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電波の影に沈む影13「人工衛星の涙」

第13章「人工衛星の涙」

新潟市中央警察署・面会室。

ガラス越しの対面に、戸隠弘明が座る。対するのは、かつて戸隠と同期入省後、トリアクト社に転職…技術開発主任だった新発田健。手錠と腰縄をつけ、精気の抜けたような顔で、ぼそぼそと話し始める。

「……俺はな、別に国家転覆とか、スパイ活動とか、そんな大それたことをやりたかったわけじゃない。澤井に、あの野郎に、一泡吹かせたかっただけだ」

戸隠は黙って、新発田の言葉を待つ。

その背後では、津川主任電波監視官と、通信解析を担当した係員がガラス越しに控えていた。

「でも結果的には、“神鷹五号”に拾われた。静止衛星だ。おまえらのDEURASのセンサと被る時間帯だけを狙って、低出力で送った。微弱電波なら違法にされない。誰にも気づかれず、確実に届く。……そう思ってた」

「その“つもり”でも、結果は違う。お前が使った搬送波、モード、タイミング、全部解析できてる。お前が流したのは、TAD-3000の航法補正プロトコルの一部、GPSの自律調整用シーケンスコード、そして……高森プロジェクトの通信仕様だ」

新発田は唇を噛む。

「でも、あのプロジェクトのコアデータは、澤井の持ってるUSBキーがなきゃ……絶対に動かない。鍵ファイルとプロジェクトディレクトリは、ハードウェアでの照合が必要だ。だから、データを持ち出しても、コピーしたって全部エラーになるだけだ」

戸隠は頷いた。

「それで、高森プロジェクトが潰れずに済んだ。……あのUSBキー、どこにあるかわかるか?」

「澤井のジャケットの内ポケット。……俺が、1ヶ月前に誘拐したときも、ずっと身につけてた。あいつ、あのプロジェクトを命みたいに思ってるからな」

戸隠の脳裏に、ひと月前の事件がよぎる――深夜、新潟市内のホテルから澤井社長が突如姿を消し、数日後に遠く離れた松本市四賀山中にある資材置場から発見された“不可解な誘拐事件”。現場にいた厳つい男たちを松本警察署で追及したが、いわゆる闇バイトに応募した者であり、結局主犯は見つからず、金銭の要求もなかった。ただ、澤井が「USBキーを肌身離さず持つようになった」という話だけが残っていた。

「……あの時、お前が手に入れようとして失敗した。それで今回は、補正無線局の信号に強いノイズを被せてTAD-3000を墜落させ、プロジェクトそのものを潰そうとした。そういうことか?」

「そうだよ……でも、俺は一人じゃなかった。俺の信号を“拾った”奴らがいた。俺のやってることに乗っかった連中がいた。神鷹五号の軌道上には……アイツらがいたんだ」

戸隠は深く息をつき、静かに面会を終える。

部屋を出ると、津川主任が腕を組んで言った。

「USBキーがある限り、高森プロジェクトは守られた。澤井社長も、“あの日”以来、それだけは気をつけてたんだな」

「“身をもって”学んだってとこだな」


10日後…長野市朝日町・信越総合通信局。

電波監視部門のモニタリングルーム。

戸隠は、澤井から届いた一通のメールを読み上げていた。

「おかげさまで、無事に高森プロジェクトの再デモンストレーションを完了しました。

USBキーの保管、より厳重にします。澤井」

隣で名立が笑う。

「社長、もう首にかけて風呂でも寝るときでも身につけるって話ですよ。守護神みたいに」

戸隠は鼻で笑った。

「ま、今回は“電子の守護神”がいっぱい動いたってわけだ」

外は初夏の風。

梅雨入り前の空に、人工衛星の軌跡は見えない。だが、あの事件の余波は、静かに空を伝っていた。


エピローグ 静かなる波紋


新潟市北区・高森実験農場の空に、再びTAD-3000が舞い上がった。

イネの緑が鮮やかに広がる中、正確無比に区画を飛行し、農薬と肥料を散布するその姿は、もはや不安の対象ではなかった。高精度な測位補正と改修された暗号通信回路、そして何より、澤井社長のUSBキーにより保護されたデータは、二度と外部に漏れることはない。

その日、プロジェクトの再開を記念するデモンストレーションが実施され、地元自治体の首長や農林水産省の要人たちが見守る中、ドローンは完璧な飛行を成し遂げた。誰の顔にも笑顔が浮かんだ。

だが、その笑顔の陰に、静かに動いていた者たちの姿があった。

長野総合通信局に戻った戸隠弘明は、書類の山に囲まれたモニタリングルームの一角で、鼻歌交じりに報告書を綴っていた。

「…笹原弘子、やっぱいい声してんな…」ぼそりと呟いたその声に、監視課庶務担当係長の栃尾が顔をしかめた。

「またアニメですか、戸隠さん。せめて報告書の提出を優先してください」

「やれやれ。電波より書類のほうが重たいのが、この仕事の厄介なとこだな」

そんな会話が交わされる日常に戻った信越局。だが、局長室では別の波紋が広がりつつあった。

「澤井社長誘拐事件と今回の電波妨害――あれは別々の事件じゃない。背後で糸を引いていたのは同じ…かもしれない」

栗田調査役が独りごちる。卓上の資料の隅には、ある大陸の超大国のフロント企業と噂のある企業のロゴと、黒部慎一の名が控えめに書き込まれていた。

高森プロジェクトは守られた。だが、誰かの企みがすべて終わったわけではない。

誰も気づかぬ波紋は、静かに、そして確実に広がっていた。



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