第十六話 堕ちた男
この作品には、作者自身の経験をもとにした描写が含まれています。
ただし、登場人物名・団体名・設定・時系列などは、作品として再構成したフィクションです。
もう、本当に時間が無い。どうやったら、コイツから離れられる?
そう思っていた時だった。
晶が、また突然、突拍子もないことを言い出した。
「喧嘩売るなら、俺クラスに売ってこいや!」
何故、何の脈絡もなく、こんな台詞が飛び出るのだろう。
・・・恥ずかしくないのか。
智久には、理解に苦しむばかりだった。
「俺の周りは、みんなお前のこと嫌ってるからな」
そりゃそうだろう。みんな、お前ら親子に気を遣って話を合わせてるだけなんだ。
結局、“大勢が嫌っている”と言っても、実際には黒田親子二人の意見に過ぎない。
だから智久は、吐き捨てるように言った。
「そりゃ、お前の周りがおかしいんだろうよ」
その言葉には根拠があった。
“俺の周り”が具体的に誰なのかは知らない。
だが、黒田道場の人間たちは、陰では黒田親子の文句ばかり言っていた。
つまり、周囲は裏切り者だらけだったのだ。
そんな事は知らない智久。
「あ?俺の周りがおかしい?」
「はっ、あんまりそういう事言わない方がいいよ」
自分の仲間は絶対だ・・とでも言いたいのだろうか。
伊豆川の時にも感じた違和感。
智久は、同じ質問をぶつけてみた。
「さっきから、色々こじつけた内容で絡んできてるけどさ……」
「本当の理由、あるんだろ?」
「何で俺に絡んでんのか、本当の理由を言ってみろよ」
晶は、一瞬だけ固まった。
それは、智久が“全面的に悪い訳ではない”と、認めたようにも見えた。
そして、晶は叫ぶ。
「お前、嘘つきじゃねーか!」
智久は、即座に返した。
「俺が、お前に何の嘘をついたって言うんだ?」
嘘をつき、約束を破ってきたのは、どう考えても晶の方だった。それだけは、智久も言っておきたかった。
すると晶は、怒鳴る。
「お前、俺に紹介しなかったじゃねーか!」
「……だから、何を?」
「俺を、天星高校のコーチにだよ!」
智久は、耳を疑った。
「お前、そんな八年も前の話でキレてんの?」
「うるせぇ! 俺は根に持ってるんだよ!」
「第一、あれはお前が――!!」
そこまで言いかけた時だった。
智久の脳裏に、あの日の記憶が蘇る。
「……お、お前、まさか」
「俺の息子に暴行くわえたよな?」
「それって……それが理由か?」
晶は、また不敵な笑みを浮かべた。
「だったら何だよ?」
「警察でも何でも、通報すりゃあいいじゃねーか」
さらに、信じられない言葉を続ける。
「それにな、俺は道場でいつも、朝陽とかもボコボコにしてっからな!」
智久は、呆然とした。
走馬灯とは、この事を言うのだろう。
一瞬、記憶が飛んだような感覚だった。
そして、智久の脳裏に浮かんだのは――
晶が、自転車で龍彦を迎えに来てくれたこと。
高校で県外へ行く時、餞別に自腹で寄せ書きアルバムを作ったこと。
一緒に川へ遊びに行ったこと。
二人でラーメンを食べに行ったこと。
世界大会の壮行会を開いたこと。
毎週、送り迎えをしながら、他愛もない話をしたこと。
そして――
「地元帰ったら道場開くんで、子供紹介してください。安倍さんも指導員で来てくださいよ。龍彦も、バイトで来てくれたら嬉しいです」
そう言って、笑っていたこと。
そんな晶との思い出が、次々と駆け巡った。
晶が“ボコボコにしている”と言った朝陽。
――金城朝陽。
金城の息子だった。
金城は、白鳥道場の父兄から嫌われていた。だが、智久は何となく嫌いになれなかった。
きっと、灰原に逆らえないだけなのだろう。
根は悪い奴じゃない。
その金城は段位を重ね、今では唯一、審判として残っている男だった。
そんな男の息子を“ボコボコにしている”と、誇らしげに語る晶。
智久は、絞り出すように言った。
「お前……」
「なんで、そんな人間になっちゃったの?……」
その言葉に、晶は何も返さなかった。
そして、そのまま無言で立ち去っていく。
もう、これ以上。今の晶を見ていたくなかった。
翌日。
操から、ある話を聞かされる。
「いやぁ、昨日、久々に喧嘩しちゃいましたよ」
晶が、職場でそう話していたという。
何から何まで、伊豆川とそっくりだった。
しかも、この大会は――初めて伊豆川の不正が問題になった大会でもある。
何の因果だろう。
だが、もうどうでも良かった。
あそこまで落ちぶれた人間なら、もう良くなる見込みは無い。
……智久は、忘れていた。
晶の“本当の常套手段”を。
これで終わりじゃない。
揉め事を起こした後、晶が必ずやる事があるのだ。




