義理息子の決断
「お疲れ様です」サンド
「終わりました」ニコラ
「お疲れーです」ニール
「お疲れ様です」ナタク
「終わりました」ジャラ
5人は、いつものように勤め先の事務所へ入った。ここは、現場作業の帰りに顔を出せばいいだけの場所だ。
「?」
「……」
「…」
「社長は⁈」
「誰⁈」
部屋に入った瞬間、誰もが言葉を失った。いつも、いるはずの社長のカレンの姿が見えなかったからだ。
「ああ、お疲れ様です」
代わりに声をかけてきたのは、ふくよかな体格で親しみやすい笑みを浮かべた男だった。
「カレン社長は、一身上の都合により急遽辞任されました。後任として、私、ケイン・ミイルが就任しました。
急ですが、皆さんこれからは、よろしくお願いします」
「えっ⁈ 何で、また……」
ジャラは何も聞かされていなかった。
「都合って何だよ。聞いてないぞ」
「ジャラとも仲が良かったじゃないか? 何か言っていなかったか」
「……いや、何も……」
「急過ぎるだろう」
「……何か、あったのか?」
皆、社長とは家族のように親しかった。不満と戸惑いが部屋に満ちる。
ジャラはふと、義理の息子の顔を思い浮かべた。
――まさか、あいつの身に何かあったのか?
「実は、私も詳しいことは聞いていないんです。急に後任の話があってね。さあ、この話は終わりです。皆さん、いつものように今日の勤務時間と仕事内容を記入してください」
「はい」
「わかりました」
「やれやれ、終わりだー」
「なんだか、社長のことは気になるんだが…」
「まあ、本人しかわからないってことか」
皆はいつもの事務的な記入をして、帰っていった。
「……ちょっと、先に帰っていてくれないか」
ジャラは仲間たちにそう声をかけた。
最後の一人が出ていくのを確かめてから、ケインが静かに言った。
「君はジャラさんだね。カレンから、ピエーネを預かっている」
「ピエーネ……(手紙?)」
ケインは一通の封書を差し出した。
★●●★
お義父さん。今までありがとうございました。
いくら外見を変えても、あなたなら私に気付いていたことでしょう。
この会社で社長をしていたここ数年、私は幸せでした。
家族と、そして仲間と一緒にいられたからです。
ですが先日、私の裏の稼業を引き継いだ若者が、ケジャンに追われてここへ来ました。
私はその青年に短期間で仕事を引き継ぎ、彼の前から姿を消しました。
私は、幸せになりたかった。あなた達と共に。
けれど、疲れ果てたあの青年の姿を見たとき――
このままここに留まって、後悔せずにいられるのだろうか⁈
寝る間も惜しんで考えました。
そして、この決断をしました。
最後にキッタやカナンやあなたに会えたこと。
それが、これからの私の支えになるでしょう。
心から感謝しています。
あなたの息子 ランティより
★○○★
「……うっ……」
ジャラはピエーネ(手紙)を握りしめ、涙をこらえきれなかった。
ケインが静かに語る。
「ここは、あの裏稼業から離脱した者たち――更生するために、彼が設立した会社なんだ。ここを拠点に、他にもいくつかの支社がある。隠れる場所はいくらでもあったはずなのに、だが……今回の選択は、彼自身の意志なんだ」
「……ふふっ。あいつらしいなあ」
涙を拭いながら、ジャラは文字を見つめ続けた。
あいつと肩を組んで帰った夜。
キッタに会ったとき、泣きそうになっていた顔。
カナンの成長に驚いていた表情。
義理の息子の姿が、鮮明によみがえる。
しばらく、動くことができなかった。
やがて、苦く香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
「ランティ⁈」
顔を上げると、青いカップが目の前に置かれていた。
「これでも飲んでから帰るといい」目を細めて、ケインは声を掛けた。
それは、彼がいつも使っていたカップだった。
白い湯気が、静かに、渦を巻きながら立ちのぼる。
ジャラはそっと両手で包み込む。
温もりが、指先から胸の奥へと染みていった。
――帰ろう。
あいつが守ろうとした場所へ。
『完』




