし、それほどの難易度の魔法を成功させるためには全精神をその魔法の発動に集中させなくてはならない。

 つまりここにこうしてカナデの精神がある時点で、あの魔法が完全な形で成功することはない。

 何故なら本来一点に集めなければならないカナデの精神が、ここに分離してるからだ。

 つまり、要である魔法の発動。それが失敗に終わってたということだ。恐らく今回の計画には、悠子の殺害は含まれていなかったのだろう。

 その事実に彼は思わず不快感を抱く。


「お、落ち着いてください。あの場で、六縄封印が完全な形で成功していたとしても、あなたの勝率はよくて15%」


 縄がミツキの体に巻き付いていき、それが原因なのかは分からないが段々と曖昧になった精神が安定していく。


「アル様は、あの場であなたを失うよりは、助けて次に回した方がいいと考えたんです」


 その言葉にぴくりとミツキは眉を動かす。


「次だと?」


「はい、アル様はまたあなたと神代さんを戦わせる考えでいます」


 数多の意識が遮断され、そこでようやくミツキは己を完全に認識することができたり


「その為には今ここで、あなたの力を底上げするつもりです。私はそのお手伝いをします」


 カナデの言ってる事が少しも理解できず、ミツキは眉を寄せる。


「けっ、アホか。両腕を失い、もはや銃すら持てない俺に、あの怪物と戦えってか?」


 今のミツキにはもはや戦う術を持たない。勿論、並の剣士が相手ならば両腕がなくても善戦できるだろう。しかし、相手は世界最強の剣士である神代悠子だ。

 五体満足だった頃の彼でも遠く及ばなかった正真正銘の化け物だ。

 そんな化け物と今の彼が戦ったところで勝ち目はない。

 勝負にすらならずに瞬殺されること間違いない。

 だが、カナデはそんなミツキの心配に答える。


「あの、それは大丈夫です。戦う為の備えはもう用意してます。今ここであなたがやるべきは、認識能力を底上げすることです」


 ミツキは鼻で笑う。


「はっ、まさかあの化け物と、剣技でやりあえっていうのか?」


 認識能力というのは、剣技の根底にある力。それを鍛えるということは、つまりそういうことなのだろう。

 しかし、もしも悠子に剣技で挑むというのならば、それはあまりにも無謀なことだ。

 いや、この世界に蝕まれる前は、僅かだけど勝てる可能性はあると彼は驕っていた。

 だが、この血の世界を見た瞬間、彼は理解した。

 どれだけ足掻こうとも彼では悠子には絶対に勝つことができないのだと。

 悠子は常にこれほどの世界の中に身を置いている。

 しかも、自我を失うことなく、己を持ち続けたまま身を置き続けている。

 そんなことは彼には不可能なことだった。

 そして、彼には認識することができない世界を悠子が認識することができる。

 それが意味するのは、剣技では絶対に勝てないということだ。

 認識力の高さが能力の高さに直結するのだから当然だろう。

 だけど、カナデはそれにも否定を示す。


「そういうわけじゃないですけど、少しでも認識能力を上げないと私たちの用意してる手段が使えないんです」


 それも恐らくはアルの計画の一旦なのだろう。

 彼はアルとは犬猿の仲だが、それでもアルの知略だけは評価していた。アルが立てる計画。それは詰将棋のように一手一手に大なり小なりの役割があり、誰にも悟らせることなく、気づいた時には既に取り返しのつかないところまで計画が進んでいる。決して破綻することなく、必ず計画を成功させる。それがアルだった。

 あの魔法奪取の計画自体は一つの計画として成り立っていたが、アルにとってはその先に抱く更なる大きな計画の中の一手に過ぎないのだろう。

 もしもそうならば、あの場でミツキを切り捨てる選択をせずに生かしたのには、今後も彼には役割というものがあるからだ。

 そこまで思考が追い付くと、ミツキは溜息をつく。


「はぁ、分かった。しゃーねえな、だが、次騙しやがったらもう絶対あのクソ女の計画の舞台装置にはならねえからな」


 アルを評価してるが故に、ミツキはその話に乗ることにした。


「わ、分かってますよ」


 オドオドとした口調でカナデの意識を表出する縄が答え、そしてそこでミツキは一つの疑問を抱く


「それより俺はどうやって認識力を上げればいいんだ?」


 認識力を上げるとは言っても、どうすればいいのか分からなかった。


「ああ、それは簡単ですよ。今、ミツキさんの精神が安定してるのは、一時的に私があなたの精神に封印魔法を施してるからなんですけど、それを少ししたら解きます」


「は?」


 それはつまり再びまたあの全人類の視点の奔流の中に身を落とされるということだろう。


「いやいや、あんなもんの中に居たらすぐに人格を見失うが、それに耐えろってか?」

 

「ち、違います」


 それをすぐさまカナデは否定する。


「ちょろーっと、慣らすだけです」


 それだけ言うと、途端に彼女は封印魔法を解いた。


「……え」


 その瞬間、ミツキの精神に人類全ての精神がなだれ込んでくる。


(い、いきなりかよ!)


 そう心の中で吐き捨て、彼は膨大な精神の中で、必死に己の精神に縋り付く。


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