電波の影に沈む影2「昼行灯、動く」
第二章「昼行灯、動く」
長野市、県庁通りに面した長野朝日町合同庁舎A棟にある総務省長野総合通信局。その一角、5階モニタリングルームに設けられた簡易な打ち合わせスペースに、係長職以上の職員が顔を揃えていた。
白い蛍光灯の下、壁面に設置された複数の大型モニタが、今しがた届いたばかりの映像を映し出している。稲の緑が鮮やかな水田。その上を飛ぶドローンが、突如としてバランスを崩し、隣接する畦道へと墜落する瞬間。映像はそこで切れた。
「……以上が、先ほどトリアクト社から提供された実験記録だ」
話しながら腕を組むのは、電波監視課長・新津通成。年季の入ったグレーのスーツに、眉間の皺がよく似合う人物だ。課長自ら、打ち合わせスペースに座るのは珍しいことだった。
「新潟市北区高森。スマート農業実験地だ。2週間後には農水大臣と新潟市長が来る予定で、それに向けたデモのリハーサルだった……が、ご覧の通り墜落した。原因は、TAD-3000というドローンが使用していた補正無線の乗っ取りの可能性があると、開発元が主張してる」
一瞬、沈黙が落ちる。
「で、トリアクトの澤井社長が、総務省側の窓口である電気通信振興課長の麻績村に直接連絡してきた。麻績村から私に連絡が入り、局長からも“すぐ動け”とお達しが来た。……というわけで、急ぎ現地派遣チームを編成する」
視線が自然と、二人の主任電波監視官に集まる。
「松本、津川。行けるか?」
松本主任電波監視官が即座に首を横に振る。
「すみません。明日から長和町の医療機関で、入院患者向け統合無線システム実用化実験の電波監視が入ってます。延期は無理です」
津川主任電波監視官も続ける。
「僕も、飯山の防災無線基地局の障害調査に入るところです。こちらも市役所から直接依頼が入っていて……」
新津は小さく舌打ちする。
「……まいったな。じゃあ、他の係長はどうだ?」
打ち合わせテーブルに座る係長たちが、互いに顔を見合わせるが、誰も口を開こうとはしない。
「あー、ちょっと体調が」「家庭の事情で今週は」「書類が山積みで……」
口には出さずとも、“行きたくない”という空気が露骨に漂っていた。
新津は一つ大きくため息をつき、座る椅子の背に体を預ける。そして、視線を一人に向けた。
「……戸隠。お前、行けるな?」
「はい、問題ありません」
即答だった。涼しい顔で、湯飲みに口をつける。普段の昼行灯ぶりとは裏腹に、こういう時だけは不思議な頼もしさがある。
「よし。あとは……係員2名つける。三人一組だ。誰がいい?」
津川が隣に座る係長と顔を見合わせ、つぶやく。
「だったら……名立と飯島でどうです? DEURASの取り扱い慣れてますし、夜間走行も苦にしないって言ってました」
「了解。それでいこう」
新津は短く頷き、タブレット端末を取り出して人選を確定させた。
「戸隠がチーフ。名立と飯島を同行員として、DEURAS-M6で新潟へ。今日中に出発しろ。現地ではトリアクト側と連携しつつ、必要に応じて新潟県警とも連携を取れ。期限は通報日から4日以内だ」
「了解しました」
戸隠はゆっくりと立ち上がり、ポケットから手帳を取り出すとメモを始めた。
「すでに南口の定宿を押さえてある。岩盤浴付きだ。お前、好きだろ?」
「……ありがたいことです」
そう答えた戸隠の口元に、僅かな笑みが浮かんだのを、誰も気づかなかった。




