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そこで悠子は、気付く。
無限の情報を秘めた神隠しの空間が完全に固定されてることに。
気付き、驚いた。
「ねえ、エル、これは人類と同等の、いやそれ以上の…」
それは魔法の発動する為の条件のようなもの。
魔法を発動させる為に最低限必要なものがある。
それは事象の認識だ。
空を飛ぶ魔法を使うには『空』の認識が必要だし、逆に言えば認識できない場所では飛行魔法は使えない。
魔力を源に、改編したいものを認識することが魔法を発動する為の条件だ。
勿論、厳密には認識があれば全ての魔法が使えるというわけではないものの、認識をしないことには、魔法発動の為の条件そのものが揃ってないことになる。
にも関わらず、彼女はそれを行った。本来、個では何も認識できないこの神隠しの空間(正確には認識すれば狂うほどの情報量の為、認識しないように精神感応防御魔法を使用してる)で、魔法を使った。
別にエルが魔法を使えることには驚きはない。
むしろ、彼女の場合はどんなに事象を認識できない空間でも、当たり前のように魔法を使えるだろう。
一流の魔法使いにもなれば、認識は頭の中だけで行える。
そのことは悠子にも分かっている。
しかし、エルが行ったそれは、氾濫する情報の統制と改編だ。
一つの世界を構築する程に莫大な情報を全て認識し、それを正確に魔法に組み込む。
それは世界そのものを認識するようなもの。
世界中の人々、その精神、事象、万物、時空、ありとあらゆる森羅万象全て。
それを同時に認識することと同義である。
まず不可能だ。
認識の許容範囲から大きく逸脱している。
見てるのに見てない。花が咲いてるのに枯れている。息をしてるのに息を止めている。
そんな矛盾だらけの情報も全て認識しないと、これほどの魔法は発動しない。
世界の全てを同時に認識するなんてのは、世界そのものを内包する悠子にも真似できない芸当だろう。
しかも、彼女が何気なく使ったその魔法。
この百合の園を形作ったその魔法は、いわば世界の創造だ。
曖昧な空間を固定し、それを確たるものに昇華させる。
その神域の如き魔法を、かつて使った者を悠子は知っている。
それは神話の中のお伽話に過ぎないけれど、その太古の昔、この世界を形作った者がいた。
創造者。全てを改編し、世界を今の形に押し固めたこの世の創造者。つまりエルの先祖だ。
(なるほど、彼女が先祖返りと持て囃されるのにも頷けるわね)
悠子は納得するように頷き、エルを見る。
辺りに咲き乱れる百合の花にも負けないような綺麗な笑顔をその顔に咲かせている。
この二人だけの世界を誇るようにエルは言う。
「前々から考えてたんだあ。 悠ちゃんと仲良くなった時のことを」
悠子の活躍。それは最強の剣士としての神代悠子のことだろう。
「もし私と悠ちゃんが仲良しになったら外で二人で会うのは、きっと許されない。だからね、ずっとずっとずーっと、考えて」
エルは両手を広げ、この場を悠子に紹介するように舞い、ふわりと蝶のように踊る。
「それがここだよ」
二人の空間。
二人だけの世界。
そこには二人を縛り上げるものは何もない。
お互いが属する組織の確執も、立場の違いも、何もかもを忘れて、二人だけで居られる場所。
エルは悠子に出会うまでの間にその方法を作ることを第一に考えていた。
そして、これがエルの出した一つの答え。
「とても素敵ね」
それに悠子は応える。
「ほんとに、最高に素敵よ、エル」
世界を創造する程の莫大な力が二人だけの為に使われたことに悠子は歓喜を覚え、それを繰り返す。
「えへへ、よかったあ」
エルは大好きな母親に誉められた幼児のように頬を緩める。
その笑みに悠子は胸の中に暖かい何かが広がるのを感じた。
まるで冷水に熱湯が注ぎ込まれたかのように、胸の奥に熱が浸透していくような妙な気分だ。
だけど、それは決して不快な感覚ではない。
むしろ、その暖かさがどこか心地よく思えた。
「じゃあ、悠ちゃん、ここ座って」
エルは噴水の前に座り、その隣をぽんぽんと叩き、そこに座るように促す。
「入学式終わるまではここでお話しよっか」
「そうね」
悠子は言われるがままにその隣に腰を下ろした。
肩と肩が触れ合う程の近距離に、悠子は思わずドキリとする。
自分からここまで誰かに近付いたのは、これが生まれて初めての経験かもしれない。
何だか羞恥と困惑が混同するような不思議な気持ちになる。
「それじゃあ、まずは何から話しましょうか」
エルに情けない姿を晒さないように平静を装いつつも、悠子は言う。それに対して、エルは答えた。
「あ、それならーー」
エルが話題を提供し、身のない会話に花を咲かせようと話し出す。
その日を堺にエルと悠子は、毎日のようにこの世界で会い、共に語り合うのであるーー。




