木曽中央警察署との共同取締 その2
午前11時05分
最初のトラック検挙から30分後、触角役の名立が再び無線を入れる。
「モービルホイップ確認。軽トラ、白、松本ナンバー、荷台に原動機付草刈機。進行方向は木曽福島方面」
御岳警部の覆面パトが国道脇へ移動し、停止合図を送る。
軽トラは素直に路肩に寄った。
午前11時08分
運転席から降りてきたのは、麦わら帽子に長袖シャツ姿の70歳ほどの農家のおじいさん。
背中は少し曲がっているが、足取りはしっかりしている。
「どうされましたかの?」
御岳警部が事情を説明し、島見と戸隠が車両へ。
屋根にはアマチュア無線用のモービルホイップアンテナが真っ直ぐ立っている。
島見が車内のリグを確認すると、表示周波数は145.20MHz。
簡易鑑定で出力を測ると10W──VHF帯のFMモードでしっかり電波が出ていた。
午前11時12分
戸隠が無線局免許状の提示を求めると、おじいさんはポケットから古びた免許状を出した。
しかし有効期限の欄には、平成27年と印字されている。
「これ……もう10年前に切れてますよ…念の為、局へ照会します」
島見は携帯電話で、朝日町庁舎で待機する職員にコールサインなどを伝え、照会を行ったが、やはり手元の無線局免許状のとおりの回答だった。
島見は戸隠に耳打ちし伝えた。
「おじいさん…申し訳ないが10年前に免許が切れていて、無線局も運用可能状態なので、告発させていただきます」
「ええぇ……? そんな前かいの……」
おじいさんは顔を曇らせ、帽子を脱いだ。
「わしゃ農作業で仲間とやり取りするだけじゃ……免許なんか、また取ればええと思っとったが……もう歳でのう、そんな難しいことはできん……」
声が震え、目元が赤くなる。
「頼むよ、若いお嬢さん。見逃してくれんか……?」
午前11時14分
島見は一瞬言葉に詰まる。
この現場が初めてで、泣き落としにどう対応していいかわからない。
だが、横に立つ戸隠は静かに、しかしはっきりと言った。
「お気持ちは分かりますが、免許の期限切れは法律で禁止されています。
しかも電波は目に見えませんが、他人の通信を妨害する恐れもあります。だからこそ免許が必要なんです」
おじいさんは小さくうなだれた。
御岳警部が補足する。
「今回は記録に残します。事情は調書に書けますから、そのとき詳しく話してください」
午前11時25分 木曽中央署駐車場
軽トラは署に回送され、戸隠たちは測定データを提出する。
島見はまだ少し複雑そうな表情をしていた。
「……ああいう場合でも、やっぱり処分しないといけないんですね」
戸隠は缶コーヒーを開けながら答える。
「情に流されれば、法は守れない。逆に、法を守ることが人を最終的に守ることになる場合もあるんだ」
その言葉に島見は、ようやく表情を緩めた。
午後1時10分 国道19号帰路
木曽中央署を後にした戸隠・名立・島見の3人。
夏の強い日差しの下、エアコンの効きも今ひとつな公用車が、ゆるやかに北上していく。
助手席の島見はまだ、先ほどの農家の男性のことを思い返していた。
「……でも、本当にただの農作業通信だったんじゃないでしょうか」
「かもな」戸隠は短く相槌を打つ。
「けど、法律に“悪意があれば違反”って条文はない。“違反なら違反”なんだ」
島見が言葉に詰まると、後部座席の名立が笑った。
「まあ係長の言うことは正しいけど、こう見えて結構情に厚いんですよ」
「余計なこと言うな」戸隠はぼそり。
その直後、前方の道の駅の駐車場に「天然氷のかき氷」の幟が見えた。
戸隠が急にウインカーを出す。
「……小休止だ。氷食って帰る。俺がカネを出すからお前らも食べろ」
「えっ、今ですか?」島見が驚く。
「法は守るが、氷は逃さない」
そう言って車を止める戸隠の顔は、やっぱりどこか昼行灯だった。




