第141話 : 共鳴する双子
二十層の石碑から再突入した一行を待っていたのは、これまでとは明らかに質の異なる殺意だった。
二十一層に足を踏み入れた途端、背後の通路が轟音と共に崩落し、前方からは大量の濁流が押し寄せてきた。
「なんだって……いきなり水攻めなの!? シルヴァ、助けてなの!」
「ふん、騒ぐな。……凍てつけ!」
シルヴァが氷の長槍を突き出す。
ヒュオォォッ!
一瞬にして濁流が巨大な氷壁へと変わり、通路を塞いだ。
だが、休む暇はない。
ガガガッ、と不気味な音を立てて壁がひとりでに動き出し、迷路のように通路が組み替わっていく。
「鑑定! ……壁そのものが巨大な術式で制御されてる。ルル、シルヴァ、右だ! 迷路の構造が三秒ごとに変わるぞ!」
アドルが叫ぶ。
行き止まりに追い詰められそうになるたび、アドルは床に手を突き、瞬きの錬金術を発動させた。
「鑑定……構造把握! 錬成……通路作成!」
行き止まりの壁の目の前に、手前の開いた通路の構造を爆速で複製・練成し、無理やり直進ルートを繋ぎ合わせる。
迷路を解くのではなく、物理的に道を作り直し、罠を力技で塗り潰しながら進む強引な突破だ。
◇
二十五層に到達した時、迷宮全体の空気が震えた。
壁面の血管のような触手が赤黒く発光し、おぞましい声が頭の中に直接響き渡る。
「……聞こえるか、忌々しい人間どもよ」
「この声……まさか魔族か!」
「私はかつての敗北を忘れぬ。策士の知略と、魂を弄ぶ力……その全てを手に入れた我が今の名はゼノア。私は五十層の深淵で貴様らを待っている。アドル、貴様を殺し、再びあの街を蹂躙し、絶望の苗床にしてやろう」
「……よく喋る奴だ。直接出てくる度胸もないのかよ!」
アドルの挑発に、ゼノアの冷笑が返る。
「まずは我が可愛い子供たちと遊ぶがいい。……生きて辿り着けるならな」
声が消えると同時に、周囲の魔圧が跳ね上がった。一行は沈黙したまま、さらに深部へと突き進む。
◇
三十層。
そこには、二十層までとは比較にならないほど巨大な、黄金の天秤が描かれた重厚な扉が立ちはだかっていた。
扉を潜ると、そこは静寂に包まれた円形の広場だった。
中央に立っていたのは、十歳にも満たないような、幼い少年と少女。
「……子供? なんでこんなところに……」
ミーシャが構え、息を呑む。
だが、その二人から放たれるのは、吐き気がするほど濃密な魔族の気配だった。
「ボクはアイン」
「わたしはツヴァイ」
二人が同時に頭を下げた。
その直後、背後の扉が禍々しい鎖で封印される。
ガコンッ!
「「死ぬまで、いっしょにあそぼうね」」
エリア全体にシステム音が響き渡る。
エリアギミック発動:■■■■■
効果:■■■■■■■■■■■■■■■
「……っ、なんだ、この不快な魔力は……!」
アドルの警告が終わる前に、ルルが地を蹴った。
「子供でも手加減しないなの! 炎の剣晶、起動!」
ドカァッ!
ルルの拳が少女ツヴァイの腹部を正確に捉える。
だがその瞬間。
「ぐっ……!? な、なに……!?」
攻撃を仕掛けていないミーシャが、激痛に顔を歪めて膝をついた。
「おい!ミーシャ!? どうしたんだ!」
「……わからない、今、ルルちゃんが攻撃した瞬間に、私の脇腹に凄まじい衝撃が……!」
「あはは、いたいでしょ?」
アインが不気味に微笑み、指先から麻痺の毒針を放つ。
シュンッ!
「させるか! 氷晶長槍・旋回!」
ガキィィンッ!
シルヴァが槍で針を弾き飛ばす。
そのままの勢いで槍を一閃させ、アインの腕を深く掠めた。
直後、アドルが肩を抑えて呻いた。
「ぐっ……! まさか、……ダメージが反射してやがるのか……!」
「アドルさんまで!? もう、めちゃくちゃなの!」
ルルが叫ぶ。
さらに絶望は続く。
シルヴァが本来の力の一部を解放し、少年アインの胸を槍で貫いた。
ドスゥッ!
「まずは一人……!」
アインは血を吐いて倒れ伏す。
「んぐぁ……まてシルヴァ……!」
またもやアドルに痛烈なダメージがはいる。
そして数秒後。
「あはは、いたーい」
死んだはずのアインが、何事もなかったかのように立ち上がった。少女ツヴァイの魔力がアインに流れ込み、傷口が瞬時に塞がっていく。
「バカな……今の突きは確実に心臓を捉えていたはずだぞ!」
シルヴァが驚愕に目を見開く。
「次はわたし。えいっ!」
ツヴァイが杖を振ると、無数の魔力の弾丸が降り注ぐ。
ドカカカカッ!
「くっ……ウィンド・シールド・ダブル!」
ミーシャが左手一本で風の盾を展開する。
だが、防御に徹していても相手は止まらない。
アインは回復魔法で自分たちを癒し、ツヴァイは回避困難な飛び道具で着実にアドルの体力を削っていく。
「ハァ……ハァ……。これじゃ、手出しができないなの……」
ルルの膝が震え、その場に崩れ落ちる。
シルヴァも身体中の古傷が開き、銀の髪が赤く染まり始めていた。
「鑑定……鑑定しろ……何かあるはずだ……!」
アドルは激痛に耐え、血走った目で二人の動きを凝視した。
だが、蘇生の理屈も、ダメージの法則も、霧の中に隠されたまま見えてこない。
「……っ、クソ、解析が追いつかない……!」
「「あはは! まだやるの? つぎはだれがしんじゃうかな?」」
少年と少女が、無邪気な殺意を込めて手をかざす。
その上空に形成されるのは、回避不能な極大の魔力塊。
全員が満身創痍。攻撃すれば自滅し、倒しても蘇る。
かつてない絶望的な状況。
アドルは震える手で剣を握り直し、死の淵で必死に答えを探し求めていた。




