第113話:新規商会
リュステリアの街並みは、表面上は以前と変わらぬ活気を装っているが、通りを行く人々の顔には薄い影が落ちていた。
増税の噂と、逆らう者を容赦なく切り捨てる領主の強硬な姿勢が、人々の心に冷たい澱となって沈んでいる。
アドルとミーシャは、見慣れた「モルガンの店」の扉を潜った。
「おう、アドルにミーシャか。……無事に戻ったとは聞いていたが、その面構え、随分と修行が身に付いたようだな」
カウンターの奥で帳簿を付けていたモルガンが、顔を上げて二人を歓迎した。
だが、その声には以前のような快活さはなく、どこか疲弊した響きが混じっている。
「モルガン、久しぶりだな。屋敷の件ではカミラとルルを助けてくれて、本当に感謝している。……マナバッテリーを売らずに取っておいてくれたこともな」
アドルが頭を下げると、モルガンは「気にするな」と言わんばかりに手を振った。
「それより、今日は何の相談だ? またポテトの卸しを増やすか?」
「いや、今日はもっと根本的な話をしに来たんだ。……俺たち、自分たちで店を出そうと思う」
アドルの言葉に、モルガンのペンが止まった。
周囲の空気が一瞬で凍りついたような錯覚に陥る。
「……自分たちで店を? 冗談だろう、アドル。今のこの街で新規に店を構えるのがどれほど危険か、分かって言っているのか?」
「分かっている。ギルバートたちが俺の屋敷を狙ったのは、俺という『不確定要素』を排除したかったからだ。なら、今度は彼らが無視できない規模で、真っ向から勝負を仕掛ける」
アドルは真剣な眼差しで、リーネの修行で得た新たな確信をモルガンにぶつけた。
「俺はこの街の経済を掌握する。重税で首が回らなくなっている領民の支持を集め、領主の支配を根底から揺るがす。そのための拠点が欲しいんだ」
「……無茶だ。領主が黙っているはずがない。それに、既存の商人ギルドだって黙っちゃいないぞ。お前が安売りを始めれば、即座に営業停止命令が出る」
「だから、ただの店じゃない。俺の『瞬きの錬金』なら、品質も速度も、この世界の常識を置き去りにできる。……モルガン、あんたにはその『販売網』を貸してほしい。俺たちが作る規格外の商品を、あんたのルートで街中に流すんだ」
モルガンが口を開きかけたその時、店の外から乱暴な怒号が響き渡った。
「おい! モルガン、いるか! 領主府の特別監査官だ。開けろ!」
ドォォォォン! と扉が蹴り開けられ、数人の武装した衛兵を引き連れた役人が踏み込んできた。その顔には見覚えがある。ギルバートの腰巾着の一人だ。
「モルガン、お前には反逆者アドルへの『資金提供』の疑いがある。本日を以て、この店の在庫はすべて没収、営業権も一時停止とする!」
「なっ……そんな横暴が通るか! 私は正当な商いをしているだけだ!」
モルガンの叫びを、役人は冷笑で一蹴した。
衛兵たちが棚の商品に手をかけようとしたその瞬間──。
「──触るなよ。それは俺の仲間の資産だ」
アドルの声が、低く、鋭く響いた。
衛兵が舌打ちをしながらアドルを突き飛ばそうと手を伸ばす。
その刹那、アドルの指先が「瞬き」の速度で動いた。
「複製……重力アンカー、設置」
ガチャッ、という奇妙な音が響くと同時に、衛兵の手が触れた棚の脚に、漆黒の金属塊が唐突に出現した。
それと同時に、役人たちの周囲の空間が不自然に歪む。
「ぐ、おぁぁっ!?」
衛兵たちは何かに強く押し潰されるように、その場で床に膝を突き、動けなくなった。
アドルの足元から、伝説級素材の磁力が指向性を持って放たれている。
「な、なんだこれは!? 何をした!」
「ただの清掃だよ。……さて、監査官さん。この店には不備はないはずだ。それとも、このままこの部屋の『重力』を十倍に増やしてみるか?」
アドルの瞳には、もはや以前のような迷いはなかった。
圧倒的な力を、目的のために躊躇なく振るう冷徹な意志。
その気配に押され、役人たちは震えながら店から逃げ出した。
「アドル……お前、今の力は一体……」
呆然とするモルガンを、アドルは静かに見つめ返した。
「これが俺の新しい『商売』のやり方だ。……モルガン、俺はもう、誰にも大切なものを奪わせない」
経済掌握の第一歩は、力による威圧という意外な形で始まった。だが、この騒動は即座に領主ヴァルゴスの元へと届くことになる。




