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そのまま眠れず、朝になった。僕は機械的に身支度と朝食を済ませ、流れ作業で自転車に跨った。
学校へは行きたくなかったが、家にも居たくない。
その考えを振り払い、できるだけ何も考えないようにしながらペダルを踏んだ。
学校に着いて自転車を置く。
背後から声がかかった。
「よう、康弘」
耳の中であの声が、あの言葉が反響する。
「……おはよう」
大輝を避けるようにして足早に教室へ向かう。横を通る時チラリと顔を見た気がしたが、あの顔だったら、と思うと怖かった。
教室の戸を開けると、数人がこちらを見た。
ズキン、と心臓が痛む。
しかし彼らはすぐに視線を戻す。僕はまだ固まりきっていないコンクリートの上を歩くような感覚で席に向かった。
椅子に座って鞄を机のフックにかける。
後ろの戸が開く音。一瞬静かになる教室。
すぐに音は戻るが、その音はさっきよりもどこか小さい。
僕は全部無視して机に上半身を伏せた。
それでも笑い声や会話の内容が気になってしまいそうで、腕で頭を隠すように耳を塞いだ。
でも音は、ほんの少しの隙間からでも、ぞろぞろと遠慮無く耳に入ってきた。
関係ないはずの会話が、甲高い笑い声が、遮ろうとするほどに僕をなぶる。
心臓を直接触られているような感覚が嘔吐感を煽る。
我慢しようと目をきつく瞑った瞬間に、前の戸の開く音がした。
「おはよう」
そう言って担任が教壇に上がる。僕は重い頭を上げた。
「起立」
今日の日直がだるそうに告げる。椅子と床の擦れる音が教室に響いた。
僕は机を支えにしながらのろのろと立つ。
「礼」
クラスメイトは会釈のような礼をする中、僕は頭の重さのままに深くお辞儀をした。
「着席」
その声よりも先に椅子へ落ちる。
頭を両手で支えるようにしながら机の木目をじっと見つめる。
担任が朝の連絡をする間も、周囲ではクラスメイトがひそひそと喋っている。
いつもは気にしていなかった、そんなこと。
でも、今の僕にはそれが耐えられない。
そう思った時には立ち上がっていた。
「どうした?」
担任の声が僕に刺さる。
「気分が悪いので早退します」
目は木目に落としたまま自分でも機械音じゃないかと思うような声で返事をしてそのまま教室を出た。
学校は、もう僕が居られる場所じゃない。大輝がいれば安心できたはずなのに。
廊下を進むたび靴底が硬い音を立てて心を揺らす。
それに気付いた僕はビクビクと震えながら静かに歩いた。
いつもより何倍も長い時間をかけてようやく駐輪場に辿りつく。そして、ここまで来てから鞄を教室へ置いたままだということに気付いた。
だからといって取りに戻るのは絶対に嫌だ。僕はそのまま自転車を漕ぎだした。
漕ぎだして、どこに向かうか決めていなかったことを思い出す。
目の前の信号が赤く光っていた。ブレーキをかけて歩道の縁から出ないように止まる。
「ずっとこのままならいいのに」
赤く眩しい光を仰ぎながら呟いた。
でも、信号は僕のことなんてお構いなしに青くなって「進め」と急かす。
ため息を出すことすらできなかった。




