第123話:絆の螺旋
「ギ……イィィ……ッ!」
アドルの手の中で、銀の短剣が砕け散る寸前の悲鳴を上げる。
フィアの巨大な影の鎌が、アドルの喉元を断とうと沈み込んでくる。
強ガードで耐えるが、魔力が底を突くのが先か、刃が折れるのが先か。
その時だった。
「アドル――ッ!!」
背後の扉が吹き飛び、黄金の光が室内に躍り出た。
ミーシャだ。
彼女がアドルの背後に踏み込んだ瞬間、断絶していた魔力の回路が爆発的な輝きと共に直結した。
十メートルの壁が消滅し、アドルの脳内に「異空間保存」の全在庫が鮮明に浮かび上がる。
「……待たせたな、逆転の時間だ」
「なっ、何……!? 急に力が……っ!」
フィアが驚愕に目を見開く。
アドルは指を鳴らした。瞬きの錬金。
「瞬きの錬金――『腐食の錆』」
アドルがフィアの鎌に触れた瞬間、漆黒の刃がボロボロと赤茶けた粉を吹いて崩れ始めた。
かつて鍛冶屋で、誰よりも多くの錆と向き合い、その性質を理解し尽くしたアドルだからこそできる、物質の劣化錬金。
「嘘……魔王様から授かった、私の最強の鎌が……腐っていく……ッ!?」
「形あるものは、いつか壊れる。……それが世界の理だ」
フィアが動揺し、鎌を引こうとする。
アドルはその隙に、隣に滑り込んできたミーシャの耳元で囁いた。
「ミーシャ、俺が削って最後は拘束する。お前は最大火力の魔法を練り上げろ。ルルにブーストを合わせさせろ。……任せたぞ」
「……! 了解よ。やってみるわ!」
アドルはそのまま前方へと飛び出した。
◇
「まだまだいくぞ!」
アドルは走りながら、異空間から鉄の端材を大量に引き出し、フィアを取り囲むように地面へ突き刺した。
一瞬で錬成された、数百本の鉄の短剣。
「そんななまくら、当たらなきゃ意味がないわ!」
フィアは機動力を活かし、残された影を翼のように広げて宙へ舞う。
だが、アドルは不敵に笑い、フィアの背後の壁に手をかざした。
「瞬きの錬金――『磁気障壁』生成!」
「えっ……なにこの壁!?」
フィアの背後の壁一面が強烈な磁力を帯び、部屋中の空気が震える。
「これ、一度やってみたかったんだよな。」
アドルが合図を送ると、地面に刺さっていた数百の短剣が一斉に浮き上がり、磁力に引かれてフィアへと殺到した。
「くっ……避けきれない……っ!」
ガガガガガッ!
猛烈な鉄の雨がフィアへ襲いかかる。
フィアは身をよじって致命傷を避けるが、無数の刃が彼女の影の体を削り、魔力を奪っていく。
「追加だ。受け取れ!」
アドルはさらに鉄の塊を次々と錬成し、砲弾のように撃ち出した。
空中を舞い、必死に回避を続けるフィア。
だが、ダメージの蓄積でその動きは確実に鈍くなっていく。
◇
その頃、室内の隅でミーシャが極限の集中に入っていた。
彼女は杖を投げ捨て、両手を前に突き出す。
「……できるかわからない。でも、やるしかないのよ!」
左手に風の魔力を。
右手には、時空の断層と圧縮された炎――『ディメンション・ブレイク』と『ファイア』の二重螺旋を。
かつては両手でようやく安定させていた術式を、今、片手ずつに割り振る。
理論上は可能なはず。
三重螺旋の同時詠唱。
「ぐ、あぁ……ッ!」
凄まじい反動がミーシャの華奢な体を襲う。
魔力の衝突が彼女を吹き飛ばそうとしたその時、背中に温かい感触が触れた。
「ミーシャさん、頑張るなの……! あたしたちが支えるなの!」
「グググ!」
ルルとアーサーが、背後から全力でミーシャの体を押し止める。
三人の絆が、暴走する魔力を繋ぎ止めた。
「アドルさん……もうすぐ、準備ができるわ!」
「わかった! 逃がさないぜ!」
アドルはフィアの足元に向け、最後の錬成を放つ。
激しい攻撃に晒され、着地した瞬間のフィアを狙い澄ました。
「瞬きの錬金――『聖鋼の拘束鎖』!」
地面から飛び出した光り輝く鎖が、フィアの両足を容赦なく締め上げる。
体力を削られた彼女に、それを振り払う力はもう残っていない。
「嘘……動けない…くっ……これ聖属性か………離しなさい、この……ッ!」
「終わりだ」
アドルが後ろへ大きく飛び退く。
その視線の先で、ミーシャの魔力が臨界点に達した。
「ルル、今よ!」
「いくなの……『アタックブースト』、全開なの!!」
ルルの叫びと共に、ミーシャの背中に極彩色の翼のような魔力供給の光が宿る。
ミーシャの黄金の瞳が、漆黒の炎を映し出した。
「風、火炎、空間、すべてを穿て――『絶風・極炎黒裂破』!!」
黒い炎を纏った超高速の旋風が、空間を削り取りながらフィアへと解き放たれた。
「ぎ、ああああああああああああぁぁぁぁっ!!」
闇と炎、そして風の奔流がフィアの体を飲み込み、屋敷の壁ごと彼女を外へと吹き飛ばした。
凄まじい爆音と共に、リュステリアの夜空に黒炎の柱が立ち昇る。
◇
「……はぁ、はぁ、はぁ……っ」
アドルは膝を突き、肩で息をしながら、フィアが消えた方向を見つめた。
爆煙の向こう側。
そこには、全身を焼かれ、もはや魔族としての原型を留めぬほどにボロボロになったフィアが、憎悪の籠もった視線をこちらへ向けていた。
「……覚えて……なさい……この屈辱……次は……必ず……」
フィアの声は途切れ途切れになり、そのままノイズのように闇の中へ消えていった。
完全な決着ではない。
だが、リュステリアを襲った最悪の夜は、今、彼らの力によって終わりを告げようとしていた。




