第1章 第7節:「死への願望」
暮れかかった山道を、月明かりとGPSを頼りに車を停めた場所に戻って行った。
女は思いのほか山に慣れているようで、泥まみれになりながらも私にそれほど遅れることなくついてきた。
一度死を覚悟した女にとって、汚れることなど些細なことなのだろう。
杉林の中は暗闇に近く、GPSを確認しながら来た道を違えずに戻ることに私は神経を研ぎ澄ましていた。
私一人だけならそれほど必死にはならなかっただろうが、今は、再び生きようと決意した女が同行していたからだった。
私は、車に帰り着くまで、女と口を利く余裕など全く無かった。
「四駆なんですね」
ようやく車停めてあるところまで辿り着いた時、そのシルエットを見て、女は唐突に呟いた。
「普通の車で行ける所は、人がたくさんいますから」
女との異常な出会いで疲れきっていた私には、それ以上多くを語ることが煩わしかったので、わざと答えを逸らし、あからさまにそれ以上の質問を拒絶した。
しかし、以外にも女は全く意に介さないように、あっさり「そうですね」と呟いたのだ。
「あなたに何が判るのですか!」
長年の積もりに積もった「ささくれた思い」が、こんな若い女に理解できるとは到底思えず、私は思わず語気を荒げてしまった。
「あなたが私と同じ匂いがするって言いませんでしたか。あなたは人間に失望し、自分自身が同じ人間であることを否定しようとしているのでしょう」
この女は、私自身でさえ気づいていなかった事実を、いとも簡単に言い当ててしまった。
私はただ、家族から拡がった人間不信が、人との関わり合いを拒絶しているだけだと思っていただけだった。
しかし、積年の人間不信が、知らぬ間に死への願望を作り出していたことを、今、この女によって思い知らされたのだ。