10話 恋人ごっこの続きする?
私の仕事を手伝うと、トテトテと私の後をついてくるひまりちゃん。
怪我は酷くないし、仕事内容も暇な為、手伝ってもらう必要性はない。
けど、本人がやる気なのに、拒否するなんて非道なこと、私にはできなかった。
「いや、流石にここはダメ……!」
「でも……菜乃花、怪我してる……!」
「怪我してても、一人でできるから!」
「む……私が手伝う!」
「ダメったら、ダメ……」
私が頑なに拒んでいるのはトイレだった。
トイレを手伝ってもらったら色々と不味い気がする。
「ふぅ……」
扉を開けると、トイレの前でひまりちゃんが頬を膨らませていた。
「……」
流石に今のは私は悪くない。けど、私の正当性を押し付けても、ひまりちゃんの機嫌は治らないだろう。
「あー、ひまりちゃんに手伝って欲しい仕事あるなー」
「えっ……やる!」
さっきまでの不機嫌はどこへ行ったのか、今では飼い主に尻尾を振る可愛らしいワンちゃんのようだ。
ということでハタキと箒と塵取りを持ってきて、掃除を始める。
「まずは本棚から掃除しよう」
本棚と本の埃をハタキで落として、床を箒で掃除する手順だ。
私とひまりちゃんは本棚をハタキで掃除する。
「っ……」
ひまりちゃんが必死に背伸びをして、何度も高いところを掃除しようとするが、届かないようだ。
「高いとこは私がやるから、低いところお願い」
「うん」
ひまりちゃんと一緒に掃除していく。
「な、菜乃花……」
「うん?」
ひまりちゃんに震えた声で、名前を呼ばれた。振り返ると、ひまりちゃんは私の背中に隠れた。身体を震えて、顔が青くなっていた。
「く、黒いの……!」
ひまりちゃんが本棚と壁の隙間を震える指で差す。
黒いの……ゴキブリか。
苦手じゃないけど、好きでもない。
無職時代はよくは部屋に出てたし、退治にも慣れたものだ。
「殺虫スプレー持ってくるから、見てて」
「お、置いてかないで……!」
ひまりちゃんが私に縋り付く。
その様子に、グッと来るものがあるが、背中に痛みが走る。
「わ、わかったから……一緒に行こう」
「……うん」
ひまりちゃんが私の腕に掴まる。少し歩きにくいかも。
事務所に殺虫スプレーを取りに行き、戻ってきたが、ゴキブリはいなくなっていた。
「……た、倒した……?」
「いや、いなくなってた」
「えっ……」
ひまりちゃんは辺りを警戒する。
よっぽど苦手なんだろう。
「まあ、そのうち出てくるよ。ほら、掃除再開」
「……うん」
ひまりちゃんが身体を縮こまらせて、清掃を再開した。
***
掃除が終わり、受付をしていると、ひまりちゃんの頭がコクン、コクンと動いていた。
瞼が閉じては開くを繰り返して、大きな欠伸をしていた。
「お昼寝する?」
「だ、大丈夫……!」
強がっているけど、目を手で擦っていた。
枕があれば三秒で寝るだろう。
「ひまりちゃん、休憩にしよ」
「まだ、働ける……!」
「ダメ。休憩も仕事のうちだから」
「休憩も、仕事……?」
「そうそう」
「わかった」
私達は宮村さんと受付を交代した後、事務所に行く。
「ひまりちゃん、何か飲む?」
「……うん」
冷蔵庫を開けると、麦茶が入っていた。
麦茶をコップに入れて、ひまりちゃんに渡す。
「冷たい……」
喉が渇いていたのか、一気に飲み干してしまった。
「ん……」
「ひまりちゃん、こっちで寝ようね」
「うん」
私はひまりちゃんの手を引いて、ソファーに誘導する。
ひまりちゃんがソファーに横になる。私は毛布を取ってこようとすると、ひまりちゃんが私の服の裾を掴んだ。
「菜乃花も」
「えーと……」
ソファーは引っ付けば二人が寝れるスペースがある。とは言っても、私は眠くないし。
「休憩も仕事」
「……そうだね」
私もソファーに横になる。ひまりちゃんが私に身体をピッタリと寄せる。
冷房は効いてるけど、少し暑いかも。
「菜乃花……」
ひまりちゃんが身体の向きを変えて、私と向かい合う。
「なに?」
「……私、役に立った?」
「……うん、助かったよ」
そう言うと、ひまりちゃんは笑った。
その無邪気な笑顔に思わずドキリとする。
「菜乃花、ギューして」
「はいはい」
ひまりちゃんを抱きしめる。
うん、温かい。
それに良い匂いがする。安心するような優しい香りだ。
私はひまりちゃんの頭に顔を埋める。
「菜乃花……?」
「ごめん、ちょっとだけ……」
「うん」
私は小さい子に何をやってるんだろう。
でも、こうしてひまりちゃんを抱きしめていると、満たされるものがあった。
「ねえ、ひまりちゃん」
「うん?」
「恋人ごっこの続きする?」
「続き……?」
「うん、キス」
「っ……」
寝ぼけていたひまりちゃんの顔が真っ赤になった。




