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「問題はないよ」
ぶくぶくと気泡を吹きながらアルは言う。
「彼なら今は意識不明で、囚われてるからね」
そう言いながらも、彼女は微笑む。
「神代悠子の血の世界に意識を呑まれた以上、しばらくは目を覚まさないだろうね」
断言し、
「そ、それならいいけど」
と、クロノはほっと息を吐く。
しかし、アルの自信満々な断言に美波は一つの疑問を浮かべる。
「アル、本当に大丈夫なんですか?」
美波の疑問は当然のものだ。
悠子の血液を体内に取り込んだものは、意識を混濁し、己を見失い、二度と目を覚ますことはない。
言ってみれば神隠しに呑まれた際の現象と同じことが起きる。
それは神代悠子は血液そのものが、もはや人智の域を超えてるからこそ、発生してしまう。
悠子自身にも制御することができない為、同等の認識能力を持った者でもない限りは永遠の眠りにつく。
運良く目覚めたところで、失った自我は取り戻せず、全く別の人格に変わってしまうという。
つまり、仮に彼の目が覚めたところで彼女たちの知ってるミツキである可能性は、限りなく低いのだ。
それを知ってるからこそミツキは言う。
「目を覚ます可能性は低いし、そもそも目を覚ましたところであのひとがあのひとのままであり続けることはできませんよね。それに、目が覚めた場合は情報が漏洩する可能性も」
しかも、タチが悪いことに人格こそは全くの別人になるが、その持ってる知識までが別人のものになるわけではない。
だからこの組織の見解としては、このまま目を覚まさない方が有難かったりもする。
しかし、
「いんや、だからそれは問題ないよ」
それをアルは否定し、
「助ける為の算段は付いてるし、そもそも彼が囚われることは計画の内だからね」
言う。
「まぁ、もう片方の腕まで切り落とされるなんて、それは思わなかったけどねえ」
くすっと笑い、美波に示す。
「大丈夫だよ。君の大好きなお兄ちゃんは必ず助けてあげるからね」
そうやってからかうように笑うアルの顔を、美波は睨み、
「別に好きではありません。むしろ、いっそ死んでくれた方がせいせいします」
しっかりとその言葉を否定する。
そして、
「まあ、どうでもいいけど、せめて僕に迷惑はかけないでくれよ」
クロノは言いながら踵を返し、その足を入ってきた扉に向ける。
「ああ、それは気を付けるよ」
笑顔で答えるアルにクロノは「ふん」と鼻を鳴らし、引き連れてきた女性達は残したままこの部屋から出ていったのだった。
「アル。どうしてあんな男を使ってるんですか?」
美波は心底疑問に思う。
「生贄はいつものように攫ってきた者を使えばいいはずです。それなのに何故」
そこでアルは、いつもの穏やかな笑顔とは真逆の、どこまでも冷たい無機質な無表情に切り替わっていた。
「ああいう思い上がった愚か者が自らを弁えた瞬間の表情が、好きだから」
ゾッとするような冷たい声だ。
(そういえば彼女もあんな感じの権力者に想い人を殺されたんでしたね)
美波はアルの無表情を見た後に今の彼女の心情を思い、
「そうですか……、」
とだけ呟き、美波はクロノが連れてきた女性たちを繋ぐ鎖を握る。
「アル、今から儀式を始めるので、例の魔法の準備をお願いします」
その言葉でようやくアルの無表情は消え、
「ああ、うん、りょーかい」
いつものような胡散臭い笑顔に戻る。




