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電波の影に沈む影9「送信不能」

第九章「送信不能」

新潟市北区・高森実験農場、午後九時。

空には低く雲が垂れ込め、雨粒がじわじわと地表を湿らせていた。田植えを終えたばかりの水田は、濡れた鏡のようにわずかな灯りを映し出している。

「……ここも沈黙したな」

戸隠弘明は仮設基地局の機器を見上げた。人工衛星からの信号を中継する筈のパラボラアンテナはすでに解体され、コンテナの中に搬出済み。さらに地上からの指令信号を発する局所装置も、さきほど無事に封鎖された。

「名立、飯島。非常電源の切断は?」

「完了です。現場に残ってた簡易バッテリーも抜きました。これでもう、TAD-3000に向けて何かを飛ばすことは不可能なはずです」

名立が工具箱を肩に担ぎながら報告する。

「ふう……電波を止めるだけなのに、まるで時限爆弾でも処理してる気分ですね」

「いや、今回は実際そうだったかもな。いつまた墜落するか、わからなかったんだから」

飯島が苦笑するが、その顔に安堵は少ない。皆、わかっていた。黒部慎一が相手だ。これで終わるわけがない。

「それにしても……」戸隠が呟くように言った。「黒部はどうしても潰したいらしいな、澤井の“夢”を」

「上原市長も、農水省の稲森大臣も立ち会う実演会。もし、そこでドローンが暴走したら……」

「プロジェクトは確実に潰れる。そして、黒部が手を引いた海外企業が、そっくり持っていく……」

夜の水田に吹く風が一層冷たく感じられた。

そのとき、戸隠の携帯が震えた。バイブ音が、この場に不釣り合いな鋭さで響く。

液晶に表示された名前は、「新津 課長」。

「戸隠です。……はい。ええ……はい……」

短いやり取りだった。だが、それだけで戸隠の顔が変わる。

「どうしたんです?」名立が問う。

「……新潟市役所の周辺で、TAD-3000が一機、制御不能で飛行中だ」

「なに!?」

「この農場のとは別の個体だ。GPS補正が利かず、どうやら市街地の上空で暴走を始めているらしい」

「まさか、別の電波源が……?」

「奴はまだ仕掛けを残していたんだ。俺たちは、黒部の“陽動”に踊らされてたのかもしれない」

すぐに3人は機材を片付け、車両に向かった。雨が強まりつつある。田の水面に波紋が走り、背後では仮設施設の撤収作業が続いていた。

戸隠は車のドアを開け、振り返った。

「ここからが本番だ。市街地で何か起きれば、次はもう総務省うちだけじゃ済まないぞ」

「了解!」と、名立と飯島が同時にうなずく。

そして、ドアが閉まる音とともに、ハイエースは闇の中へと走り出した。

新潟の夜は、まだ静かだった——だが、それが嵐の前の静けさであることを、彼らは知っていた。


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