電波の影に沈む影1 高森の空、墜ちるドローン
これから新エピソードになりますが、エピソード1の後日談です。スマート農業で効率化する形になるのかな…と。
第一章 高森の空、墜ちるドローン
水田の上空を、白いドローンが滑るように飛行していた。
五月末、新潟市北区高森。
田植えを終えたばかりの水田に、梅雨入り前独特の重たくもやさしい風が吹いていた。
水をたたえた水田は、薄曇りの空を映していた。
その上を、人工知能で制御されたドローン――TAD-3000――が、農薬の散布作業を進めていた。機体下部のノズルからは霧状の薬剤が散布され、計画された飛行ルートをなぞるように動いていく。
「さすがに安定してるな、これが量産化されたら本当に革命だよ」
澤井剛志――トリアクトのCEOは、腕を組んだまま頷いた。
彼の隣では、農水省から派遣された農業技術官と、新潟市農政課の職員が目を細めて画面を覗き込んでいた。
「TAD-3000は、国土地理院のGPSと、無線による誤差補正信号の併用で、誤差をほぼゼロに抑えています。従来のRTK-GNSSよりも安価で、かつ安定性も高い。将来的には、都市近郊の農地でも応用できるでしょう」
澤井の説明に、誰もが感心したように頷く。
このプロジェクト――高森プロジェクト――は、トリアクトが新潟市や農水省、そして総務省からの補助金を受けて推進している一大実験だ。全国の農業の未来が、この場所から始まるかもしれないという期待が込められている。
「次の散布ラインに移ります。東南方向、田んぼ三枚分を越えたところです」
技術スタッフの一人が端末を操作し、ドローンが旋回を始める。
その瞬間だった。
ブツッ――
「……あれ?」
オペレーターの指が空中で止まった。
タブレットの画面に、ドローンのリアルタイム位置情報が表示されていない。
「映像フィードが――切れてます!」
「GPSが消えてる……いや、変な方向に、動いてる……?」
ドローンは、高度を下げながら、斜めに突っ走っていた。制御が利かず、田んぼの上を蛇行しながら、隣の区画に向かって突き進んでいる。
「緊急帰還制御をかけろ!」
「ダメです、緊急制御信号を受付しません!」
ざわつき始めた一同の視線の先、TAD-3000は水田の畦をかすめ、もう一段低く、高度を失っていく。
そして――
ガシャァァンッ!
鈍い音とともに、ドローンは隣の農道脇の水路に突っ込んだ。プロペラの一部がもがれ、水しぶきが上がる。農政課の職員が悲鳴を上げ、澤井はその場で膝に手をついた。
「……おかしい、こんな制御不能な動きは、ありえない……!」
スタッフたちが駆け寄り、破損した機体を慎重に引き上げる。泥と水にまみれたTAD-3000の機体は、無惨に折れ曲がり、飛行制御ユニットは水没していた。
澤井は、眉間に深いしわを刻みながら、後ずさるように数歩引いた。
その脳裏に浮かんだのは、1か月前の忌まわしい記憶――誘拐事件だった。
あの時も、自分が世間の注目を集め始めた矢先だった。そして、今回も。
澤井は震える手でスマートフォンを取り出し、履歴から一本の番号を呼び出す。
しばらくの呼び出し音の後、電話の向こうから低い声が応じた。
「……もしもし、こちら麻績村です」
「麻績村さん……澤井です。例の、高森プロジェクトの件で……緊急です。うちのドローンが、制御不能のまま墜落しました」
「……機体トラブルですか?」
「いいえ。これは、電波干渉の疑いが濃厚です。補正信号が途中から無効化され、GPSの座標が、明らかに異常な動きを見せました。……完全に乗っ取られたような挙動でした」
電話の向こうで、わずかに息を呑む気配がした。
澤井は続けた。
「デモンストレーションは、あと二週間後です。農水省の稲森大臣と、新潟市の上原市長も視察に来る予定でした。これが外部の悪意ある攻撃だとしたら……取り返しがつきません」
「……了解しました。こちらでもすぐに共有します。対策チームの派遣を要請することになるでしょう。できるだけ早く、詳細な記録を送ってください」
「わかりました。すぐにデータを整理して送信します」
通話が終わると、澤井は額の汗をぬぐい、深く息をついた。
すでに現場には、周囲を警備するスタッフの姿が見えていた。
だが、彼の胸中には、別の“警戒”が芽生え始めていた。
――これは、単なる技術的問題ではない。誰かが、意図して仕掛けたものだ。
その答えを探るために、電波の番人たち――長野総合通信局が、動き出すことになる。