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百合園の誓い  作者: 川島
第二章ー百合園の舞踏会ー
20/96

6

 ーーそこは断崖絶壁の中に造られた古びた館。

 頭上を覆い隠す暗雲を貫き、断崖は天まで伸びる。

 その中核の館はは岩場の中に埋め込まれるかのように建っていた。

 薄気味悪い建物だ。

 老いた木が(つる)のように館に巻き付き、木造の壁の至るところには亀裂が生じていた。

 窓ガラスはなく、明かりもない。

 そんな不気味な館だった。


 そんな建物の中に隻眼に隻腕の男が、ふんぞり返るようにソファーに座っていた。


「なぁ、おい、いつまで待てばいいんだよ、あのノロマ!」


 ガン!と机が蹴り飛ばされる。


「ひっ、ご、ごめんなさい」


 苛立つ男性の傍らに控える少女が、咄嗟に謝った。

 彼女は何もしてない。何も悪くはない。

 むしろ、悪いのは苛立ちを物にぶつける彼の方だろう。

 それなのに、自分に非があるように謝るのは、少女の後ろ向きな性格故のことだった。


「あ? いちいち謝るなよクズ」


「ひぃっ、ごめんなさい! ごめんなさい!」


「だから」


「謝るから殺さないでぇえええ!」


 全く会話にならない。男性は片腕で頭を掻きむしる。


(ちっ、相変わらずめんどくせえ、ガキだな)


 呆れ気味に男性は溜め息をついた。すると、その時だった。ばたんと部屋の扉が押し開かれた。


「すまない、待たせたかな」


 コツコツとそれは部屋の中に入ってきた。ぼろぼろの白衣を揺らし、片方のレンズが割れた眼鏡を着け、ぼさぼさの淀んだ白銀の長い髪を乱雑に後ろでまとめ、目の下には大きなクマを作った女性だ。


 顔立ちは悪くはない。むしろ、良い部類に入るだろう。


 だけど、そのボロボロの格好が素材の味を完全に殺していた。

 それは何もかもが残念な女性である。


「ちっ、おせえよ!」


「だからすまないと言ったはずだが?」

 

 飄々と彼女は答える。


「すまない、じゃねえよ! てめぇ、ぶっころすぞ」


 相変わらず短気で、口よりも先に手が出るような性格の彼に「やれやれ」と白衣の女性は肩を竦める。


「仕方ない、それなら私の体で許しを乞うさ」


 それに彼は即答する。


「いらねえよ」


「そう言うな、私の体は凄いぞ」


「生憎、俺にはゲテモノなんぞ喰う趣味はねえ!」


「そうか、それは残念」


 相変わらず掴めない女だと彼は思う。

 彼女が何を考えてるのか、全く分からない。

 理解不能だった。


「それより、」


 そんな飄々とした食えない態度の彼女に、彼はさっさと本題に入ることにした。

 いつまでも彼女を相手するのは、とても疲れるからだ。


「いつ計画を始動するんだ?」


 それに彼女は「ふふっ」と笑い、人差し指を自分の下唇に当てる。


「そろそろ、だよ、ミツキ。だから準備はしといてね」


 ミツキと呼ばれた隻腕の男性は、最後に一言、嘆くように呟いた。


「はぁ、さっさとしろよ」


 




 

 



 

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