生命を繋ぐ者、断つ者、守る者3『神とセンサのはざまで』
第3章― 神とセンサのはざまで ―
「ダメですってさ。景観条例がネックになってます。」
名立達彦が報告すると、事務室の空気がわずかに重くなった。
戸隠弘明はマグカップの縁を指でなぞりながら眉をしかめた。
「仮設のDEURASアンテナ一本、景観がどうとか……。こっちは命かかってんだぞ」
「軽井沢町の景観条例。歴史的景観保全地域では、外観に影響を与える構造物の仮設は原則不可。観光地ですしね」
と、島見杏果が付け加える。
「軽井沢町ってのはな、ドローンの試験飛行すら一苦労なんだよ」
戸隠は立ち上がり、窓の外から長野市内の街並みを見た。
「……宮司さんには会ったのか?」
「はい、会いました。そしたら、こんなことを仰ってました」
名立はメモを読み上げた。
「“わたし、群馬側の熊野神社も見てるんですよ。あちらは町の条例も緩やかですし、裏手の敷地も広い。よろしければ、そちらをご検討ください”と」
戸隠は一瞬止まり、口角を少しだけ上げた。
「……同じ神様が、向こうでは寛容ってことか」
「神様は同じでも、条例は別ですからね」
名立がボソリと返す。
「だったら行ってくるさ。神社の裏にセンサを置かせてもらう交渉ってのは、俺の十八番だ」
「前に自衛隊の演習場の近くにアンテナ立てるときも、地主に納豆20パック差し入れて説得してましたよね」
「信頼ってのは、納豆の粘りのようなもんだ」
安中市・群馬県熊野神社 境内
「実は向こう(軽井沢)の社では難しいんですわ…。あちらは超一流の国際的リゾート地でして、その景観保護が第一でして」
同じ宮司が、群馬側の静かな社務所で、お茶を差し出しながら話す。
「社殿脇の物置の裏手なら、目立ちませんし、設置に支障もないかと。鳥居より高い物さえ立てなければ、神様も文句言いませんよ。またそこからでも筑波山を始めとする関東平野一円が臨めますから。」
「ありがたい。これで患者を運ぶドクターヘリの電波も、ちゃんと通るようになります」
「ただし……狐の祠の近くには触らないでくださいね。あそこだけは、我々もいじれませんので」
「……祠は電波を嫌うんですか?」
「嫌うのはむしろ、電波のほうかもしれませんよ」
戸隠は苦笑しながら、持参した包みを差し出す。
「信州の味です。ご迷惑ついでに、お口汚しでも」
「……おや、これは?」
「私の隣人宅で漬けた自家製の野沢菜の本漬けです。朝飯に合います」
「ええ、ええ、わたし、これが大好きでねぇ」
宮司は微笑んだ。




