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ーーそこは断崖絶壁の中に造られた古びた館。
頭上を覆い隠す暗雲を貫き、断崖は天まで伸びる。
その中核の館はは岩場の中に埋め込まれるかのように建っていた。
薄気味悪い建物だ。
老いた木が蔓のように館に巻き付き、木造の壁の至るところには亀裂が生じていた。
窓ガラスはなく、明かりもない。
そんな不気味な館だった。
そんな建物の中に隻眼に隻腕の男が、ふんぞり返るようにソファーに座っていた。
「なぁ、おい、いつまで待てばいいんだよ、あのノロマ!」
ガン!と机が蹴り飛ばされる。
「ひっ、ご、ごめんなさい」
苛立つ男性の傍らに控える少女が、咄嗟に謝った。
彼女は何もしてない。何も悪くはない。
むしろ、悪いのは苛立ちを物にぶつける彼の方だろう。
それなのに、自分に非があるように謝るのは、少女の後ろ向きな性格故のことだった。
「あ? いちいち謝るなよクズ」
「ひぃっ、ごめんなさい! ごめんなさい!」
「だから」
「謝るから殺さないでぇえええ!」
全く会話にならない。男性は片腕で頭を掻きむしる。
(ちっ、相変わらずめんどくせえ、ガキだな)
呆れ気味に男性は溜め息をついた。すると、その時だった。ばたんと部屋の扉が押し開かれた。
「すまない、待たせたかな」
コツコツとそれは部屋の中に入ってきた。ぼろぼろの白衣を揺らし、片方のレンズが割れた眼鏡を着け、ぼさぼさの淀んだ白銀の長い髪を乱雑に後ろでまとめ、目の下には大きなクマを作った女性だ。
顔立ちは悪くはない。むしろ、良い部類に入るだろう。
だけど、そのボロボロの格好が素材の味を完全に殺していた。
それは何もかもが残念な女性である。
「ちっ、おせえよ!」
「だからすまないと言ったはずだが?」
飄々と彼女は答える。
「すまない、じゃねえよ! てめぇ、ぶっころすぞ」
相変わらず短気で、口よりも先に手が出るような性格の彼に「やれやれ」と白衣の女性は肩を竦める。
「仕方ない、それなら私の体で許しを乞うさ」
それに彼は即答する。
「いらねえよ」
「そう言うな、私の体は凄いぞ」
「生憎、俺にはゲテモノなんぞ喰う趣味はねえ!」
「そうか、それは残念」
相変わらず掴めない女だと彼は思う。
彼女が何を考えてるのか、全く分からない。
理解不能だった。
「それより、」
そんな飄々とした食えない態度の彼女に、彼はさっさと本題に入ることにした。
いつまでも彼女を相手するのは、とても疲れるからだ。
「いつ計画を始動するんだ?」
それに彼女は「ふふっ」と笑い、人差し指を自分の下唇に当てる。
「そろそろ、だよ、ミツキ。だから準備はしといてね」
ミツキと呼ばれた隻腕の男性は、最後に一言、嘆くように呟いた。
「はぁ、さっさとしろよ」




