【有閑閑話】 昼行灯電波監視官とお盆
お盆と言えば龍k…(それ以上いけない)
もちろん、こんなにゆるくはない…はず。
8月14日(月) 長野総合通信局・電波監視課
長野の夏は、暑い。しかも蒸す。
だが今日の局舎は、異様に静かだった。
廊下に人の気配はない。エレベーターも沈黙している。
理由は簡単、お盆である。
──通常、役所というものは暦通り。お盆休みなる習慣はない。
だが、民間企業や取材先は例外なく休み。つまり、ほとんど何も起こらない。
そんな中、監視課に響く扇風機の「カラカラ」という音。
フロアには、3人しかいなかった。
「……これ、どう考えても納得いかないんですけど」
名立達彦がカップ焼きそばの湯切りをしながらぼやいた。
「『お前ら独り者だから』って理由で、お盆の当番ですか? そんな差別があっていいんですか!?」
「まあまあ」
若い女性事務官、島見杏果が笑ってなだめる。
「私はまだ新人枠だからしょうがないですけど……名立さんは、たしかにちょっと理不尽かもですね」
「いや、島見くん。君も独り者って理由で選ばれてるから。しかも20歳」
「ひどっ」
「……まあ、正直……静かでいいけどね」
と、湯のみ片手に新聞を広げたまま、動かない男──戸隠弘明がつぶやいた。
“電波監視課の昼行灯”と異名を持つベテラン職員。
だが、ただの怠け者ではない。捜査の勘と経験は、局内随一。
「戸隠さん……マジで、今日、何かやる気あるんですか」
「あるよ」
「嘘だ。新聞の四コマしか見てないじゃないですか」
「……読買のはテンポがいいんだよ」
「そっち!?」
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午後2時。
相変わらず電話も鳴らない。メールも来ない。
ただ蝉の鳴き声だけが、遠くから聞こえてくる。
「あの……お盆って、電波も休んでくれるんですかね?」
島見の素朴な疑問。
「いや、電波は24時間無休。相手がアマチュア無線でも、漁業無線でも、海賊放送でも」
名立が口を挟む。
「だからこの時期は、逆に“変な奴”が出やすいんですよね。周りが休みだから気が大きくなって」
「変な奴って……」
「例えば、怪電波ウォッチャー。自作アンテナで電波妨害したり、意味不明な暗号を送信したり。こっちは休めないんですよ、マジで」
そのとき、ピピッ、と受信監視システムが軽くアラートを鳴らした。
「ん?」
名立が反射的に画面に飛びつく。だが──
「……“FMラジオ風”の自作トーク番組? たぶん、隣の市の大学生ですね。“コミケ行けなかったからこっちで配信します”って、堂々と言ってるし」
「そっとしときましょう。お盆だし」
島見が苦笑する。
「違法だけど、風情があるな」
戸隠は新聞を畳んで立ち上がる。
「ちょっと、近所のコンビニ行ってくる。アイス買ってくるけど、欲しいのある?」
「戸隠さん……勤務時間中にコンビニでアイス買いに行くとか、どうかしてると思うんですけど」
「こういう日は、体を冷やすのが仕事なんだよ。電波は冷静な心がないと測れないからな」
「どんな理屈ですか……」
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その後も、事件らしい事件は起こらず。
結局、夕方まで3人は、交代で昼寝したり、アナログ受信機でBCLごっこしたりして、
お盆出勤は静かに終わった。
退勤時刻の17時15分ぴったり。
「じゃ、おつかれー」
「おつかれさまでしたー」
戸隠がぼそりと一言。
「……明日もヒマだといいなあ」
「ほんとそれです」
名立と島見が、苦笑いで頷いた。
局舎の外に出ると、遠くから打ち上げ花火の音が聞こえた。
「……お盆ですねぇ」
「電波も、たまには花火ぐらいで済ませてくれりゃいいんだけどな」
そう言って、戸隠は煙草の代わりにアイスバーを咥えた。
どこまでも、ゆるやかなお盆の夕暮れだった。




