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目の前に際限なく広がるのは、無限の冷たい闇。
全ての光は遮断され、根絶されたような何も識別できない暗闇。
そんな宵闇よりもさらに深い漆黒に抱かれるように、それは立っていた。
大人びたスーツに着られ、まるで無精髭を撫でる老人のように顎を触り、身の丈以上の剣を背負った男の子のような少女だった。
彼女は眼前の暗黒を見据え、それを待つ。
次々この暗黒の中に気配が増えていくのを感じるものの、それを彼女は気にせず、目の前だけに視線を送り続ける。
すると少女の隣に、ひとつの気配が現れた。
それは彼女もよく見知ったものだ。
「相変わらず暗ぇ場所だな、嬢ちゃん」
ポンと少女の頭を丸ごと包み込むように大きな手のひらが、彼女の頭の上に置かれた。
そして、そのまま豪快に頭を揺らされた。
それはいつもの「彼」の挨拶のようなものだ。
おそらく彼は撫でてるつもりなんだろうが、彼女にとってそれは頭を掴まれて思い切り脳を揺らされてるような不快なものだった。
彼女は内心で、またこれか…、と思いつつも、頭上の腕を叩くように振り払う。
「やめんか、小僧」
「おっと、ああ、すまんすまん」
まったく、と彼女は傍らの男のせいで乱れた髪の毛を手ぐしで整えながら、
「気安く乙女の頭に触れるでない」
と文句を言う。
だけど、その男は全く悪びれる様子もなく軽い調子で「はいはい、悪かったって」と少女の文句を聞き流す。
彼はいつもそうだった。
昔から会うたびに彼女を子供扱いし、まるで撫で方を心得ない父親のように彼は乱雑に撫でてきた。
髪型が崩れるからやめろと何度申し立てたところで、次の時にはまた彼女の頭を撫でる。
これの繰り返しだった。
「それより嬢ちゃん、俺んとこのガキがようやくその気になったんだってな」
どこか愉しそうに彼は言う。
「何度も言うがのう、嬢ちゃんはやめなさい」
「ああ、そうだったな」
これまた軽く流し、彼は言葉を続けた。
「これであのガキにも友達の一人や二人できてくれれば、いいんだがなあ」
余程嬉しいのか、彼の言葉の端々からは喜悦の感情が滲み出ていた。
「ふん、まるで父親のようじゃな、そんなに弟子が心配か?」
それを彼は豪快に笑い飛ばす。
「はははっ! そんなんじゃねえよ」
ぽんぽんと彼女の頭を叩き、ゲラゲラと彼は笑う。
「だからやめーー」
いつもみたいに彼の手を払い除け、文句を言おうと彼女が身構えたその時、ようやくそれはきた。
「静粛にーー!」
轟雷のような力強い声が一瞬にして部屋の空気を支配した。
その声が起きた瞬間、先まで会話を繰り広げていた二人も黙り、背筋を正す。
そして、再び声が室内に渡る。
「ーーこれより三権会議を行う」
深く重いその声は、その会議の進行役のものだった。
「始まったか」
「そのようだのう」
最後に二人はそれだけ言葉を交わし、完全に沈黙し、
眼前の暗黒に目を向ける。
その先には複数の気配がある。視覚には映らないものの、その気配だけは読み取れた。
そして、それを視てるのは二人だけではなく、この空間に潜む全ての気配が、その一点だけに集中していた。
それは三権会議の始まりを意味する。
三権会議とは、その名の通り剣士派遣協会の3つの最高権力の会議の場だ。
協会の長い年月を経て実績を積み重ねた結果その地位まで登り詰めた『老兵』、クレシア家同様に創造者の末裔たる剣神の一族、そして、神代悠子を筆頭に協会の中でも上位十名に名を連ねる最高位の『S級剣士』。それら三つの最高権力が、派遣協会の三権である。
つまりこれは剣士派遣協会の全てを決める最高位の会議だ。
故に、この会議では協会の機密事項の話も平然と行われる。
その為、魔法による盗聴などの干渉を防ぐため、常に暗中の状態にし、物を何も認識できないようにしている。
千里眼を使うには光が、盗聴の魔法を使うには同じ大気に晒されてることが前提条件になるからだ。
つまり、傍受の魔法を防ぐために、この場は剣士派遣協会総本山の街の地下に作り、さらには光も断絶したというわけである。
「欠席者はS級剣士の神代悠子一名か」
再び、雷鳴の如き声が響く。
「それではまずは最初の議題をーー」
そして、司会進行の声によって滞りなく会議は進行していった。




