『The Nameless World』
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ピアノの蓋を閉じる音が、演奏の余韻を断ち切る。
さて、本でも読もうかと、部屋を取り囲む本棚と向き合い……手に取る作品を選別する。
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人の場合は顔が、本の場合はタイトルが、真っ先に目に映る。
別に、私は面食いではないが…。
本を手に取る際に、タイトルを見ないなんてことは出来ない。
すると、自然と人気のある作品に手が伸びる。
…これは、容姿の整った人間がモテるのと同じことだろうか?
第一印象だけで多くの人に選んでもらえるなんて、相手が紙製の直方体であるにもかかわらず、嫉妬してしまいそうだ。
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人生が一つの物語だとしたら、人の名前はタイトルとなるのだろうか。
…なんて言うと仰々しすぎるかもしれないが、実際、名前が持つ力が大きいことは明白だ。
例えば、性別は男か女か、名前を聞いただけでもある程度推定するだろう。
きっと、予想と違ったら驚くはずだ。…元々、性別の情報などなかったというのに。
さらに、元気そうだとか、お淑やかそうだとか、名前からそんな印象を抱くこともある。
…根拠のない、ただの偏見でしかないはずだが、なかなかどうして大きくは外していないことだろう。
人格が名前に引っ張られるのか、それとも、名前が人格に見合ったように映るのか…。
卵と鶏どっちが先か……のような、答えが堂々巡りしてしまいそうな問いである。
…ただ、本に始まり、魔法や、機械その他においては、名前が後であることは明らかだ。
そのようなものの名前は、それが何なのかを端的に示すためのものだから。
むしろそのようなものにおいて、名前が伏せられた状態でそれが何なのかを論じることは、不可能と言っても過言ではないだろう。
そう、『名前』が絶大な影響力を持っていることに、もはや疑いの余地はない。
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…まあ、この時代に生きる人間が言えたことではないかもしれないが。
百年前。
"名前"を失った者たちは鏡を見て、自分を何者だと思ったのだろう。