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 部屋番号を入力してインターホンを鳴らす。

『どちら様ですか?』

「大輝か?」

『ん? 康弘か? どうした』

「ちょっとな……」

 言い淀んだところで察したのか、僕の言葉の続きを待たずに言う。

『とりあえず上がって来いよ』

 ガチャリ、と音が途絶え、代わりに自動ドアが開いた。

 ゆっくりとそれをくぐり、エレベーターで上がっていった――

 エレベーターから降りると、腕組みをしてドアにもたれかかっている大輝の姿があった。

 わざわざ外で待っていてくれたのか。

 近付いていくと気付いたのか、腕組みを解いて心配そうな表情を向けた。

 そのまま一度口を開いて、止めて、もう一度口を開いた。

「……とりあえず、入れよ」

「ありがとう」

 大輝が開けたドアを一緒に抜ける。

 おばさんには「宿題をやりに来た」と嘘をついた。

 持ってきた鞄を見ておばさんは納得していた。

 背中に冷や汗が浮かぶのを感じながら大輝の部屋に入った。

 後から入ってきた大輝が部屋のドアを閉める。

「今度は、どうした?」

 定位置の、パソコン前の椅子に腰かけながら大輝が眉をハの字にする。

 答えようとした。

 フラッシュバック。

 同時に、胃が上ってきた。

 何も言えずに口を押さえ、トイレへ駆け込んだ。

 便器にしがみつき、腹の底が突き上げられるに任せた。

 ビチャ、と水に液体が叩きつけられる音が、耳から僕の記憶を揺さぶる。

 何度も吐いた。

 口から吐き出されたものは黄色い胃液ばかりだったけれど、少しだけ気分は良くなった。

 コンコン、と後ろのドアがノックされる。

 続いて、大輝の「大丈夫か?」という声がドアを通り抜けてきた。

 レバーを回して水を流し、手洗いのために出てくる水でうがいをした。

「大丈夫」

 見られているわけではないのに笑顔を作りながら答えた。

 トイレを出ると、さっきよりも心配そうな大輝がいた。

 その顔がなんだか面白かった。

「……笑えるなら平気そうだ」

 独り言のようにそう言うと、大輝は先に部屋へ戻っていく。

 後ろ手にトイレのドアを閉めて部屋に戻った。

 部屋に戻ってからも、しばらくは二人とも黙っていた。

 僕は、かすかに震えていた。

 いろいろなことが一度に起きて、気が立っているのかもしれない。

 前のようにドアを背もたれにしながら、今度は自分の脚をぼんやりと見ていた。

「なぁ康弘」

 この空気が堪らなくなった、という調子で大輝が声をかけてきた。

「何?」

 大輝の方へ顔を向ける。

「……最近さ、その、色んな人と交流するようになったお陰か、評価が伸びてきたんだ」

 何の? という言葉が喉まで上がってきて、下りていった。

 小説の話か。

 へぇ、とぞんざいに返す。

「ようやく平均百点ぐらいもらえるようになってきてさ」

 大輝の額に冷や汗が見えるような喋りだった。

 僕は長座している脚にもう一度視線を落とした。

 それでも、大輝は続ける。

 毎日一つ小説を上げるようにして――

 小説の書き方が分かってきた気が――

 コメントも結構書いてもらえて――

――だから、なんなんだ。

――何も分かっちゃいない。

――自慢はもういい!

 僕は静かに立ち上がった。

 大輝がようやく黙る。

――大輝も、奪うのか? もう僕には小説だけしかないのに?

「大輝」

「なんだ?」

 大輝の声は、少しだけ震えていた。

「消してくれよ。小説。僕の居場所なんだ。小説は僕のものなんだ。なぁ。親友、だろ?」

 僕の声は、もっと震えていた。

 僕の方がダメな声だ。笑える。

 クスクス笑いが漏れる。

 大輝は引きつった表情で答えた。

「分かった」

 大輝はパソコンに向き直ると、自分の作品管理ページへ行く。

 そして、チェックボックスを全て選択すると、非公開を選んだ。

 消せと言ったのに。

 ポップアップの『はい』をクリックして僕に向き直る。

「これでいいか?」

 耳を打った声は、どこか憐れむように聞こえた。

 ああ、そうか。

 大輝はやっぱり僕のことを親友だと思っていなかったんだ。

 大輝も、僕から奪うんだ。

 僕のこと全部知ってるから、何もかも奪って、優越感に浸りたいんだな。そうなんだろ?

 学校の成績比べも、小説の自慢も、全部そうなんだよな?

 他人に、僕と自分を比較させて、自分のすごさを引き立てるために僕を利用したんだよな?

 大輝は怪訝そうな表情だ。

 怪訝? いや、違う。違う。大輝の眼は本気で僕のことを心配してる。

 どうして? どうして?

 自然と、脚が後ろに一歩出た。

 僕が悪いのか?

 僕が大輝を――そうか。分かった。

 全部分かった。

 気持ちのいい笑いがこみ上げてきた。

 惜しまずに笑おう。震えすら心地いい。

「……く、ふふ、ははは。あははははは!」

 僕が勝手に大輝を疑っていたんだから、笑うしかない!

 勝手に怖がって、善意を悪意と受け取ったのは、馬鹿な僕だ!

 小説のことを詳しく話さなかったことも、大輝が小説を書くと言いだした時に感じたものも、全部全部怖がりな僕が悪かった!



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