第187話:家族会議
禁忌の森での濃密な二日間の修行を終え、俺とミーシャは王都の地下深く、自身で錬成した隠れ家である要塞基地へと帰還した。
重厚な隠し扉を開けると、そこには温かな魔力ランプの光と、食欲をそそるシチューの匂いが漂っていた。
「アドルさん! ミーシャさん! お帰りなさいなの!」
いち早く俺たちの気配を察知したルルが、パタパタと足音を立てて駆け寄り、俺の腰に勢いよく抱きついてきた。
二日間離れていただけだが、その元気な「なの」という語尾を聞くと、過酷な修行で張り詰めていた心がすっと解けていくのがわかる。
「ただいま、ルル。留守番ご苦労だったな。カミラの言うことはちゃんと聞いていたか?」
俺がルルの頭を撫でると、彼女は誇らしげに胸を張り、小さなえっへんというポーズをとった。
「もちろんなの! すらたんと一緒に、基地の周辺警戒もバッチリやってたなのよ!」
「お帰りなさいませ、ご主人様、ミーシャ様。お怪我はないようで何よりですわ」
エプロン姿のカミラが、お玉を持ったまま優雅にお辞儀をした。その顔には、隠しきれない安堵の色が浮かんでいる。
「ただいま、カミラ。いい匂いだな、腹が減って倒れそうだよ」
「ふふっ、修行で心身ともに削られてくるだろうと予測して、とびきり栄養のつくお肉の煮込みをご用意しておりますわ。さあ、まずはダイニングへどうぞ」
俺たちは装備を解き、カミラが用意してくれた円形のダイニングテーブルを囲んだ。
ここにはアリア王女やガラハドのような王族や騎士はおらず、俺と、俺が心から信頼する『家族』だけの空間だ。
湯気を立てる絶品の料理を平らげた後、俺は温かいお茶を一口飲み、居住まいを正した。
「さて、カミラ、ルル。二日間の修行の成果だが……結論から言うと、俺もミーシャも、以前とは比べ物にならない次元の力を手に入れた」
俺の言葉に、カミラとルルが真剣な眼差しを向ける。
「ミーシャから説明してやってくれ」
俺が促すと、ミーシャは少し照れくさそうに、しかし自信に満ちた表情で右手を掲げた。
「私はリーネ師匠の指導で、片手二重螺旋を両手で同時に展開する『四重螺旋』を習得したわ。これまでは魔力を事前に右手に溜め込んでおかないと最大火力を出せなかったけれど、これからは溜め動作なしで、いざという時に瞬時に絶大の威力を叩き込めるようになったの」
「四重螺旋……。二重でも凄まじい威力でしたのに、それが四重。しかも即時発動とは、まさに戦略兵器ですね」
カミラが感嘆の息を漏らす。
空間魔法と圧倒的な魔力密度を掛け合わせた彼女の魔法は、もはや一個師団を単独で吹き飛ばせるレベルに達している。
「俺の方は、錬金術の概念そのものを拡張してきた」
俺はテーブルの上にあった空の木製カップを指差した。
「これまでは、素材をポケットに入れて持ち歩くか、ミーシャの異空間から取り出して錬成していた。だが、今は違う。この空間にある『空気』『水分』『温度』、そして『光』。そういった自然環境そのものを素材として、直接現象を書き換えることができるようになった」
俺が意識を向けた瞬間、空のカップの中に空気中の水分が急速に凝縮し、純度の高い水が満たされていく。さらにその水は一瞬で沸騰し、次の瞬間には絶対零度の氷へと姿を変えた。
「自然の力を利用した錬成……。アドルさん、それってつまり、戦う場所すべてがアドルさんの武器庫になるってことなの?」
ルルが目を丸くして身を乗り出した。
「そういうことだ。敵の放った魔法の熱すらも、俺の錬成素材になる。ゴリアスのような純粋な暴力に対しても、環境を支配することで完全に制圧できるはずだ」
二人の頼もしい成長を聞き、カミラは嬉しそうに微笑んだ後、表情をスッと引き締めた。
「頼もしい限りですわ。これで、いよいよ本格的な反撃に出られますわね。……ルルちゃん、アリア様たちの状況を、ご主人様にご報告を」
カミラに促され、ルルは手元のメモ帳のような魔力板を開いた。
すらたんが集積したデータを元に、ルルがこの二日間の王都の戦況を説明し始める。
「アドルさんたちがいない間、アリアさんたちの反乱軍は防衛戦に徹していたなの。第一の将ヴァンダルの猛攻はすごく激しくて、武力に物を言わせた強行突破で、西区の第十二エリアと第十五エリアが新たに占拠されちゃったなの」
「また二つ取られたか……。人的被害は?」
「アリアさんの的確な撤退指示と、回復したガラハドさんが殿を務めてくれたおかげで、致命的な死傷者は出ていないなの。でも、みんな疲労困憊みたいなの。ヴァンダルの部下たちは休むことなく波状攻撃を仕掛けてくるから、反乱軍の魔力も体力も限界に近い状況だって、すらたんが言ってるなの」
ルルは悔しそうに唇を噛んだ。
「それと、アルベルト王子を奪還されたイザベラの方は、不気味なくらい動きがないらしいなの。ヴァンダルに前線を任せて、王城の奥に引きこもって何か強力な術式を準備しているんじゃないかって、アリアさんが警戒していたなの」
「……なるほどな。イザベラは一度の失敗で引き下がるような女じゃない。王子という『鍵』を失った今、別の手段で王都の結界を乗っ取るつもりだろう」
俺は腕を組み、脳内で王都の地図と敵の配置をシミュレーションした。
現状、王都の七割以上が魔王軍の手に落ちている。防衛しているだけでは、いずれジリ貧になって押し潰されるのは明白だ。反乱軍の士気も、これ以上の後退は致命傷になりかねない。
突破口が必要だ。
それも、敵の出鼻を完全に挫くほどの、圧倒的な勝利が。
「状況は把握した。ルル、報告ご苦労だったな。お前とすらたんの索敵と情報整理能力には本当に助けられている」
俺が労うと、ルルはえへへと嬉しそうに笑い、えっへんとなの! と胸を張った。
「明日から、俺たちも拠点奪還作戦に本格的に参加する。これまでは敵の目を掻い潜る遊撃や救出作戦がメインだったが、ここからは違う。正面から敵の部隊を粉砕し、奪われたエリアを一つずつ、確実に取り戻していく」
俺の宣言に、ミーシャが力強く頷き、カミラが背筋を伸ばした。
「まずは、敵の補給経路であり、西区への入り口となっている『第七商業エリア』を狙う。あそこを奪還すれば、ヴァンダルの部隊を分断できるはずだ。……俺とミーシャの新しい力、そしてルルの召喚術で、魔王軍に俺たちの本当の恐ろしさを教えてやろう」
「はいっなの! アドルさんの指示通りに、全力でいくなの!」
「ええ。私たちの力で、アリア様たちの負担を一気に減らしてみせるわ」
決意に満ちた家族たちの顔を見渡し、俺は深く頷いた。
修行による疲労はまだ残っているが、不思議と体は軽く、魔力は満ち溢れている。
リーネから叩き込まれた世界の理が、俺の中で静かに脈打っていた。
「よし、今日はもう休もう。明日、夜明けと共にマリアの教会へ向かい、アリアたちと合流する。反撃の狼煙を上げるぞ」
かくして、王都奪還に向けた家族会議は幕を閉じた。
地下要塞の静寂の中で、俺たちは来るべき激戦に備え、静かに刃を研ぎ澄ますのだった。




