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第4話:仕様の境界線と、一パーセントの揺らぎ

洞窟を出る準備は、まず「備蓄」の確保から始まった。


「ミーシャ、君の空間にスープを貯蔵しておきたい。俺が複製するから、君は素材集めを頼めるか」


「わかりました。私は動いていればいいのね」


役割を分担し、作業を開始した。ミーシャが周囲を歩き回り、食用可能な野草や枯れ枝を次々と空間へ放り込んでいく。アドルは「十メートルの共有圏」の内側に彼女を留めながら、ひたすら複製錬金を繰り返した。


一回、二回、十回。


【複製錬金】に魔力は不要だが、無機質な作業は精神と集中力を確実に削っていく。鉄鍋という「質量」を何度も具現化させる感覚。素材が分解され、再構成されるたびに、脳の裏側に熱い痺れが走る。かつての日々で感じた疲労とは違う、魂そのものを研磨するような消耗。


五十個。百個。


ミーシャの空間には、全く同じ形をした鉄鍋に入った『品質C』のスープが整然と並んでいく。不気味なほど同じ顔をしたスープの列は、俺たちの生存を保証する兵糧の山だった。しかし、単調な作業の果てに、アドルの意識がわずかに揺らいだその時。


「……あ」


百二十二個目。錬成の光が、今までよりも一際強く、白銀の輝きを放った。


手の中に現れたのは、これまでの泥臭い色合いとは違う、透き通った黄金色のスープだった。


「アドル、今の……光り方が違ったわよね?」


「ああ。……待て、鑑定してみる」


アドルは手元のスープを注視した。


『野草の煮込みスープ 品質:B』


「Bだ。ミーシャ、上振れが起きたぞ」


俺はそのスープを一口啜り、ミーシャにも手渡した。驚いた。野草の強烈な苦味は影を潜め、代わりに滋味深い旨味が喉を潤していく。ただ腹を膨らませるための「餌」のようなスープとは、料理としての格が違った。


「美味しい……! これも、アドルなら増やせるのよね?」


「ああ。これを俺の物だと認識した今、レシピは『品質B』に更新された。だが……」


アドルは脳内に浮かんだ新しいレシピの内容を読み取り、思わず眉をひそめた。


「どうしたの?」


「レシピが別物なんだ。品質Bを百パーセントの確率で作るには、Cの時よりも多くの素材を消費する。それに錬成にかかる時間も……体感で一・五倍は長い」


「……いいことばかりじゃないのね」


「ああ。より良いものを作るには、相応のコストがかかる。神が言った通り、『等価交換』の原則は絶対らしい」


品質Bの解放は、単なる喜びだけでなく、今後のリソース管理の難しさを突きつけた。より良い品質、より強い武器。それを手に入れるためには、より多くの素材と時間が必要になる。この世界のシステムは、どこまでも公平で、冷徹だった。



その日の午後。ミーシャが休息を取る傍らで、アドルはひたすらこんぼうを振り続けた。


スープが品質を上げた。ミーシャの魔法が形になった。なら、次は俺が、この「剣術適性」という不確かなステータスを、せめて実戦に耐えうる「品質」まで引き上げなければならない。


ブン、という風を切る音が、静かな森に響く。二十代の身体は、振れば振るほどその動きを吸収し、最適化していく。かつて忘れていた、肉体を練り上げるという純粋な快感。新宿の駅のホームで、あるいは窮屈なオフィスで、決して感じることのできなかった「生」の震え。


俺は汗を拭い、夕闇が迫る森の奥を見据えた。スープの備蓄は十分だ。装備の「品質」も、自分の「技術」も、まだ磨く余地はある。


「……行こう、ミーシャ。次は、この森を出るための『道』を探す番だ」


冷たい朝の空気を切り裂くように、二人は洞窟を後にした。一歩一歩、泥濘に足を取られながらも、その足取りに迷いはない。生存、確保、そしてその先にある逆襲へ。

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現代社会で培った知識と価値観を持つ大人の男女が、突然異世界へと転移させられ、複製錬金と異空間保存という強力な能力を与えられながらも決して万能ではなく、恐怖や戸惑い、生き残るための判断に悩みつつ一歩ずつ…
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